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第十八話 混沌

セーヴィアス視点です。








 夕暮れ。思いのほか遅くなってしまって、セーヴィアスは急ぐ人に押されながら家路についていた。イルアへ手紙を出して、その後で“仕事”の準備をしてきた。数日中にこの国を去るが、その時には準備の成果が見れるだろう。

(毒が上手く効けば、記憶喪失者が三人出る筈だ。)

 シュル・ヴェレルが行くところ不可思議な事件が起こるのは、こうして毒薬などの試験をしているからなのだった。大抵はセーヴィアス達のように、暗器や薬物に頼らざるを得ない。“悪魔の蜜(レーヴェ)”というのは、本当に特殊な存在なのだ。

(・・・我が幼き王は、相変わらずだったな。)

 セーヴィアスの今の主は少年王だが、その前の主が、シュル・ヴェレルを作るきっかけになっていた。当時の主—王は死去し、今は幼い王が臣下の助けを借りて玉座に座っている。

 その少年王を思い出して、思わず頬が緩んだ。まだ小さいのに懸命に王であろうとする姿がいじらしく、初めてその姿を見た時は、思わずこの姿を晒そうかと思ったほどだ。

(イルアは恵まれているな・・・)

 本当は分かっている。イルアは国を離れる必要などないのかも知れない。隣人を手にかける苦しみを、王が悲しんでくれるのだから。

 セーヴィアスの前主は、悲しむどころか侮蔑していた。だから、命を預けるような真似は出来なかった。

(僕は違った・・・だから、妬みもあるかも知れない。)

 敬愛出来る王の側で、その職務を全う出来る彼女が。

(だが・・・隣人を手にかけるという苦しみは、いくら王であろうと労えるものじゃない。その命を下すのが、王なのだから。)

 親しい人を手にかけ、さらにその人の大切な人と、すぐ近くで過ごすという苦悩。

(過ごす場所が変わるだけで、全てが救われるわけじゃない。だが・・・)

