第9話 僕たちの目指す存在
「先に言っておくと、僕の働いている会社の主な事業はIT関連なんだ。情報技術を取り扱っていて、ソフトウェアの開発や他企業から依頼されたシステム構築とか色々と幅広くやっているんだけど……その中でも会社が特に力を入れている事業が次世代を担う最先端AIの開発。そのプロトタイプが、このほむらというわけさ」
唖然とする葵に、康生が微笑みながら語る。
それは小難しい専門用語など一切使わず、その手の知識がない葵でも理解できるように噛み砕かれた説明だった。
こうして葵のスマホに映し出されているほむらが高性能AIであり、そのプロトタイプだと。
彼の話は、当然だが葵も理解できた。
だがしかし、その話を理解した上で葵の表情は困惑に歪んでいた。
「……もしかして、俺のこと馬鹿にしてます?」
「微塵もしてないよ。僕としては、とても真面目な話をしてるつもりだ」
「いや、どう考えても馬鹿にしてますよね?」
困惑した葵が、そう答えるのも当然だった。
康生の話は、とてもではないが信じられる話ではなかった。
「AIって、あのAIですよね? スマホとかに入ってる大して使えもしないアレのこと言ってるなら、どう考えても俺のことを馬鹿にしてる」
「そう思う君の気持ちもわかるけど、僕は事実を話してるつもりだよ」
「ふざけたこと言わないでください。俺のスマホにいるほむらがAI? そんな話が信じられるわけないでしょ?」
毅然とした態度の康生に、思わず葵の眉が吊り上がった。
無理もない。誰が聞いても、康生の話はあまりにも馬鹿げていた。
葵の知るAIは、言われたことにしか答えられない単なる機械でしかない。受けた指示に従い、質問に答えるだけしかできない存在のはずだ。
それは誰もが知るAIの限界で、それを知っていれば彼の話を信じられるはずもなかった。
「嘘つくならもっとマシな嘘にした方が良いですよ? そんな馬鹿話を信じる奴がいるわけないでしょ?」
「大宮君、これは本当の話だ。嘘でも冗談でもない」
「いや、流石に無理がありますって」
どう考えても康生が嘘をついているとしか思えなくて、思わず葵が失笑してしまう。
だがそんな彼に、康生は真面目な表情を崩さなかった。
「たとえ君が信じられなくても、本当にほむらはAIなんだよ。彼女のようなAIを作るために、僕の所属してるAI事業部は何年も試行錯誤を繰り返してきた。人間と同じ思考を持ち、喜怒哀楽の感情を持った彼女のような存在を作ることが、僕たちの目標だったんだ」
そう語る康生の真剣な眼差しは、とても嘘をついている人間の目には見えなかった。
「君の反応も当然だ。今のAIは多少の進化はあっても、できることに限りがある。人間の出した指示に従うしかできず、自己学習の機能を使っても他者の真似事しかできない」
彼の言う通り、葵の知るAIはまさしくそれだった。
スマホでAIに音楽を流してと指示すれば流してくれる。また指定した相手にメッセージの送信することができたりなど便利な存在だとは思うが、結局はそれだけの存在でしかない。
「そんなAIしかない今の時代に、ほむらのような自我を持ったAIを作れるはずがない。だからこそ、僕たちは作ろうとした。この先の未来で、人間の生活をもっと豊かにできる存在を作りたかったんだ」
こんな馬鹿げた話を、本当にこの人は真面目に話している。
その真剣さを目の当たりにして反応に困る葵だったが、仮に本当の話だとしても意味不明なことが多すぎた。
「……そこまで言うならちょっとは信じても良いですけど、なんでVtuberのアバターがAIに?」
今の話を本当のことだと仮定しても、それが葵にはまったく意味がわからなかった。
「もっとありますよね? ほら、映画とかでもパソコンに人の顔とか映ってたりしてません?」
そこまで映画を見ていないが、うっすらと葵の記憶に残っている。
よくある設定だ。自我を持った人工知能がパソコンなどに映し出される時、人の顔が使われている。もしくは、なにかしらのアイコンが点滅するなど色々と見たことがある。
それなのに、どうしてVtuberのアバターをAIにしたのだろうか?
