chapter06
推測でしかないが、恐らく鳥居の先は別の空間に繋がっているのだろう。
ダンジョンゲートと同じように。
しかし、こんなものは聞いたことがない。
資格取得に際してそれなりの勉強はしたが、そんなことはどの資料にも記されていなかった。
僕が忘れているだけという可能性もあるが、記憶力には多少の自信がある。
恐らくこれは未発見のギミックだ。
ギミックとは、ダンジョン内に施されている仕掛けのことだ。
大半は命に関わる危険なものであり、この鳥居の先も例外ではないだろう。
だが、何故これまで発見されていないのだろう。
こんなにも目立っているのに。
「まぁ、ダンジョンなら不思議でもないか」
ひょっとしたら、何かしらの発生条件があるのかも知れない。
いずれにせよ、この先には何かがあると思って間違いないだろう。
「どうするかな?」
入ってみるか。
この先がどうなっていようと、死のうとしている僕には関係ない。
恐怖はもうなくなっていた。
ダンジョンにいる内に麻痺したのだろう。
それよりも、未だかつて誰も発見したことがないギミックに好奇心が擽られる。
好奇心は猫をも殺すと言うが、殺してくれるのなら本望だ。
問題は、如何ともし難い我儘な身体が通れるかどうかだが……。
まぁ、通れなかったらその時に考えよう。
「よいしょっ……と」
身を屈ませて、ほふく前進で鳥居を潜った。
腹が擦れて痛い。
しかしどうにか通れそうだ。
かなりキツイけども。
「──なんだこれ」
中は真っ白な空間であった。
どこまで続いているのかも分からない、果てのない白。
そこには何もない。
僕以外誰もいない。
何かが起きる気配もない。
何かがあるという予想は見事に外れたようだ。
「つまらん……」
拍子抜けだ。
肩透かしだ。
誰も体験していないような事象に出会えたならば、冥土の土産になっただろうに。
もっとも、話し相手なんて冥土にもいやしないが。
帰るかと踵を返し、僕は言葉を失った。
「はっ……?」
ないのだ。
通って来たはずの鳥居が──
どこにも、ない。
消えた? なんで?
「──ッッッ!?」
混乱の中、周囲が一瞬強烈に明るくなった様な気がした。
そして背後に感じる強烈な気配。
咄嗟に身を翻し、視界に捉えたその姿に僕は戦慄する。
「マジかよ……」
そこにいたのは牛であった。
しかしながら、当然ただの牛ではない。
筋骨隆々な黄金の肉体に、雄々しくも禍々しい気配を放つ黒い角を持った半人半牛の怪物。
手には巨大な斧が握られていた。
僕はこいつを知っている。
かつて資料で見たモンスターと、その特徴が一致している。
資料で見たモンスター。
実物に会うことは一生ないだろうと思っていたそいつの名前は──。
Aランクモンスター【ミノタウロス】
「なんで……?」
なんでそんな化け物がここにいるんだよ。
ここはGランクダンジョン。
現れるモンスターのランクもG。
Aランクのモンスターがいるはずない。
しかし、現実としてここにいる。
ジロリと、ミノタウロスの赤い双眸が僕を捉えた。
その刹那。
「──ブモオオオオオッッッ!!」
大気を震わせる程の咆哮。
たったそれだけで、忘れていたはずの恐怖心が津波のように押し寄せた。
歯の根が合わない音がする。
それが自分から発せられる音だと気付くまで時間はかからなかった。
「う、うわああああ……!」
気付けば僕は逃げ出していた。
死のうとしていたはずなのに。
僕を殺してくれる相手を探していたはずなのに。
……いや、そもそもそれが間違いだったのだろう。
僕は結局、ただ自分で死ぬ勇気がなかっただけなのだ。
だから殺してくれる相手を探していた。
覚悟なんて何も出来ていなかった。
自分で死ねない人間が、他者に殺される覚悟なんてあろうはずがない。
僕は所詮、その程度の人間なのだ。
「死にたくない! 死にたくない! 死にたくない死にたくない死にたくない!」
叫びながら必死に足を動かす。
背後から迫り来る気配と足音を感じた。
だけど逃げ場なんてどこにもない。
どれだけ走ってみても、ひたすらに白い空間が続いている。
「うわああああッッッ!!」
全身の汁という汁を撒き散らしながら無様にも逃げ回る。
体力はもう限界だった。
だからだろうか。
僕の足がもつれてしまったのは。
「──しまっ」
地面との衝突。
咄嗟に振り返ると、ミノタウロスはすぐそこに迫っていた。
頼む、神様。
もう二度と、自殺しようだなんて思わないから。
だから──どうか僕を助けてくれ。
見捨てないでくれ。
しかし奇跡は起こらない。
ミノタウロスがニヤリと笑ったような気がした。
振り上げられる斧。
「やっやめっ──」
悲鳴にも似た命乞いは、されど奴には通じなかった。
斧は無情にも振り下ろされる。




