第3話 家に入れてくれない?
そもそも葵の通う学校で、この高垣朱里を知らない生徒はいない。
そう断言できるほど、彼女の名前は有名だった。
悪い意味ではなく、もちろん良い意味で。彼女は学年や性別問わずに慕われている。いわゆる学校の人気者と呼ばれる存在であった。
美人でスタイルが良く、更に性格も良いとなれば好かれるのは当然で。むしろ彼女を嫌う理由を見つける方が難しい。
長いまつげと大きな瞳。そして鼻筋の通った綺麗な鼻と小さい唇が、ビックリするほど小顔に収められていて。
手入れの行き届いた綺麗なミディアムヘアと色白の肌には、いつも周りの女子達が羨望の目を向けている。
きっと世の中にある“可愛い”という言葉は、彼女のためにある言葉だろう。そう思わせる彼女が物腰の柔らかい優しい性格だと聞けば、その人気にも納得してしまう。
まるで漫画やアニメに出てくるヒロインみたいな女の子。それが高垣朱里という女の子である。
そんな彼女は、なぜか葵と同じ美術部に所属している。
だから、葵も彼女とは世間話をする程度の関係だったのだが……
どうして、こんな時間に彼女が我が家を訪ねて来たのだろうか?
「……なんで高垣が俺の家に来てるんだよ?」
確かに高垣朱里とは知り合いだったが、彼女に家の住所を教えた覚えなどない。
住所を教えてもいないのに、こうして彼女が家に訪ねて来たことが理解できなくて、堪らず葵が困惑してしまう。
そんな彼に、朱里はモニター越しに申し訳なさそうな表情を見せていた。
『えっと……その、これには深い事情があって』
「いや、普通に怖いんだけど。お前、なんで俺の家知ってんの?」
彼女にどんな事情があるかまったく知らないが、怖いことには変わりない。
『うん。大宮君の反応は当然だと思う。でも大宮君の家だから来たってわけじゃなくて……たまたまというか、偶然って感じで』
「お前さ、それ逆の立場で言われたら信じられるか?」
はっきりとしない返事をする朱里に、思わず葵が眉をひそめてしまう。
一体なにが偶然なのか、まったくもってわからなかった。
『とにかく、大宮君の家だから来たってわけじゃないの』
「それを信じろって?」
『本当に偶然なの。私もここが大宮君の家だったなんて思わなかったし……』
仮に彼女の言葉を信じたとしても、余計に意味がわからなかった。
ただでさえ現在進行形で自室には面倒な奴が泣き喚いているのだ。
それを彼女に説明したところで到底信じてもらえる話でもないから言うことは決してないが……こんなタイミングで来られても迷惑でしかない。
大した要件じゃなければ、すぐにでも追い返そう。
そう思いながら、葵は渋々と口を開いた。
「それならさっさと要件を言ってくれ。悪いけどこっちも忙しいんだ」
『あ、うん。こんな遅い時間だとそうだよね。それじゃあ、手短に話すから』
葵に催促されて、朱里が苦笑いを見せる。
そして彼女が一度だけ深呼吸すると、その要件を告げていた。
『あのね。ものすごく変なこと訊くんだけど……動いて喋る女の子のイラストとかに心当たりない?』
「……なんだって?」
『えっとね。わかりやすく言うと、大宮君ってVtuberとか知ってる? あんな感じのイラストをアバターって言うんだけど……かなり変な髪の色してるの。左側が赤くて、右側が黒い髪色をした可愛い女の子の絵に見覚えあったりしないかな?』
そう不安そうに話す朱里に、葵は素直に困惑してしまった。
まさか彼女の口から“ほむら”の特徴を言われるとは思いもしなかった。
「……なに言ってんだ? お前?」
『意味わかんないこと言ってる自覚はあるけど、本当に探してるの。居なくなったあの子を見つけないとかなりヤバくて』
その焦り様は、モニター越しでも十分に伝わるほどだった。
それだけ、あのアバターが彼女にとって相当大事なものだとわかる。
それは葵にも理解できたが、気になることがあった。
あのほむらというアバターは、誰かによって動かされているはずだ。
