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第十話  シュル・ヴェレルの日常

「え?」


 攫われて一週間が経ったある日。セーヴィアスは朝食の席で、笑顔でレイリアに告げた。突然の提案に、レイリアは目をまんまるにした。

「だからね、イルアへ手紙をしたためようと思うんだが、レイリアも一筆書くかい?」


「・・・ええっ!?」


 驚き過ぎて叫ぶ事しか出来ない。

(だ、だって・・・攫われたんだよね?私。いくらイルア様に話しがあるだけだって言っても、私が手紙を書いてもいいなんて・・・攫った意味、あるのかな?)

 戸惑うレイリアを眺め、セーヴィアスはにこりと笑った。長方形の卓の短面に、向かい合って座っているから、お互いの表情がよく見える。

「僕が“レイリアは無事だ”と書いても、不安になるだけだろう?」

「・・・・・・」

(た、確かに・・・。攫った本人から無事だと言われても不安よね・・・)

 だからって。

「わ、私が書いてもいいんですか・・・?」

 思わず聞かずにいられなかった。すると、聞いていたラヴィアスがくすくす笑う。

「別にいいよ?俺たちが全部で何人だとか、どういう武器や特技があるか書いても。」


「えっ!?」


 ぎょっとしてラヴィアスを見ると、にやにやと楽しそうに笑っている。そんなラヴィアスにセーヴィアスも頷く。

「構わないよ。本当に、好きな様に書いたらいい。」


「ええっ!?」


 空いた口が塞がらない。

(ど、どういう事?)

「どうする?明日伝書館へ出してくるから、今日中に書いておいてくれ。」

「えっ、あ、はい・・・」

 よく分からないままに頷くと、セーヴィアスとラヴィアスがくすくすと笑っていた。ロシルとリリィは興味がないらしく、もくもくと朝食を平らげていた。

(ど・・・どうしよう?)

 もそもそと食事を口に運びながら、レイリアは一人、悩み始めた。

「あ、そうそう。」

 先に食べ終わり、食器を持って立ち上がりながらセーヴィアスが声をかける。何事かと思って顔を上げると、またもや驚きの提案をされた。

「今日は一緒に店に出てみるかい?」

「・・・・・・」

(一緒にお店に出る・・・?)

 その意味をゆっくりゆっくり理解して、レイリアはまた叫んだ。


「ええーっ!?」






 結局。レイリアは店へ出る事になった。戸惑うレイリアをセーヴィアスが引っ張ってきたようなものだ。ロシルとラヴィアスは“仕事”へ向かったらしい。


「いらっしゃいませ。」

「・・・・・・」


 意外にもリリィがちゃんと店番をしている。しかし、無表情な上に棒読みだ。


「いらっしゃいませ。」

「・・・・・・」

 一緒にいるとどうしても心配してしまう。店は出入り口とカウンターの窓が開けた状態で、道行く人に声をかけて集客するらしかった。

(こ、これじゃあお客さん、近寄り難いよね・・・)

「リ、リリィ?」

「・・・?」

 呼ばれたリリィは不思議そうにレイリアを見る。

「あ、あのね?もう少し・・・その・・・表情を緩めたらどうかな・・・?」

「表情を緩める?」

 ぱちぱちと瞬きして繰り返す。睫毛が長く、音がしているように感じる。

「うん、そう。ちょっとだけ、口の端をあげると和らぐんだよ。」

 言いながらレイリアは両手の人差し指を自分の口の端当て、少し持ち上げた。

「それは意味があるの?」

「意味?」

 聞かれて、思わず聞き返してしまった。リリィは頷いただけだ。

「ええと・・・気安い印象になるから、お客さんが近寄り易いと思うの。」

「それは、良い事?」

「えっ?」

 またも思わず聞き返してしまう。が、リリィはじっとこちらを見つめている。

「えっと・・・うん。お店には良い事だと思うよ。」

「・・・なら、やってみる。」

 こくりと頷いて、リリィはレイリアの真似をして、両手の人差し指をを口の端に当て、少しだけ持ち上げた。

「こう?」


(か、可愛い・・・!)


