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第三話  懐かしい場所

 暖かな風の吹いたある日。


 朝食の席でイルアがふわりと笑んで言った。

「ねえ、レリィ。今日はヴィトとお出かけしてきたら?」

「はい!・・・え?」

 いつも通り勢いで頷いてから、レイリアは首を傾げた。両隣でガイアスとヴィトが苦笑している。このクセはもう止めても無駄だと悟ったようだ。

「あのね、今頃で申し訳ないのだけれど、以前のお店の方や、ご家族に会いたいのではないかしらと思って。どう?」

 突然の提案に、レイリアは瞬いて言葉を反芻した。

「おばさんや父さん達に・・・」

「行ってくるといいよ、レリィ。こういう平穏な時間も、今度はまたいつになるか分からないからね。」

 ふわりとセティエスに微笑まれ、未だに頬が赤くなってしまう。

「・・・は、はい・・・そうですね!」

 ごまかす為にサラダをつついてみる。と、ヴィトがくすりと笑った。そっと耳元で囁く。


「セティエス様と行きたかった?」


「なっ、なっ!?そ、そんな、そんな事…」

 慌て過ぎてろれつが回らないレイリアを見て、ヴィトは楽しそうに笑う。

「なあに?気になるわねぇ…」

 イルアがじと、とヴィトを見ると、ヴィトは懸命に笑いを抑えて首を横に振った。

「いえ、大した事ではありません。」

「なんて言ってるけれど?」

 ヴィトは諦めてレイリアに視線が移った。レイリアは赤くなっておどおどしている。それを、ガイアスが呆れながら見ていた。

「は、はい。なんとも・・・いえ、なんでも・・・」

 しどろもどろしていると、セティエスがふわりと微笑んで言った。

「レリィとヴィトは特に仲が良いようだね。」

「「え!?」」

 今度は二人して慌てた。それを見てイルアとセティエスが楽しそうに笑う。

「お二人共・・・からかわないで下さい。」

 ヴィトが疲れたように訴えると、セティエスがふっと鋭い目を向けて笑った。


「おや?ヴィトはからかっていないのか?」


「・・・っ!」

 見透かされて言葉に詰まる。そんなヴィトに満足そうに笑うセティエス。そんな朝の風景を見て、ガイアスは深いため息を吐いた。

「・・・前にも増してうるさいな・・・」




 朝食が終わると、イルアは擁護院へ行く。セティエスは屋敷に残って何やら仕事をするようだ。ガイアスはいつも通り騎獣番の仕事を。ヴィトとレイリアは勧められた通りに出かける事にした。

 いつものように騎獣番の服装で行こうかと思っていたら、イルアに断固反対された。

「駄目よ。絶対に駄目。お願いだから。」

 イルアに懇願されたら着替えるしかない。懇願するイルアにちょっと頬を染めつつ、レイリアは素直に着替えに行った。


「イルア様…本当はレリィに侍女服着せたいんですよね?」

 笑いながら言うと、イルアはにこりと微笑んだ。

「当たり前じゃない!ヴィトだって、レリィの女の子らしい服装、好きでしょう?」

「・・・え!?」

 あまりに唐突に言われて焦った。目が泳ぐ。

「それは、まあ…それらしい恰好の方が、良いとは思いますが…」


「なあに?押し倒しちゃいそう?」


「イ、イルア様!」

 慌てふためくヴィトを笑って、イルアはレイリアの部屋へ向かう。

「レリィ、入るわよ?」

「あっ、はい!」

 入る時にちらりとヴィトを流し見ると、げんなりしつつ壁に手を当ててもたれていた。

(屋敷内で私がいない時は、騎獣番の服を着るように言っておかないと、ね。)

 考えながら、イルアはくすりと笑った。同性で良かったと思う。純粋に可愛い姿を愛でられるのだから。

「ね、レリィ。髪を編んであげるわ。」

「ええっ!?そ、そんな!イルア様にそんな事をやって頂くわけには・・・!」

「いいから、ね?」

 にこりと微笑まれると、断るのが悪い事のように思えてしまう。

「う・・・じゃあ・・・お、お願いします…」

「任せて!」

 イルアはレイリアを鏡の前に座らせ、後ろへ回って髪を梳くところから始めた。




 馬車は使わず、街までは歩いてきた。レイリアは久しぶりに着たスカートに、なんだかそわそわしている。

「そんなに気になるの?」

 笑いながらヴィトに言われ、レイリアも笑い返した。

「うん・・・なんだか着慣れなくて…」

「・・・屋敷に来てからは、主に騎獣番の仕事と体力作りだったからね・・・」

 ヴィトは苦笑いをして、それからすっと手を差し出した。

「?」

 その手を見つめて首を傾げると、とても柔らかく微笑まれた。

「休日は人が多いから、レリィがはぐれないように。」

「あ・・・そ、そっか。ありがとう・・・」

 確かに、足を進めるにつれて人が多くなってきている。自分ならはぐれて迷子になりかねない。

 そう思っておそるおそる手を重ねると、しっかりと握られて心臓が跳ねた。思わず手を引っ込めそうになると、笑って逆に引かれた。

「イルア様にレリィの髪が編めるとは思わなかったね。」

「あ・・・うん、実は私もそう思った!」

 くすくすと笑い合って、ふいにヴィトが言った。


「よく似合うよ。可愛い。」


「・・・・・・っ!?」

 一気に頬が熱くなる。


「えっ、あの・・・・・・えっと・・・」

 なんとか口を動かすレイリアに笑いかけて、ヴィトはごく自然に手を引いて歩いていく。

(うぅ・・・ヴィトにこんな事言われるなんて・・・)

 恥ずかしくて手を引っ込めたい。が、ヴィトはしっかり握っていて、それを振りほどくなんて出来そうにない。

(なんでだろう?・・・前はこんなに意識するような事、なかったのになぁ・・・)