 少しでも。その心から苦悩が取り去れるなら。セーヴィアスは出来る限り手を差し伸べたいと思っている。



 思いを巡らせながら玄関の扉を開けた。



「ただい——」

「ぶっ殺してやるてめぇ!」

 びゅん、と大振りの短剣が三本、目の前を横切った。すぐに短剣が飛んでいった方から黒い塊が短剣を投げたやつに襲いかかる。

「・・・・・・・・・」

「セーヴィ、おかえり!」

 ばったんがっちゃんと半殺しにするつもりで暴れているラヴィアスとロシルをほっぽって、リリィが無表情ながら嬉しそうに飛んで来た。

「・・・ただいま、リリィ。どうしてこうなってるんだい?」

 確か出かける前にさんざん警告しておいた筈だ。



『いいか?レイリアを起こさないようにする事。それと、起きてからも必要以上に触れない事。』

 三人を目の前に立たせてそう言うと、ラヴィアスが不満そうに口を尖らせた。

『なんで。触るくらいいいじゃん。脱がせるわけじゃないんだし。』

『ラヴィ。脱がせたいなら花街に行きなさい。レイリアは駄目だ。』

『けっ』

 悪態をついたのは見過ごしてやった。

『俺が守る。』

 ロシルがそういうと、ラヴィアスがすぐにその胸ぐらを掴んだ。

『ふざけた事言ってんじゃねーよ!てめぇは近づくな!』

『ふざけてない。』

『ぁあっ!?』

『今すぐ止めないと殴るぞ。』

『『!』』

 びく、と二人の身体が跳ねた。過去に殴られた経験があるからだ。ちなみに、セーヴィアスの武術の威力は恐ろしい。

『よろしい。』

『『・・・・・・』』

『さて、リリィ。』

『うん、なに?』

 セーヴィアスが何か頼もうとすると、リリィはきらきらと目を輝かせる。

『リリィは二人がレイリアに変な事しないように、見張っていてくれ。』

『うん、分かった。』

 こくりと頷く姿に、ラヴィアスが嫌そうに顔をしかめた。

『それじゃあ、行ってくるよ。』

『行ってらっしゃい!』



 これで、大丈夫な筈だったのだが。



「レイリアが目を醒ました後、レイリアをだっこしてたロシルにラヴィが怒って。それで、いつも通り。」

「・・・・・・」

 アタマガイタイ。暴れる二人の向こうでは、レイリアが呆然としていた。何故ロシルがだっこする事態になったのだ。

 軽く眉間を揉みほぐした後、セーヴィアスは家具を壊しまくる二人に向かって低く声を這わせた。

「・・・ラヴィ、ロシル。いい加減にしろ。」

「「っ!?」」

 ぴた、とお互いの胸ぐらを掴んだままで固まった。心無しか顔色が悪い。ラヴィアスが慌ててセーヴィアスに向き直った。

「セ、セーヴィ、おかえり!」

 続いてロシルも。

「おかえり。」

 焦る二人に、セーヴィアスはにっこり微笑んだ。

「ただいま。それで、僕は出かける前になんて言ったっけ?」

「「・・・・・・」」

 そろりと視線を逸らすラヴィアスとロシル。それを見て、セーヴィアスは薄く笑った。

「それに、家具を壊すなといつも言っているよな?」

「「・・・・・・(やばい)・・・」」

 じり、と二人の足が下がったのを、セーヴィアスが見逃す筈がなかった。

「覚悟しろ。」

「ま、待っ——」

「レイリアが良いって——」

 ばきっ、と音がしたと思ったら、二人は床で苦しみもがいていた。それを確認する事はなく、セーヴィアスはレイリアに歩み寄った。レイリアは二人を見て青ざめてはいたが、呆気に取られていた。

「レイリア」

「はっ、はいっ!」

 今のを見て怖かったのだろう。無意識に後ずさっていた。

「大丈夫だよ。やんちゃ坊主を叱っただけだから。」

 そういうと、叱っただけ、という部分に疑問を持たれたようだ。不安そうに首を傾げていた。

「明後日、出かけようか。」

「・・・え?」

 きょとんとした顔が可愛らしい。いくらイルアの・・・レーヴェの側にいようと、レイリアは本当にただの娘なのだと思った。

「シュッセベルツは知っているかな。国境の塔だよ。」

「シュッセベルツ・・・?」

 いまいちよく分からないようだ。それもそうかも知れない。あれは、一般人が気にするような砦ではなかったから。

「そう。そこへ行こう。・・・イルアに会いに。」


「!」


 大きく見開かれた目には、イルアに会える喜びと、イルアがセーヴィアスと対面する事への不安が入り交じっていた。その頬に、そっと手の平を押し当てる。するとレイリアは驚いて一瞬身体が強ばったが、セーヴィアスが危害を加えないと感じたのか、僅かに身体の力を抜いた。

(・・・ああ、そうか。)

 そうされるとまるで、自分の真っ暗なところも全て、受け入れられている気がして。

(だからイルアは、この子が大切なんだな・・・)

 抱きしめて、寄り添って欲しくなる。

「・・・?」

 頬に手を当てたままじっと見ているセーヴィアスを、レイリアはどうしたのかと見つめてくる。敵である事を忘れてしまっているのだろうか。その眼差しは、柔らかい。

「・・・あ、の・・・!?」

 そっと、抱きしめた。焦ったレイリアの身体が再び強ばる。しかし、振りほどける程度の力加減だと分かると、また身体の力が抜けた。それで、ほんの少しだけ、力を込めた。

「あっ!セーヴィ何やってんだよ!ずりぃ!」

「触るなってセーヴィが言った。」

「・・・・・・」


 喚かれて、仕方なくレイリアを離した。


「やかましくするんじゃない。・・・リリィ、おいで。」

「!」

 恨めしそうにしていたリリィは、呼ばれるとすぐにセーヴィアスの側へ来た。飛びついたりしないところが、彼女らしい。

「レイリア!俺も!」

「えっ!?」

「ラヴィがいいなら俺も。」

「ええっ!?」

 いきなり二人に抱きつかれたレイリアは、とても戸惑っていた。だがその様子を見て思う。

(・・・二人も・・・同じように感じているのかも知れないな。)