 思わずぎゅっとしたくなるが、ここは我慢だ。

「うん、そう!お客さんに声をかける時は手を離すんだよ。」

「わかった。」

 こくり、と頷く姿がとてつもなく可愛い。


「いらっしゃいませ。」

「・・・!」


 少し微笑んだように見えるリリィの呼びかけに、今までちらりともこちらを見なかった通行人達が、一斉にこちらを見て頬を染めた。

(すごい威力・・・!)

 皆が思わず足を止めてしまっていた。

「いらっしゃいませ。」

 相変わらず棒読みだが、ちょっと表情が変わっただけで、ものすごく影響が出ている。


「いらっしゃいませ。」

「やあ!こんにちは、リリィ。」


(え・・・どなた?)

 親しげに声をかけてきたのは、いかにもどこかのお坊ちゃんだろうと思わせる、上等な衣服を身に着けた、物腰の柔らかそうな青年だった。

「いつもありがとうございます。」

 リリィは棒読みのまま頭を下げた。

 青年はそんな様子は気にならないのか、うっとりとリリィを見つめて話しかける。ついでにリリィの手をそっと握った。

「ねえ、リリィ。今日は何がおすすめなんだい?」

「惚れ薬などいかがですか。」


(ええっ!?なんてもの薦めるのリリィ!)

 焦るレイリアをよそに、二人は会話を進める。


「いいねぇ、惚れ薬!買ったら君が飲んでくれるかい?」

「いいえ。珍しい植物の苗はいかがですか。」


 青年がリリィの目を見つめながらリリィの手を撫で回しているが、リリィは全く無反応だ。


「君から薦められるものなら、さぞ珍しいのだろうね。美しい花でも咲くのかな?」

「いいえ。果物が生ります。いかがですか。」

「果物は好きだよ。愛しいリリィ。僕の好みが分かっていて薦めてくれるんだね!」

「二株で実が生ります。」

「じゃあ、買おう!生ったら君に捧げるよ。可愛いリリィ!」

「ありがとうございます。黄金鳥の羽根ペンはいかがですか。」


 言いながらリリィは果物の苗を二株、空いている方の手で器用に袋に入れた。


「黄金鳥か!君の髪のような、蕩けるような色合いなら、是非頂こう。」

「こんな色ですが、いかがですか。」


 リリィが見せた羽根ペンの色は、見事な黄金ではあったが、リリィの髪のようなしっとりとした輝きはなかった。


「これで君に手紙を書いたら、受け取ってくれるかい?」

「はい。いかがですか。」

「では頂こう!」

「ありがとうございます。護身用に短剣はいかがですか。」


(ええっ!?そんなものまで薦めるの!?)

 レイリアがはらはらしながら見守るも、青年はうっとりとリリィを見つめて嬉しそうに笑っている。リリィはその間も袋に羽根ペンを入れた。


「僕の身を案じてくれるんだね!なんていじらしいんだろう。君の愛が籠っているなら、喜んで身につけるよ!」


(ええっ!この方さっきから値段も聞いてないけど、大丈夫なのかな・・・)


「ありがとうございます。お香はいかがですか。嫌な事があった時に効果的です。三回分。」

「リリィ・・・!僕の苦悩を分かってくれるんだね!ああ、君ごと貰い受けたいくらいだよ・・・!」


 青年の目の熱が徐々に高まってくるのを見ていて、レイリアはリリィが心配になってしまう。

(だ、大丈夫なの!?この方・・・)

 言ってみれば、変態だ。


「それは無理です。お香はいかがですか。」


 どこまでも棒読みで、いつの間にやら表情も消えているリリィだが、青年はその目をう見つめてうっとりと目を潤ませた。


「君にこんなに思われているなんて、僕はなんて幸せ者なんだろう!是非、頂くよ、リリィ!」

「ありがとうございます。今日のおすすめはこれで終わりです。お会計はあちらです。」


 惚れ薬以外の薦めた品を全て袋に入れ、リリィは淡々と言って青年に袋を突き出した。その態度に熱も冷めるかと思いきや、青年は袋を受け取って愛おしそうにリリィを見つめる。

「ああ、別れは早いものだね。次はいつ会えるだろう?愛しいリリィ。」

 名残惜しそうにじっくりリリィの手を撫で回し、青年は悲しそうにその場を離れる。

「では、リリィ!また来るよ!」

「またお越し下さいませ。」

(リリィ・・・最後まで淡々としてるけど・・・あの方、懲りないんだろうな・・・)