 なんだか周りから見られているような気がして、レイリアは出来るだけ縮こまった。


 ヴィトはちらりとレリィを振り返った。

 ふわりとした服の裾が歩くたびに揺れる。普段は長袖を着ているが、今日は五分袖で、細いリボンで肘辺りを絞ってある。細い腕を強調するようだ。いつもは一括りにしてある髪は、イルアによって複雑に編まれていて、とても愛らしい。

(イルア様のにやけた顔が目に浮かぶなぁ・・・)

 苦笑しながらも、今一緒にいるのが自分だけだと思うと嬉しくなる。

 きょろきょろしていて行き交う人にぶつかりそうなレイリアを見て、ヴィトはくすりと笑った。

「レリィ、危ないよ。」

「あ、うん。」

 笑ってレイリアが少し近づいてくる。それだけですごく嬉しい。

「レリィのご両親は下の街にいるんだよね。」

「うん、そう。お父さんは出かけてるかも知れないけど・・・」

「そうか・・・ごめんね。あまり家に帰せなくて・・・」

「ううん。側にいたいって言ったのは私だし、手紙でやりとりしてるから、大丈夫だよ。」

 ふんわりと微笑んで、レイリアは無意識にヴィトの手を握り返した。

「でもおばさん達には会いたかったの。だから、やっぱり嬉しい。」

「・・・・・・・・・」

 ヴィトは黙り込んで見つめた。表情が消えている気がする。

「どうしたの?」

 首を傾げる姿を見て、ヴィトはぎこちなく笑顔をつくった。

「いや・・・なんでもないよ・・・」

「そう?」

 じいっと様子を伺われて、ヴィトは焦った。

「あ、レリィが働いてたお店はあっちだっけ?」

「うん!案内するね!」

 言いながらレイリアがヴィトの前に出た。そうして今度はレイリアが、ヴィトの手を引いて歩き出す。なんだか、大人を案内する子供みたいに張り切っていて、熱した気持ちが一気に落ち着いた。自然と心が温かくなる。

「急がなくていいから、ゆっくり行こう。」

「うん!」

 レイリアが満面の笑みで答えた。




「おばさん!リィルさん!」

 元気よくお店の扉を開けて入っていくと、昼休憩をとっていた二人が仰天して立ち上がった。

「「レリィ!」」

「お久しぶりです!」

 走り寄った勢いで二人に抱きついた。そんなレイリアの後ろから、ヴィトもお店へ入る。

「え、え?ちょっとレリィ!」

 ばしばしと背中を叩かれて、誰なの、と聞かれて笑った。

「お屋敷で従者の仕事を教えてくれている、ヴィトです。」

「初めまして。突然お邪魔して申し訳ありません。」

 ヴィトが丁寧にお辞儀をすると、おばさんもリィルも慌てて頭を下げた。

「そんな、とんでもない!」

「邪魔だなんて!あ、今お茶を!」

 リィルが言いながら厨房へすっとんで行った。

「お構いなく・・・」

 すでに厨房へ消えたリィルへ、形だけでもそう声をかける。そして、唖然としてはいるが店主らしく表情だけは笑顔を浮かべているおばさんへ、挨拶した。

「レイリアをバルクス家へ送り出して頂いて感謝している、と主人が申しておりました。本当にありがとうございます。」

「い、いえいえ!とんでもない!」

 おばさんは慌ててそう言った。それから側に立つレイリアを眺めて、成長した我が子を見るように、満足そうに微笑んだ。

「・・・この子が幸せそうで、ほっとしました。イルア様にもよろしくお伝えください。大事にして頂いているようで、私たちも感謝しています。」

「おばさん・・・」

 レイリアの目尻に涙が浮かぶ。

「しかとお伝え致します。・・・レリィ、ゆっくりするといいよ。・・・レリィ?」

「レリィ・・・相変わらずだねぇ。」

 ぽろぽろと泣いていた。驚いて戸惑うヴィトとは対照的に、おばさんはぽんぽん、とレイリアの頭を撫でた。

「ありがとう・・・おばさん、ヴィト・・・」


「やだレリィ、どうしたの?」

 お盆にお茶を運んできたリィルが、これまた落ち着いてレイリアを観察した。

「あ、どうぞお茶を。」

 レイリアをさておき笑顔でお茶を勧められ、ヴィトはかなり戸惑う。

「あ、ありがとうございます・・・」

「どうせ何か感動したんでしょう?」

 ヴィトの戸惑いに気付いてリィルは笑った。

「そうなんですか・・・」

 そういえばレイリアが泣く時は、大抵、嬉しい時だったなと思い返す。

「変な子で、嬉しい時にしか泣かないんですよ。まあ、涙もろいというか。」

 リィルもまた、妹でも見るように柔らかい笑みでレイリアを見つめていた。

「実はバルクス家へ行くって時も、おばさんに励まされて大泣きしたんですよ。まるでお嫁に行くみたいで・・・」

「リ、リィルさん!」

 話しを聞いていたらしく、まだ涙の残る目のまま、レイリアがリィルの腕にしがみついた。

「い、言わなくていいですから!」

「恥ずかしがらなくてもいいじゃないの〜。」

 リィルが嬉しそうにからかう。

「は、恥ずかしいです・・・!」

 そんな様子にヴィトも思わず笑った。

「ヴィト・・・」

 恥ずかしいのを笑われて途方に暮れるレイリアを見て、ますます笑ってしまう。

「で?今日はゆっくりしていけるの?」

「あ・・・いいえ。後でお母さんのところに寄る予定です。」

「そう、じゃあ・・・」

 おばさんとリィルが目を合わせた。


「「面白い事になりそうね!」」





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