そんな葵の疑問に、康生は苦笑混じりに答えていた。
「そこを突かれると耳が痛いね。正直に言うと、僕たちの技術の限界だったんだよ」
「……限界?」
「わかりやすく言うなら、今の技術では人工知能にゼロから自我を作り出すのは不可能だった。どれだけ色々と試しても、結局は学習した他人の真似事しかできないAIしか作れなかった」
「それ、さっきの話と矛盾してません?」
今の話は、どう聞いても先程の話と矛盾していた。
他人の真似事しかできないのなら、それは単なるコピーでしかない。完全な自我を持ったAIなど夢の話だ。
「確かに矛盾してるね。でも、僕たちはその矛盾の中でも理想に近いモノを作れる可能性を探した。それに最も適していたのがVtuberだったんだよ」
そこから、どうしてVtuberに繋がるのか?
怪訝に葵が首を傾げてしまうが、康生は苦笑しながら話を続けていた。
「Vtuberの正式な名称は、バーチャルユーチューバー。つまり仮想の存在だ。僕たちの目指す存在として、Vtuberは完成形に近かった。もちろん人間が操っている点を除けば、だけどね」
彼の言いたいことは、なんとなくだが葵も理解できた。
Vtuberは、そのアバターを動かしている配信者がいるわけだが、定義的には仮想の存在という扱いになっている。
その定義を信じれば、Vtuberは康生の話している理想そのものと言えるだろう。
「そこで僕たちは考えたわけだ。VtuberそのものをAIとして作ってみても良いんじゃないかって」
その発想も、自我を持ったAIを作ろうとすれば思いつくかもしれない。
だが、それは色々と駄目ではないだろうか?
「もしかして、勝手にVtuberの配信とかで学習させたとかじゃ……?」
今はYouTubeを開けば、学習させるVtuberは山のようにいる。
もしそんなことをすれば、間違いなく大問題になることは葵でも予想できた。
「そんなことできるわけがないよ。社外の人間、それも他企業のVtuberを使ったのがバレたら会社の存続にも関わる。僕たちも企業の人間として超えてはいけない一線は弁えてる」
「じゃあどうやって……って、まさか」
そこまでの話を聞いて、その先が予想できた葵が目を大きくした。
社外のVtuberを使えないのなら、考えられることは決まっていた。
「そう。作ったんだ。我が社でVtuberの事務所を」
「マジかよ」
そんなことで、わざわざVtuberの事務所を立ち上げた。
それは、あまりにも突拍子もない話だった。
「自社のVtuberなら問題ないからね。もちろん事務所を作るにあって色々とこだわったよ。よくあるアバターの皮を被ったVtuberでは、その配信者のコピーしか作れない」
さらっと聞く人が聞けば激怒されそうな発言だったが、葵は聞かなかったことにした。別段、葵自身も熱狂的なファンでもない。
「僕たちが欲しいのは、仮想の存在を演じられるVtuberだ。だからこそ、それができる人材を探したよ。自分の思い描く理想の姿をVtuberとして徹底的に演じることができる。それが僕たちの求めている人材だった」
「それで作れたのが、ほむらだった?」
「そういうことだね。かなり実験的だったけど、まさかこんなにも早く自我が形成されることは夢にも思わなかったよ」
予想外の出来事だったと、康生が微笑む。
一体、どうやってAIに自我を持たせたのか。その方法はわからないままだが、今までの話を聞いた上で、葵は思うしかなかった。
「……それだけのためにVtuber事務所作ったって、馬鹿なんですか?」
「馬鹿で結構だよ。それだけ、僕たちは真剣だった。死ぬまでの間に、一度でも良いから本当のAIを見てみたかった。ずっと子供の頃から夢に見てた存在がこうして目の前にいる。そう思うだけで、本当に泣けてくる」
葵のスマホを眺めながら、本当に嬉しそうに康生が笑みを浮かべる。
夢が叶ったと。そう語る彼に、葵は思わず聞いてしまった。
「……夢? 子供の頃からAIに興味が?」
随分と変わった子供だと、素直に葵が思ってしまう。
しかし康生から返ってきた言葉は、予想外のものだった。
「昔、子供の頃にハマってたゲームがあったんだ。もう随分古い作品だけど、少年と自我を持ったAIが協力して世界を救うストーリーで、彼らのような存在が現実にも居てほしいって本当に思ってた」
今まで大人の顔をしていたのに、そう語る康生の表情は――まるで子供のように無邪気な顔だった。