 会計をするセーヴィアスはにこにこと愛想が良い。青年はセーヴィアスと談笑した後、もう一度リリィを愛おしそうに眺めてから店を去った。


 青年を見送って呆然とするレイリアに、セーヴィアスが可笑しそうに声をかけた。

「良い客だろう?」

「・・・そ、そうですね・・・」

「どこでリリィに惚れ込んだのか、我々の移動にも懸命についてくるんだよ。」

「ええっ!?それって・・・」

(ストーカー・・・)

「リリィもちゃんと相手をしてくれているようだし、惜しげも無くお金を落として行ってくれるから、感謝しているよ。」

「で、でも・・・追いかけられていて良いんですか?」

 レーヴェと同じ立場なら、こうも熱心に通われていては困るのではないだろうか。そう思って聞いたのだが、セーヴィアスは穏やかに笑うだけだった。

「特に困る事はないよ。誰が踏み込んで来ようが、結果的に我々を牢に放り込む事は出来ないからね。」

「・・・?」

 首を傾げるレイリアに、声を潜めて教える。

「だって、レイリア。我々は要人の秘密を知っている。安易に騒いで捕らえれば、その秘密を敵方に知られるかも知れないだろう?」

「あっ・・・!」

「もしも我々を始末したいと考えるなら、国王を説得して国中で我々を追いつめるしかないだろうな。」

「そっ、そんな事あるんですか!?」

「しっ」

「!」

 思わず声が大きくなったレイリアに、セーヴィアスは人差し指を唇に当て、顔を近づけた。その行動に、思わずユーセウスを思い出した。


(ルセ様・・・)


「イルアもないとは限らないんじゃないか?」

「えっ・・・?」

 至近距離でセーヴィアスのアイスブル—の瞳に見つめられる。底の見えない透き通った瞳に、考えが全て伝わってしまいそうだ。

「暗殺者は重宝されるが、同時に疎まれる存在でもある。」

「え・・・?」

「ましてや、人並みはずれた力があるなら尚更だ。」

「・・・・・・!?」

 セーヴィアスはそっとレイリアから離れた。そうして店の奥へと行ってしまう。


(そう・・・なの?)


 今聞いた事が、衝撃的だった。

(あんなに苦しんでるイルア様が・・・そんな風に思われる時が、来るの?)

 まただ。また、胸が痛くなる。

(私・・・イルア様のお仕事について・・・目を逸らし過ぎていたのかな・・・)

 もっと、もっと、知らなければならない。レイリアはぐっと胸元を握りしめた。






 その夜——


「レイリア!ただいま!」

「ぅわっ!?」

 夕食も食べ終わり、さあ寝ようと動き出した時。勢い良く扉が開いてラヴィアスが帰って来た。扉を開けたその勢いで、部屋の隅にいたにも関わらず、迷わずレイリアに突進してきた。そして、がっしり抱きしめられている。

「ラ、ラヴィアスっ!?」

 なんとか覚えた名前を叫ぶも、ラヴィアスはぎゅうぎゅう抱きしめて頬ずりしてくる。

「なに?なに?」

「はっ、離し・・・」

「ヤダ!」

「っ〜〜!」

 赤面なんてものではない。しかも、頬ずりの位置がだんだんずれているような。

「だっ、誰か!ひゃっ」

 叫ぼうものなら首筋を指でなぞられ、くすぐったくて変な声が出た。

「ふふっ、良い声だね〜」

「ちょっ、ちょっと待っ」

「待たないよ?」

(だっ・・・)

 ラヴィアスが上目遣いでにやりと笑う。ラヴィアスの身長はレイリアより少し高いくらいだから、レイリアが見下ろすようなこの態勢はおかしい。絶対におかしい。

(誰か〜〜っ!)

 笑いながら迫るラヴィアスが悪魔に見えた。


「ラヴィ!」


「っ!」

 ぎくっ、とラヴィアスの動きが止まった。途端にレイリアは身体の力が抜けていくのを感じた。

(良かった・・・!)

