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第十三話 か細い勇気



 ライオスを伴って、足早にお店を後にした。一歩お店の外へ足を踏み出すと、言いようのない緊張が襲ってくる。


(っ・・・、駄目。負けちゃ駄目!)

 どくどくと脈打つ心臓がいやに大きく感じられて、無意識に胸の前を握りしめる。

「こちらです!」

 精一杯平静を装ってライオスを振り返ると、ライオスが嬉しそうに後をついてくる。

「ありがとう!申し訳ないけど君の名前を聞いてもいいかい?どうもリリィの名前以外は覚えにくくてね。」

(・・・ほんとにリリィが大好きなのね、ライオス様は・・・)

 そんなライオスを騙しているのが心苦しくはあるが、こうでもしなければ自分がセーヴィアス達から逃れる事は不可能だと思ったのだ。

「私はレイリアです。」

「レイリア、だね。よし、覚えた!」

 子供の様ににこにこしているライオスを見ていると、不思議と嫌な緊張感が収まってきた。


「レイリア、リリィはどこに行ったんだい?」


「!」

 ぎくっ、と早くも負けそうになるが、慌てて口を開いた。

「えっと、あの、リリィはですね!」

「うん。」

 一片の曇りもない純粋さで頷かれると、レイリアの罪悪感はいっそう深まる。

(うっ・・・ご、ごめんなさい!)

「その、ですね!」

「うん。」

 焦るふうでも、疑うふうでもなく、ライオスは素直に頷いている。

「り、隣国なんですよ!」

「へえ、隣国へ?」

 ちょっと驚いた顔のライオスを見て、疑うだろうかと少し不安になった。

「仕事でかい?」

「は、はい!」

「一体どんな用だろうね?まさか・・・リリィ一人で商売を!?」

 がしっ、と両肩を掴まれて、レイリアは飛び上がった。しかし、ライオスは単にリリィの心配をしているようだと気付くと、また必死に頭を働かせる。

「ち、違いますよ!その・・・あ!あのですね、新しい商品なんかを探しに行ってるんです!」

 口からでまかせを言うが、ライオスはあっさり信じて頷いた。

「なるほど、新商品探しか!」

「・・・・・・」

(よ、良かった・・・!ライオス様が純粋な人で・・・)

 ほっと息を吐いて、再び二人で歩き出す。ライオスは一歩後ろを歩きながら、リリィに会えるかも知れない喜びでうきうきしていた。




 ライオスを伴って歩くこと二時間。シュル・ヴェレルの店から大分離れたところで、ライオスが嬉しい提案をしてくれた。

「レイリア?」

「あっ、はい!」

 セーヴィアスが追って来やしないかとびくびくしているので、ついつい驚いて声を上げてしまう。そんなレイリアの肩を優しく叩いて、ライオスはにこりと微笑んだ。

「隣国まで歩いていくつもりかい?」

「えっ・・・」

 言われてから気がついた。

(そ、そういえば隣国までどれくらいあるんだろう?)

「え、えっと・・・」

 途端に挙動不審になったレイリアをどう思っただろうか。ライオスはくすりと笑って言った。

「どうだろう。君さえ良ければ馬車で行かないか?」

「えっ!」

 思わずぱあっと顔が綻んだ。

(あっ・・・でも私・・・今持ち合わせがない!)

 駄目だ・・・と落ち込んだレイリアを驚いて見つめ、ライオスがそっとその手を取った。

「えっ・・・?」

「気にする事はないよ。リリィの元へ導いてくれるお礼だ。馬車代は僕が持とう!」

「えっ!そ、そんな!ライオス様・・・」

 ごく自然に手を引かれて歩き出す。ライオスは、本当に良い家の育ちなのだろう。お金を出す事も女性の扱いも、ごくごく自然にやってのける。リリィに浮かれている姿さえ見なければ相当世の女性達が酔いしれるのではないだろうか。

「さあ行こう!レイリア。リリィに会いに!」

(どこまでもリリィの事で頭がいっぱいなのは、救いかな・・・)

