chapter07
赤い宝石が砕け散る。
これで終わる──そう、思った。
だが、それでもまだ終わらない。
ヴァンパイアが死ぬでもなければ、〈霧化〉が解かれることもない。
何も変わらない。
読みが……外れた……?
動揺が齎した僅かな硬直。
それが仇となる。
「──クッ!」
飛来する蝙蝠。
辛うじて防いだものの、翼で腕を切り裂かれた。
油断した。
慢心した。
根拠のない勝利を、いつの間にか確信していた。
どうすればいい。
どうすれば。
掴みかけていた勝利が、指の間から零れ落ちていく。
視界が狭まり、呼吸だけがやけに大きく響いた。
「ハァハァハァ……」
いよいよ以て手詰まりだ。
打つ手がない。
僕はここで、一生こいつと戦い続けなければならないのだろうか。
「冗談じゃないぞ」
生きると決めたのだ。
もう死なないと決めたのだ。
全部壊すと誓ったのだ。
無様だろうと滑稽だろうと、息が続くまで足掻いてやる。
「残念だったなヴァンパイア。今の僕は諦めが悪いんだよ」
潔く諦めるだけの僕はもう死んだ。
召喚された全ての眷属を蹴散らし、〈霧化〉を解いたヴァンパイアへと笑みを向ける。
「さぁ……決着を付けようか」
為す術がなくなった僕が出来るのは、愚直なまでの特攻のみ。
──いや、違うな。
そもそも僕には、初めからそれしかないのだ。
一方で彼女も、何故かスキルは使わず、純粋な肉弾戦のみで応じてきた。
なんの意図があるのかは分からない。
しかし、僕にとっては都合が良かった。
スキルを使われると、スキルのない僕じゃ少々分が悪い。
だが、一方でヴァンパイアの身体能力は明らかに上昇していた。
速く、鋭く、重い。
これまで当たっていた攻撃が当たらない。
もっとも、僕も彼女の攻撃を受けることはないのだが。
どちらも譲らない一進一退の攻防。
不意に僕の拳がヴァンパイアの頬を掠めた。
ツーッと頬を流れる血液。
しかも、その血が止まることはない。
──何故だ?
何故、血が止まらないのだろう。
この程度の傷ならば、彼女は一瞬で回復してしまう。
だが、回復する気配は──ない。
ひょっとして……。
回復しないんじゃなく、出来ないのだとしたら。
スキルを使わないんじゃなく、使えないのだとしたら。
それなら、現状に説明がつく。
今の彼女は、不死身じゃない。
そんな気がした。
「捉えたぞ、ヴァンパイア」
この勝負、僕の勝ちだ。
紙一重でヴァンパイアの蹴りを躱し、懐へと潜り込む。
今の彼女を鑑みると、近付くのはリスクがある。
だが、そのリスクを背負ってでも懐へ入り込む必要があった。
確実に殺す一撃を与える為に。
咄嗟に振るったヴァンパイアの拳を左腕で受ける。
痛いなんてもんじゃない。
多分、骨が折れた。
左腕はもう使い物にならないだろう。
だが、それでいい。
左腕はくれてやる。
その代わり、お前の命はもらうぜ。
「死ね」
躱す間もなく放たれた拳は、ヴァンパイアの心臓を貫いた。
「──カハッ」
一拍遅れて吐き出された血が、僕の身体を赤く染めた。
だらりと垂れ下がるヴァンパイアの身体。
漸く致命傷を与えられたらしい。
最早、反撃をするような余力は残っていないだろう。
しかし彼女は振り絞るように震えながら、緩慢とこちらに顔を向けて。
「──……ありがとう」
柔らかな笑みを浮かべた。
高ランクのモンスターの中には、人語を解する者がいるらしい。
彼女はその類のモンスターなのだろう。
その言葉を最期にヴァンパイアは息を引き取った。
どういう意味なのかは分からない。
ただ、本心であることは伝わった。
こうして、得も言えぬ感情だけを胸に残し、戦いは幕を下ろした。




