chapter02
頬が切れている。
だが、大した痛みはない。
日頃から痛め付けられている僕にしてみれば、なんということはない傷だ。
しかし肝要なのは、インプラットが攻撃してきたという事実。
インプラットは脆弱な生き物だ。
ちょっとしたことで簡単に命を落とす。
故に極度に臆病であり、人に害をなすことはない──はずだった。
少なくとも、僕はそう教えられた。
しかし、このインプラットは僕に攻撃を仕掛けて来た。
初めから異質ではあったが、もう疑う余地はない。
──これは、僕の知るインプラットではない。
殺される。
気付いた時には、身体が勝手に動いていた。
「──う、うわああああ!」
死にたくない。
だが、やはり逃げ場なんてどこにもない。
故に形振り構わずに周囲の鼠を蹴飛ばした。
殺される前に、殺すしかないと思って。
幸いにも鼠は脆かった。
僕でも一撃で殺せる程に。
だが、どれだけ殺しても終わらない。
次から次へと無限に湧いて出てくる。
圧倒的な数の暴力を前に、それでも僕は必死に抵抗した。
だが、これまで全くと言っていいほど運動をしてこなかった僕の体力は、あっという間に底を尽く。
待っていましたと言わんばかりに、鼠の逆襲が始まった。
ブチッと、耳慣れない音がした。
一拍遅れて、腕に違和感が走る。
視線を滑らせると、腕から血が滲んでいた。
齧られたのだ。
「うっ!」
アドレナリンが出ているせいか痛みは殆ど感じない。
ただ、狼狽えてしまった。
それが大きな隙となる。
「ひっ!」
矢継ぎ早に飛来する鼠に悲鳴を上げる。
「く、来るな! やめろ!」
されど鼠は止まらない。
脆弱で、他のモンスターに比べると大した攻撃力も持たないインプラットであるが、しかし一方で素早さには目を見張るものがあった。
資料にも、インプラットは素早さだけならばBランク相当であると記載されている程だ。
Bランクとなると、ベテランと呼ばれる探索者ですら持て余すレベルだ。
普通のインプラットならば、それでも脅威足り得ない。
いくら素早くとも、攻撃して来ないのだから脅威になどなろうはずもないのだ。
だがこいつらは違う。
持てる力を惜しげもなく発揮して、僕に襲いかかってくる。
まるで、死など恐れていないかのように。
その姿はまるで、放たれれば二度と戻らない弾丸のようであった。
能力が平均以下である僕がそれを躱すことなど出来るはずもなく。
「痛っ!」
徐々に、しかし確実に傷が増えていく。
無論、僕も反撃を試みるが、多少殺した所で焼け石に水だった。
弾幕が薄くなる気配もなく、むしろ連中の攻撃は苛烈さを増していく。
だがダメージは少ない。
既に身体の至る所を齧られたが、どれも致命傷には程遠かった。
別物のような気性の荒さだが、能力はインプラットと変わらない──ということなのだろう。
押しも押されもせぬ状況の中で、僕の気力と体力は、やがて底を尽きた。