 るんるんと歩き出すライオスに手を引かれ、レイリアはもどかしい気持ちに囚われた。



(皆のところへ早く戻りたい。・・・けど、ライオス様のような純粋な人を騙すのは・・・やっぱり、罪悪感あるな・・・)

 自力で逃げ出す事の出来ない自分が不甲斐なく、それでもこれまでガイアスに鍛えてもらっていたのにと思うともどかしい。


『お前は格闘なんて出来っこないだろうから、それは考えるな。絶対に負ける。』


 以前、そう言われたのを思い出す。確かに、体力も筋力もついたとはいえ、戦うなんて事は出来やしない。度胸もなければセンスもないのだから。


『戦う事は考えなくていい。安全に逃げる事だけを考えろ。その為の体力と持久力だ。』


(安全に・・・逃げる・・・)

 よくよく思い出して、言葉を頭に刻む。心細さに震えている場合じゃない。罪悪感に怯えている場合じゃない。自分と、ライオスと。二人の安全を考えて進まなくては。


『焦らなくていい。ゆっくり考えて、ゆっくり動け。お前が無茶をしたらイルアが悲しむ。それを忘れるな。』


 赤銅色の瞳を思い出すと、その言葉が勇気づけてくれる気がした。

(そうだよね・・・無茶は、しない。けど・・・出来そうな事はやってみなくちゃ!)

 ぐっと自由な方の手を握りしめた。絶対に負けない。この状況に、屈したりしない。

 例え逃げ出せなくても、それで全てが駄目になるわけじゃない筈だ。

(よし・・・!頑張ります、皆!)

 そう思ったレイリアの手を、ライオスが少しだけ強く引いた。



「・・・?」

 顔を上げると優しい笑顔がこちらを見つめていた。

「あそこが停車場だよ。行きは二人乗りでいいよね。」

「えっ、あ・・・」


『いい?レリィ。もしもどこかへ逃げる時は、絶対に衆目に晒されるような方法を選ぶのよ。人目につかないような所へは行っちゃ駄目よ。』


 ふと、イルアの声が聞こえた気がした。

(そうだ・・・)

 公衆用の馬車は二種類ある。一つはライオスのような裕福な者達が使う、最大二人乗りもしくは四人乗りの馬車。もう一つは、庶民達が使う乗り合い馬車だ。とは言っても馬車代は庶民には少し高い為、利用するのは遠出する時くらいだ。

「あ、あの!」

 慌てて声を上げれば、ライオスはにこにこと言葉を待ってくれる。

「その・・・ええと・・・あの・・・」

 なんて言っていいものか懸命に考える。


「えっと・・・わ、私!ああいう乗り合い馬車というのには乗った事がなくて!せっかくなので、乗ってみたいんですが・・・」


 言ってみて、これはライオスが見たって、不自然極まりない態度だろうと思った。

(もうちょっと・・・もうちょっと説得力ある理由を思いつければ良かったのに!)

 冷や汗をかくレイリアの目を見て、ライオスがぽかんとしながら瞬いた。

(ふ、不審がってる・・・よね?)

 でも、言ってしまったものは仕方ない。

「ラ、ライオス様は乗った事があるんですか?」

 なんとか言葉を紡ぎ出してみるものの、もう駄目かも知れないとレイリアは泣きそうになった。


 しかし。


「いや、僕も乗った事がないんだ。」

 そう言ってライオスは破顔した。それはもう、嬉しそうに。

「面白そうだよね。全然知らない人と同席するんだろう?よし、あれに乗ろう!」

「え?あっ、は、はい!」

 ライオスはにこにこしながら、レイリアの手を引いてずんずん馬車へ向かう。御者がぎょっとしてこちらを見ていた。

(あ、そうか・・・。ライオス様のような人は乗らないものね・・・。)

 しかし、今更どうこう言えない。庶民しか乗らないのだと言って、じゃあ二人乗りでと言われたら困る。

(うう・・・ごめんなさい、ライオス様・・・)


 心の中で謝ると同時に、今からすでに突き刺さっている痛い程の視線に、レイリアは身を竦ませた。




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