それなのに先程の彼女の言葉は、まるであのアバターが生きてるような言い方だった。
「それで俺の家に来たって? なんでそのアバターを探してたら俺の家に来ることになるんだよ?」
更に不思議なことは、やはりこうして高垣が的確に葵の家を訪ねて来たことだろう。
居場所を知らない状態から、あのアバターを探すのは困難を極める。それこそ、はじめから居場所をわかってなければ不可能としか思えない。
『そうだよね……もう正直に言います。あの子の現在地が大宮君の家にあるの』
そう思う葵に朱里が頭を抱えると、おもむろに持っていたスマホを見せつけてきた。
「……はい?」
モニター越しでハッキリと見えなかったが、朱里のスマホに地図が映っていることだけはわかった。
なるほど。だから彼女は“ほむら”の居場所を把握できたということか。
葵の家は一軒家だ。もし示している場所が葵の家なら、見間違えるはずもない。
それを見せつけてくると、朱里は真剣な表情で話を続けた。
『だから知ってるなら教えてほしいの。ここにあの子、ほむらがいるって』
ほむらの名前まで出されてしまえば、もう答えは決まってしまった。
焦っている朱里に、葵はため息混じりに答えることにした。
「……その変なアバターなら部屋に、というか俺のスマホにいるぞ」
彼の返事を聞いた途端、モニター越しに朱里が安堵の表情を見せた。
『ほんと⁉︎ 良かったぁ〜! 大宮君に隠されたらどうしようかと思ってたから……!』
たがその口ぶりは、葵からすれば不服なものだった。
はじめから隠すつもりなどなかったのに、そんな言われ方をすると少しだけ腹が立つ。
しかしほむらの現在地がわかっている彼女からすれば、そう思うのも当然なのだろう。
それだけ、彼女にとって大事なものなら。
「別に隠してたわけじゃない。あんな変な奴が俺のスマホにいるって言っても絶対信じてもらえないだろ?」
『そう言われたら、確かにそうかも。あっ……もしかしてあの子、大宮君に迷惑とか掛けなかった? 変なこと色々言ったり、急に泣き出したりとか?』
「現在進行形で泣き喚いてるぞ、アイツ」
ピンポイントに言い当てられるとは思わなくて、つい葵が頷いてしまう。
その返事に、自然と朱里の表情が引き攣っていくのが見えた。
『……うるさくなかった?』
「死ぬほどうるさかった。今も俺の部屋で泣いてる声聞こえてるし」
葵が耳を澄ませると、自室の方から微かに泣き声が聞こえる。
まさか彼女に共感してもらえるとは思わなかった。ちょっとした親近感を感じてしまう。
『ちなみに、なんで泣いてるかわかる?』
「……あぁ〜、多分だけど俺が絵を描かないって言ったからかも」
『あちゃ〜、そういうことか』
ほむらが泣き出した心当たりを告げると、なぜか朱里が納得した表情を見せる。
今の話で納得できる部分があったのだろうか?
そんな疑問を葵が抱いていると――
『大宮君。本当に申し訳ないんだけど、私を家に入れてくれない? あの子、このままだと絶対に帰らないと思うから』
唐突に、朱里からそんな懇願をされてしまった。
堪らず、葵から唸り声が漏れる。
あの奇妙なアバターを回収くれるのは大変助かるが、彼女を家に入れるのは少し気が引ける。
今、家には男の葵しかいない。そんな家に女の子を入れるのはいかがなものか。
「別に良いけど……今は俺の家、誰も居ないけど大丈夫か?」
『それって大宮君の家族が誰も居ないってこと?』
「そういうこと」
はたして、どんな返事が来るだろうか。
そう思っていると、朱里から返ってきたのは予想外の返事だった。
『それ、むしろ私にとって好都合かも。あの子のことは秘密にしたかったから』
「……それなら別に良いんだけど」
彼女にとって、そんな心配など関係ないのだろう。
余計な心配をした自分を殴りたい。
慣れない気遣いをした自分に恥ずかしさを感じつつ、葵は朱里を迎えるため玄関まで向かうことにした。




