【アップ✨】2026年4月26日主日公同礼拝/讃美歌とMynoteもあります☕️
初めまして、天川裕司です。
ここではシリーズでやってます『夢時代』と『思記』の原稿を投稿して居ります。
また、YouTubeドラマ用に仕上げたシナリオ等も別枠で投稿して行きます。
どうぞよろしくお願い致します。
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
お暇な時にでもぜひどうぞ♬
【アメーバブログ】
https://blog.ameba.jp/ucs/top.do
【男山教会ホームページ】
https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/
【YouTube】(ユメノ記)
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【ノート】
https://note.com/unique_panda3782
【YouTubeドラマにつきまして】
無課金でやっておりますので、これで精一杯…と言うところもあり、
お見苦しい点はすみません。 なので音声も無しです(BGMのみ)。
基本的に【ライトノベル感覚のイメージストーリー】です。
創造力・空想力・独創力を思いっきり働かせて見て頂けると嬉しいです(^^♪
出来れば心の声で聴いて頂けると幸いです♬
でもこの条件から出来るだけ面白く工夫してみようと思ってますので、
どうぞよろしくお願いします(^^♪
【本日のメッセージ】
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=oCZQ5tTmvb8
【ブログ】
https://ameblo.jp/yujiteiou/entry-12964959069.html
聖書と讃美歌も閲覧できます(^^♪お気軽にお立ち寄りください♪
聖書
『マタイによる福音書』(第八章二三〜二七節)
『イザヤ書』(第五四章一一〜一七節)
讃美歌〜♫
讃美歌273番
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=l7dsXLFJpVM&pp=ygUV6K6D576O5q2M77yS77yX77yT55Wq
讃美歌519番
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=3YeOpBOsuXE&pp=ygUV6K6D576O5q2M77yV77yR77yZ55Wq
2026年4月26日 礼拝説教 聖書箇所
人々は驚いて、「いったい、この方はどういう方なのだろう。風や湖さえも従うではないか」と 言った。
マタイによる福音書9章27節
山が移り、丘が揺らぐこともあろう。しかし、わたしの慈しみはあなたから移らず わたしの結 ぶ平和の契約が揺らぐことはないと あなたを憐れむ主は言われる。
イザヤ書54章10節
はじめに
「嵐を静められた」主イエスの力ある業について「信仰」と「祈り」の道を共に学ぶ。
1
「(そして、)イエスが舟に乗り込まれると、弟子たちも従った」。 この時、すでに、イエスの周囲には大勢の人々がいた(4章25節)。「イエスは、自分を取り囲 んでいる群衆を見て、弟子たちに向こう岸に行くように命じられた」(18節)のであり、弟子たち は、その命令に従った。その向こう岸は、「ガラタ人の地方」があり、そこで、イエスが「行け」 と命じると、「悪霊に取りつかれた者」「二人」から悪霊が出て、「豚の中に入り」「豚の群れは みな崖を下って湖になだれ込み、水の中で死んだ」(32節)。主イエスは、葬りを先にしようとし た者に、「わたしに従いなさい。死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい」(22節) と命じられるほどに、イエスに従うとは、時に、死者の葬りを犠牲にするほどのこと。あれか、こ れか、ではなく、いつも一つの心で、「主」イエスにお従いすること(まことの神、「主」への責 務と本当の必要を果たす)。その文脈の中に、湖上の嵐の出来事が置かれている。
2
「そのとき(すると、見よ)、湖に激しい嵐が起こり、舟は波にのまれそうになっ(が、)。 イエスは眠っておられた」。見た目、体験の、注意にまさって、イエスの睡眠に一つの焦点があ る。先にイエスは「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所 もない」(20節)と言われた。この「人の子」こそイエス御自身。イエスは、睡眠の休息を必要と する人間であった。しかし、同時に、主イエスは、嵐の中の完全な平安。イエスは、十字架にかけ られる前の夜、「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさ い」(26章38節)と言われた。この時は、主と共に祈らねばならない時であった。「舟」が「波に のまれそうになった」とき、弟子たちはもはや前に進むどころではない状態に陥ったのである。手 漕ぎの舟で数時間はかかる湖上の移動。どの辺で嵐に遭遇したのか定かではない。いずれにして も、その嵐は弟子の目を塞いだ。弟子たちは何をしたか。「弟子たちは近寄って起こし、『主よ、 助けてください。おぼれそうです』と言った。」この「おぼれそうです」とは、元は「滅びる」と の意で「死にそうです」(口語訳)とも訳される。弟子たちは死の危険を覚え、主を起こし、助け を求めた。祈りにたえれば、至極当然の祈りと言える。詩編にも、「わたしを助けてください」と の文言を見つけることは容易(詩編22編20節、31編2節、38編23節、40編14節、63編8節等)。