「ラヴィ。レイリアを離しなさい。」

「・・・・・・」

 ラヴィアスはじっとしたまま動かない。どことなく拗ねているように見えて、ちょっとだけかわいいと思ってしまった。

「ラヴィ。」

「・・・・・・」

 もう一度名前を呼ばれ、ようやくラヴィアスはセーヴィアスに顔を向けた。それでもまだ、レイリアにくっついたままだ。

「ずるい。」


(え?)


 完全に拗ねている声だ。

「セーヴィばっかずるい!」

「は・・・?」

 セーヴィアスが目を丸くした。そうしてみると人間味が増して、馴染み易い雰囲気になる。

「ラヴィ?」

「セーヴィばっかレイリアと一緒にいるだろ。俺だってレイリアといたい!」

「・・・ラヴィアス・・・」

 思わず呟いたレイリアの声に、ラヴィアスがじっと見つめる。さっき目線の下にあった顔は、今はちゃんと目線の上にあった。

「ラヴィ・・・」

 セーヴィアスが溜息を吐く。そして、ラヴィアスを見据えた。

「どうしてお前をレイリアに近づけないか、考えた事はあるのか?」

「なんで?」

「・・・・・・そうやってレイリアに迫るからだ!」

「うわっ、やめろよ!」

「きゃっ」

 セーヴィアスは大股で近づいてラヴィアスの首根っこと掴んで引っ張った。嫌がるラヴィアスがレイリアから手を離さなかったので、ラヴィアス共々セーヴィアスに倒れかかる。

「レイリアを離しなさい!」

「やだって言ってんだろ、馬鹿セーヴィ!」

「ちょっ、ちょっと危な」

「馬鹿はお前だ!」

「馬鹿!」

「ラヴィ!いい加減に・・・」


「「二人ともいい加減にしろ!」して!」


「「「!」」」

 セーヴィアスがぴたりと動きを止めると、抵抗していたラヴィアスがセーヴィアスに倒れ込み、一緒にレイリアも倒れてラヴィアスに寄りかかった。そんな三人を睨んでいたのは、いつの間にか帰ってきていたロシルと、眠たげに目を細めるリリィだった。

「もう寝る。静かにして。」

 リリィがラヴィアスの腕を強引に解くと、ロシルがさっとレイリアを抱きかかえて飛び退った。それを見てラヴィアスの殺気が膨れ上がる。

「テメェ!」

「いい加減にしろ!」

「いって!」

 ごん、とかなりの勢いでげんこつを落とされ、たまらずラヴィアスは踞った。目が潤んでいる。

「ラヴィ。うるさい。セーヴィも。」

「「うっ・・・」」

 リリィが目を細め、かなり不機嫌にそう言うと、二人は一様に黙り込んだ。

「レイリア、無事?」

 大人しくなった二人を見て、ロシルがそっと腕を放してくれた。

「あ、うん・・・ありがとう、ロシル。」

 にこりと笑うと、一瞬驚いたあと、柔らかく微笑み返してくれた。

「良かった。」

「・・・あ・・・お帰り。」

 なんだか照れくさくてそう言うと、途端にラヴィアスが抗議した。

「俺には言ってくれてない!」

「あっ、ご、ごめんね。ラヴィアス、お帰り!」

「・・・・・・」

 むすっとして顔を逸らされた。

(拗ねてる・・・)

 そんなラヴィアスを見下ろして、セーヴィアスが深い溜息を吐いた。

「・・・すまなかったね、レイリア。リリィとロシルも。」

「あっ、い、いえ・・・」

「ん。」

「もう寝てもいい?」

 リリィの目がとろんとしている。眠いのにわざわざ騒動を止めにきてくれたのだろう。

「ああ、リリィ。もう騒がないから、ゆっくりお休み。」

「うん。おやすみなさい、セーヴィ。」

「ああ。」

 挨拶が済むと、リリィはすたすたと部屋を去った。

「さあ、僕たちも寝ようか。」


「俺はレイリアと寝る!」


「ええっ!」

「ラヴィ。お前は僕と寝よう。」

「えっ!なんでセーヴィなんかと!」

「じゃあロシルと寝るか?」

「「冗談じゃない!」」

 息ぴったりに叫んだ。セーヴィアスが寒気がする程綺麗に微笑む。

「じゃあ僕と寝るな?」

「ぐっ・・・」


 黙り込んだラヴィアスは、セーヴィアスに引きずられて部屋へと去っていった。




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