 だからあんなにも、側にいたがるのだろう。

「セーヴィ?」

 あまり表情が動かないリリィが心配そうに覗き込んでくる。その頭を撫でてやると、僅かに嬉しそうに微笑む。

(リリィも・・・レイリアを気に入っているようだな。)

 でなければリリィの事だ。逃げ出したら傷の一つでも負わせるのに。

「・・・明後日は、無茶はしないと約束出来るかい?」

 言われてリリィは返答に窮した。セーヴィアスの為なら、命も惜しまないのに。それでも、セーヴィアスの言う事は聞こうとしてくれる。

「・・・・・・・・・分かった・・・」

 あまりに嫌そうで、笑ってしまった。

「ありがとう、リリィ。良い子だね。」

 抱きしめて、頭を撫でてやる。すると、ほんの僅かだけ、セーヴィアスの服を掴んでくる。

(この子達をこのままにして・・・いいんだろうか・・・)

 シュル・ヴェレルは亡霊だ。やろうと思えばきっと、太陽の下を堂々と歩く道も選べるのではないかと思った。


「レイリアはさあ、キスした事ないの?」

「・・・ええっ!?」

 何やらラヴィアスのスイッチが入ったようだ。セーヴィアスは苦笑してリリィをそっと離した。

「・・・ラヴィのせいで、セーヴィといちゃいちゃできない。」

「・・・その言葉はラヴィから覚えたのかな?」

 無表情で言う言葉ではないと思うが。ラヴィアスの性格にも困ったものだ。

「俺が教えてあげようか?どんな風にするのがいいか・・・」

「えっ、い、いいよ!大丈夫!」

「遠慮する事ないって。どうせロシルじゃ分かんないんだし。」

「・・・やってみる。」

「え!だ、駄目だってば!待って、二人とも待って!お願いだから!」

 アウトだ。押し倒す気満々の二人にセーヴィアスが歩み寄る。

「・・・どれ、やってごらん?」


「「「っ!」」」


 レイリアまで飛び上がってしまった。

「や、やだなぁセーヴィ!するわけないじゃん!」

「しない、しない。」

 全力で首を横に振る二人に、セーヴィアスはにこりと笑った。

「そうだよな?もちろんこの先手を出す事はないよな?」

「そ、それは・・・」

「・・・・・・」

「しない、よな?」

 凄みを効かせると、ぱっとラヴィアスが顔を上げた。

「そんなの分かんねーだろ!レイリアがやだって言わなきゃする!」

「っ!?」

 あまりの台詞に、レイリアはもちろん、セーヴィアスも一瞬言葉を失った。大声で宣言するような事ではないだろう。

「・・・ならラヴィ。・・・一応ロシルも。」

「「?」」


 影を行く彼らにも、出来る事なら愛情を培って欲しいから。


「レイリアの許可なくそうやって抱きしめないように。相手の気持ちを大切にしなさい。」

「「・・・・・・・・・」」

 笑って言えていただろうか。二人の表情を見ると、失敗したかも知れない。

「「・・・分かった。」」

 頷いた二人を見て、セーヴィアスは頷いた。


(やはり、僕の我侭なのかも知れない。)

 己の職務に疑問を持っていなかった彼らを、こうして側へ引き込んだのは。

(・・・今更、か。)

 手を差し伸べたのは自分で、それを取った彼らの手を、こうして導いたのも自分だ。我侭だろうがなんだろうが、放り出せるわけがない。


(イルア・・・)


 君は、この手を取るだろうか。




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