3
「イエスは(弟子たちに)言われた。「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ。」そして、起 き上がって風と湖とをお叱りになると、すっかり凪になった。イエスは、助けを求める弟 子たちの「怖れ」と「信仰」を問われた。なぜか。弟子たちがイエスに頼ったとき、「滅び」 「死」、つまりは「絶望」を叫んだことではないか。目にみえる試練に直面した時、霊的危険はむ しろ人の怖れと不信にある。イエスが共におられるから安心であると言うだけなら、わたしたち は、都合よく祈りと信仰を表明できるかもしれない。しかし、祈りと信仰の本質は、嵐の中でこ そ、死の怖れを覆って余りある完全な平安を信じること。それは、イエスがたちまち風と海を鎮め られたことにおいて証しされたほどに、絶えざる祈りは、完全な平安の中でささげられ得るもの。 「わたしたちが持っているこの希望は、魂にとって頼りになる、安定した錨のようなものであり、 また、至聖所の垂れ幕の内側に入って行くもの」(ヘブライ6章19節)と確信されるように、嵐の 中の「安定した錨」こそ、主イエスの約束される完全な平安であり、真実の希望と祈りへの道。
おわりに
主の預言は、「山が移り、丘が揺らぐ」、死の不安をもたらす時にも、「主の慈しみ」 と「平和の契約」は「揺らぐことはない」と、主の憐れみによる約束を告げる。主と共に生きる民 として、どのような試練の中でも、弱さを身に負いながらも、確かな信仰と祈りの道を求めたい。
(Mynote)
二〇二六年四月二六日(日曜日)、京都兄弟姉妹共に礼拝を守れる事を神様に感謝する。
(子供メッセージ)
『スコットランド教会新カテキズム』
「第三の戒めでは、何が禁じられて居ますか。」
「神様の前に、自分の心に嘘をついて約束する事、神様のものをみだりに自分のものにする事、神様を呪ったり、背く事、虚しく、偽って誓う事、神様のお名前を、軽々しく不遜に用いる全ての事が禁じられています。」
イエス様が、天に居られる誠の父である神様から全ての人(罪人)の為にこの人の世に遣わされ、その罪から信仰に依り全ての人が救われる事を、クリスチャンは祈り願い続けねば成らない。一人一人の信仰が成る様に。
(公同礼拝)
『イザヤ書』(第五四章一一〜一七節)
『マタイによる福音書』(第八章二三〜二七節)
「苦しみを受け、嵐に弄ばれ、慰めを得ない者よ、見よ、私はアンチモニーであなたの石を据え、サファイアであなたの基を置き、メノウであなたの尖塔を造り、紅玉であなたの門を造り、あなたの城壁を悉く宝石で造る。あなたの子らは大いに栄える。あなたは義を以て堅く立ち、虐げから遠ざかって恐れる事は無い。また恐怖から遠ざかる。それはあなたに近付く事が無いからである。たとい争いを起こす者があっても私に依るのではない。全てあなたと争う者は、あなたの故に倒れる。見よ、炭火を吐き起こして、その目的に適う武器を造り出す鍛冶は、私が創造した者、また荒らし滅ぼす者も、私が創造した者である。全てあなたを攻める為に造られる武器は、その目的を達しない。全てあなたに逆らい立って、争い訴える舌は、あなたに説き破られる。これが主の僕の受ける嗣業であり、また彼らが私から受ける義である」と主は言われる。」(『イザヤ書』第五四章一一〜一七節)
「それから、イエスが舟に乗り込まれると、弟子達も従った。すると突然、海上に激しい暴風が起こって、舟は波に呑まれそうになった。ところが、イエスは眠って居られた。そこで弟子達は御傍に寄って来てイエスを起こし、『主よ、お助け下さい、私達は死にそうです』と言った。するとイエスは彼らに言われた、『なぜ怖がるのか、信仰の薄い者達よ』。それから起き上がって、風と海とをお叱りになると、大凪になった。彼らは驚いて言った、『この方はどう言う人なのだろう。風も海も従わせるとは』。」(『マタイによる福音書』第八章二三〜二七節)
この『マタイによる福音書』でのエピソードは、信仰が試される時のものである。弟子達でさえ、死の恐怖を前にすれば信仰が乏しくなり、イエス様に「見える形でその苦難を鎮めて去らせる事」を望み求め、それは祈りより訴えであり、この時、イエス様を「お守り」の様な力有る存在に例えて見、そのお守りの様な力によって物理的に窮地から救い給え!…と願ったのである。そこでイエス様は横になって居たのを起き上がり、
「なぜ怖がるのか、信仰の薄い者達よ」
と諭し、そのときイエス様と共に舟に乗って居た弟子達が訴えた通り、嵐を鎮ませ、凪に成らせた。これを見ても弟子達はまだ、
「この方はどう言う人なのだろう。風も海も従わせるとは」
と、イエス様が誠の救い主であるから…とは思えなかった。
この前の箇所(『マタイによる福音書』第八章一八〜二二節)ではイエス様が、
