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第4話 ソンナワケナイヨ



 まさか、あの高垣朱里を我が家に招く日が来るとは思わなかった。


 別に彼女のことを特別視してるわけではないが、流石に女の子を自宅に入れるのは少しだけ緊張してしまう。


 その相手が美人な彼女なら尚更なおさらで、あまり女子と関わる機会のない葵からすれば、それも当然の反応だった。



「俺の部屋、2階だから」


「うん。ありがと」



 男ならではの緊張感を悟られないようにしつつ、玄関にいる朱里を淡々と葵が自室まで案内しようとする。



「本当にごめんね。こんな時間に押しかける形になっちゃって」



 だが彼の素っ気ない態度に、すぐ朱里が謝罪の言葉を告げていた。



「それはもう謝らなくて良いって。よくわかんないけど、高垣にも事情あるみたいだし」


「でも大宮君の顔、すっごく不機嫌そうだったから」



 どうやら思っていたよりも表情に出てしまったらしい。


 確かに22時を過ぎた深夜に家まで押しかけられて、少なからず葵も迷惑だとは思っている。それは朱里だからではなく、誰が来ても迷惑なことに変わりない。



「やっぱり、怒ってるよね?」


「別に怒ってるとか、そういうのじゃない」



 加えて自室にいる“あの奇妙なアバター”にも迷惑しているが……彼女にも事情があったと聞かされてしまえば、怒る気にもなれない。


 彼女の姿を見れば、そう思うしかなかった。


 夏らしいラフなTシャツにハーフパンツと、一目で部屋着だとわかる服装をしている。


 かなり急いで来たのだろう。きっと着替える時間すら惜しかったのかもしれない。


 それだけ、彼女が焦って急いでいた。そう思えば、葵の怒る気も失せた。


 だから彼女に素っ気ない態度を見せてしまったのは、本当にしょうもない理由でしかなかった。



「……なんていうか、その、あれだよ。こんな時間に女子を家に入れることなんて一度もなかったから、ちょっと緊張してるんだよ。今日は俺の家、親が居ないから」



 下手に誤解させるのも面倒だと思って、恥ずかしながらも葵が赤裸々に答えてしまう。


 我ながら本当に恥ずかしいことを言っている。


 そう思う葵の意図が伝わったのか。その瞬間、朱里の頬がほんのりと赤くなった。



「……そそ、そうだよね。変な気遣いさせてごめんなさい」


「高垣が謝ることじゃない。俺が変に意識してるのが悪いだけだから」



 朱里を、女子として意識してしまった。そんなことを男の葵から面と向かって言われたら、普通に気持ち悪いとしか思われないだろう。


 だが、それでも良かった。ただでさえ、彼女は家まで押しかけてきたことを申し訳なく思っている。


 そんな彼女から、自分のせいで怒らせて不機嫌になっていると思われるよりマシだろう。変に萎縮されるのも面倒だった。


 葵としては、あの奇妙なアバターを回収してもらえれば問題なかった。朱里とは知り合いだが、別に友達というわけでもない。


 人から嫌われることには慣れている。だから彼女に嫌われたところで、どうでも良かった。



「でも、ちょっと意外だったかも。大宮君もそういうこと考えるんだ」


「……あ?」



 そう思いながら苦笑する葵だったが、朱里から出てきた言葉は思いもしないものだった。


 呆気に取られる葵に、朱里が頬を赤らめたまま、どこか気恥ずかしそうに言葉を続けた。



「いつも大宮君って自分以外に興味なさそうな感じしてたから、そういうこと思ってくれる人なんだなって」



 それは馬鹿にしているのか、はたまた貶しているのか。


 そう語る彼女に、つい葵が眉を寄せてしまった。



「人のことなんだと思ってるんだよ。俺だって男だ。人並みに女子に緊張することだってあるに決まってるだろ。それが高垣みたいな――」



 美人が相手なら緊張すると言いそうになって、咄嗟に葵が口を閉ざす。


 だがそこまで出てしまった彼の言葉は、朱里にしっかりと届いていた。



「私が、なに?」



 小さく首を傾ける彼女の仕草は、その整った顔立ちと相まって、とても可愛く見える。


 そしてどこか揶揄っているような、そんな表情。


 間違いない。この女、わかっている上で訊き返している。



「……なんでもねぇよ」


「えぇ〜、流石に気になるんだけど」


「わかってて聞いてくる奴に言うことなんてない」


「むー、ちょっと残念」



 なにが残念なのか、まったく理解できない。


 彼女がなにを考えているか見当もつかないが、このまま話を続けるのは良くないと判断した葵は即座に話題を変えることにした。


 幸いにも、彼女には言いたいことがあった。



「そんなことより、お前も気をつけろよ。どんなに大事な事情があっても、こんな時間に女の子が出歩いたら普通に危ないだろ」