「向こう岸に行く様に」
と弟子達に命じて居り、弟子達はその通りにして居た。そして同箇所で、
「また弟子の一人が言った、『主よ、先ず、父を葬りに行かせて下さい』…」
とイエス様に願い出て居り、これに対してイエス様は、
「私に従って来なさい。そして、その死人を葬る事は、死人に任せておくがよい」
と応えて居る。
自分の父親が亡くなり、その葬儀の為に行くと、弟子の一人は言ったのに、イエス様のこの応えを聞くと、どうもイエス様は「冷たい人」のイメージがどうしても先走る。しかしこれは信仰が試されるエピソードに在り、窮地に追い込まれた時・切羽詰まった時などどの様な状況下にあっても、先ずイエス様を先頭にする信仰を優先するかどうか?…が問われる点にある。信仰に従う事の大事であり、無論、人の中では人の常識に沿う形で「優先すべき」を優先できる(させて頂ける)場合もあるが、信仰に於いては常に神様の方を向き、神様が全ての人(罪人)の為に遣わされたイエス様の御言葉に従う事を第一とし、その大義を憶えねば成らない。でなければ、その人の神様との一対一に於ける信仰が成らないのである。
唯一の救い主であるイエス様と舟に乗った弟子達は、少し嵐が来ただけで大騒ぎして、その心の中で死を想像・連想し、横になって居られたイエス様を見て「なんでこの人はこんな自分達が危ない時に、ただ眠る様にじっと傍観して居るのか!我々を助けようとはしないのか!?」等と本気に思ったかも知れない。しかし神様に遣わされ、唯一の救い主であるイエス様と共に信仰に歩むなら、先ず不安・恐怖は無い(『イザヤ書』本日の箇所を参照)。この信仰に於ける大事とそれに纏わるエピソードは、聖書で何度も記されてある。しかし人は何度そのエピソードを通っても、イエス様を通して体感・経験した奇跡を経ても、日常の試練・ちょっとした事(一過性で終える出来事・トラブル)に遭えば、忽ちその信仰に依る力を蔑ろにして、あとに廻し、目の前に縋れるもの・現実に於いて物理的にどうにかしてくれるもの(窮地・トラブル等から助けてくれるもの)を第一に取り、それを拝む様に待ち望む。人間の正直からなる言動ながら、この点に、神様がイエス様を通して教えた真実の信仰とのズレがある。
目の前に縋れるもの・現実に於いて物理的にどうにかしてくれるもの(窮地・トラブル等から助けてくれるもの)を第一に取る事は、他の「人間が作った宗教」の在り方と変わらず、その邪教を崇拝し、偽の信仰に陥る事に他ならない。この点に注意と、神様が人に教えた本来の信仰に立ち返る契機がある。
信仰に生かされて居てもこの様に、容易く邪教に陥る事がある(邪教を心酔し崇拝する姿勢に陥る事がある)。全ての人(クリスチャン・ノンクリスチャン問わず)はこの点に留意する必要があり、上記した契機を得れば、正しい信仰に立ち返る事が大事となる。イエス様がこのとき言った「信仰の薄い者達よ」とはクリスチャン・ノンクリスチャン問わず、全ての人を諭す御言葉にあろう。神様とイエス様の前に出れば、どんな人でもその信仰の度合いは五十歩百歩に在り、特定の者達だけが「優れた者達」と固定付けられるものではない。そう信じる上で全ての人は、常に神様が人に教えた誠の信仰に立ち返る努力をせねば成らない。この努力は人間の力によらず、神様の御力、聖霊の働きに依り成る。
イエス様が弟子達に教えた事、問う事、嗜めた事は、弟子達だけでなく、現代を生かされる全ての人に言った事である。御言葉である。御言葉は書物の中に留まらず、生きたものである。過去のものに無く、過去から未来に生きるものにある。
生死を超えた信仰が大事に在る。信仰は、罪人を罪の死の内から甦らせるからである。その事を、イエス様は十字架に付けられ三日目に死人の内より甦り、天に上り、全能の父なる神様の右に座した事で確約して下さった。この様に成されたのは、イエス様をこの人の世に遣わした神様であり、その御計画に在る。この事を憶える様に。
【日本キリスト改革派 男山教会】
https://otokoyamakyoukai.jimdofree.com/
【最寄りの教会検索用】
https://www.rcj.gr.jp/
Table Caffe〜
榎本保郎牧師 ミニ説教1 「まず第一にしなければならないこと」
https://www.youtube.com/watch?v=q0lc_w0zV-I&t=1s
「わたしはよみがえりです。いのちです。」
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=7bqAl-LCXzQ
ハーベスト・タイム・ミニストリーズ
https://www.youtube.com/@HarvestTimeMin?app=desktop
イエス・キリストの生涯をたどる旅 II (1)
https://www.youtube.com/watch?v=vPB9SBXalPA
ユメノ記
https://www.youtube.com/@%E3%83%A2%E3%83%8E%E3%83%A6%E3%83%A1-v5x/videos
(お暇な時にぜひどうぞ)
少しでも楽しんで頂き、読んだ方の心の糧になれば幸いです。
サクッと読める幻想小説です(^^♪
お暇な時にでもぜひどうぞ♬