「……うっ、それを言われると返す言葉がないかも」


「たまたま来たのが知り合いの俺の家だから良かったけど、これが危ない奴の家とかだったらヤバイかもって思わなかったのか?」


「あの、はい。すっごく反省してます」



 葵に指摘されて、先程まで頬を赤らめていた朱里が頬を引き攣らせる。


 自覚があるなら、言われて当然だった。


 余計なお世話と思われるかもしれないが、こればかりは葵も言わざるを得ない。



「俺みたいな奴に言われるのは嫌かもしれないけどさ。女の子ならマジで気をつけた方が良いと思うぞ。親だって心配するだろ」


「……うん。そうだと思う」



 心配して注意する葵に、なぜか朱里が目を逸らす。


 なんだ? 今の反応?


 どうにも嫌な予感がして、自然と葵の頬が引き攣った。



「高垣? まさかとは思うが……親になにも言わずに出てきたとか、そんなことないよな?」


「……ソンナワケナイヨ」



 どうやらこの女は、嘘をつくのが下手らしい。


 目を一切合わせようとしない片言返事の朱里に、堪らず葵が頭を抱えてしまった。



「……マジかよ」


「だって仕方なかったんだもん。あの子が居なくなったなんてお父さんにバレたらどうなるか……」



 仮に理由があったとしても、親に黙って出かけるのは決して褒められることではない。


 たとえ高校生だとしても、まだ彼女も葵と同じ17歳の子供だ。深夜の無断外出など心配されるに決まっている。



「親に連絡しないつもりか?」


「できないから慌てて来たの。私のお父さん、今日は仕事から帰ってくるの遅いの。多分、日付が変わる前くらいに帰ってくると思う。だから急いであの子を回収して帰れば大丈夫」



 やはり連絡する気はないらしい。


 あのアバターが居なくなったことを父親に知られるのがマズイと言っているが――あらためて聞いても奇妙な話だった。



「……てかさ、さっきから気になってたけど。お前、ずっと変なこと言ってないか?」


「へっ?」


「あれってVtuberのアバターだろ? それなのになんでお前、ずっとアイツが生きてるみたいな話し方してんだ?」



 思い返せば、ずっと違和感はあった。


 朱里が“ほむら”というアバターについて話す時、なぜか物ではなく、生き物として扱っていた。


 それこそ、まるで自分たちと同じ人間のように。



「……やっぱり言わないとダメ?」



 葵の疑問に、朱里が言いづらそうな苦笑を見せる。


 その反応と先程までの話を察するに、おいそれと言えない話だとわかる。


 だが、だからと言って聞かない選択肢を選べる葵ではなかった。



「言いたくないなら良いけどさ。アレ見たら誰だって気になるだろ。お前のお父さん、新手のウイルスでも作ってるのかよ」



 アバターを動かすアプリが入っていない葵のスマホで、Vtuberのアバターが勝手に動いている。


 先程までの朱里の話を振り返れば、彼女の父親が関係していることは確かだ。


 きっとIT関係の仕事をしているのかもしれないが、それにしても物騒な物を作ってるとしか思えない。



「流石にあの子はウイルスとか、そういうのじゃないから」


「じゃあなんだよ、アレ。人のスマホに勝手に入って来たかと思ったら、俺のことママとか言い出すし」



 なぜ、あのアバターに母親ママと呼ばれなければいけないのか。


 そう思う葵が溜息交じりに漏らした時だった。



「……ちょっと待って、大宮君。あの子、本当にそんなこと言ったの?」



 彼の話を聞いた途端、朱里の表情が固まった。



「だから言ってたって。俺が私のママだとか、マスターがなんたらとか、色々言ってたぞ」


「……うそでしょ」



 どうか嘘であってほしいと言いたげに、朱里が頭を抱える。


 葵にはよくわからない話だったが、おそらく聞かれるのはマズイ話だったのだろう。



「あの馬鹿、なんで大宮君にそんなこと言っちゃうのよ。本当にもう、こんなに早く大宮君にバレるなんて……!」



 明らかに怒っている彼女の様子を見れば、それもすぐに察せた。



「……わかったわ。そこまであの子が話しちゃったなら、言うしかなさそう」


「その話、本当に聞いても大丈夫なのか?」


「そう良いわよ。そこまで聞かれたら隠すのも無理そうだし」



 しかし苦悶の表情を浮かべている彼女が深いため息を吐き出すと、どこか諦めたような表情を見せていた。



「でも説明するにしても、あの子がいるところで話させて。多分、その方が話が早いから」


「それは別に良いけど」



 はたして、本当に聞いても良い話なのだろうか?


 そんな不安を感じつつ、葵は落ち込んでいる朱里を自室まで案内することにした。

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