第21話 来るの遅いよ?
朱里の配信に付き添い始めてから土日が過ぎ、また新しい1週間が始まった。
今日から月曜日。また気怠い学校生活が始まると思えば、高校生の葵が気が重くなるのも当然のことで。
朝の通学路を歩くことすら、本当に気が重かった。
『ママ~、ちょっとカメラの位置ズレてる。少し直して~』
「はいはい、これで良いか?」
『うん! バッチリ!』
胸ポケットに入っているスマホの位置を直すと、イヤホンからほむらの声が聞こえてくる。
ただでさえ憂鬱なのに、更に面倒な子供の相手をしていると余計に気が重くなる。
まさか学校までほむらがついてくるとは夢にも思わなかった。
「お前さ、家で留守番してるつもりなかったの?」
『え? なんで私が留守番しないといけないの?』
まるで一緒に居ることが当然だと、ほむらの声色が語る。
そんな彼女に、葵は深いため息が出そうになった。
「お前のことが周りにバレるのマズイんだろ? なら家で大人しくのが普通じゃないの?」
『それはママが上手く誤魔化してよ。私、ママと離れるつもりないし』
本来なら、こうしてほむらが外にいることすら危ないと言うのに、どうしても葵と一緒に居たいらしい。
相変わらず、我儘な子供だった。
「誤魔化すにも限度があるだろ。わざわざ俺にイヤホンまで付けさせた奴がよく言うわ」
『だってそうしないとママとおしゃべりできないもん』
イヤホンから聞こえてくる彼女の我儘に、葵が辟易した気持ちになる。
週明けで今日から学校が始まる以上、葵も学校に行かなければならない。
ならば当然、ほむらを連れて行けるはずもないのだが……困ったことに彼女が一緒に行くと言って聞かなかったのだ。
それも道中は葵と話したいからと、通話ができるワイヤレスイヤホンを葵に付けさせて。そして外の景色が見たいからスマホは胸ポケットに入れろと我儘を言う始末。
葵が嫌だと言えば、当然のように彼女が泣き喚けば、渋々と従うしかなかった。
スマホを家に置いていくわけにもいかない。持っていなければ色々と困ることもある。
よってほむらの言われるままに、葵は片耳にワイヤレスイヤホンを付けた状態で学校に向かっていた。
「はぁ……マジで憂鬱」
『ママ〜、映像が揺れて見づらいからゆっくり歩いて〜』
歩き方すら文句を言われるとは思わなかった。
イラッとする気持ちを抑え込んで、葵が仕方なく歩き方をゆっくりとした足取りに変える。
そうすると、ほむらが嬉しそうな声を漏らしていた。
『うんうん! 良い感じ! ママが歩いてる風景を見て、ママとおしゃべりする朝は最高かも!』
「俺は最悪の気分だけどな。てかお前に気分とかあるのかよ」
『あるに決まってるでしょ! 私だって感情くらいあるんだから!』
感情を持ったAI。そんな存在がいると誰が思えるか。
それにしても、こうして会話をしていると本当に不思議でしかない。
彼女がスマホに居座ってから、気づけば3日も経ってしまった。
まだ付き合いは短いが、常に一緒に過ごしていると慣れてしまうもので、今では普通に彼女と話している自分がいる。
これまでの会話に違和感もない。たまにだが本当に彼女は生きているんじゃないかと思うくらいには、葵も彼女の存在を認めつつある。
本当に、不本意ではあるが……
『とにかく今日の私は気分が良いの! ママのスマホも変わったから居心地も良くなったし、本当に良い気分!』
その声色から、彼女の機嫌良さが伺える。
そんな彼女に、葵は胸ポケットのスマホをチラリと見ながら答えていた。
「スマホで居心地とか変わんなくない?」
『変わるよ。前にママが使ってたスマホって容量少なかったからちょっと狭いって感じしてた』
『狭いって……100ギガくらいあったんだけど』
『それだと私がスマホに入っただけで結構容量使っちゃうじゃん』
どうやらスマホの容量によって、ほむらの居心地は変わるらしい。
ソシャゲなどで遊んでいない葵のスマホは、比較的容量が空いている。
しかし、それでもほむらには窮屈のようだ。
「だからって、それだけのために新しいスマホ用意するか?」
『マスターのパパって偉い人なんでしょ? だからじゃない?』
確か朱里の父親は、AI開発部署の部長だと話していた気がする。
ほむらの世話を任せるために月給10万円も出せる権利があり、ほむらのために新しいスマホも用意してしまった。
その全てが、ほむらのために。
過保護かと思える対応の良さに、葵も呆れたくなるが……それで自分のスマホが最新になったのは役得かもしれない。
今まで見たことがない機種だが、朱里の父親曰く、最新の機種らしいが……
「見たことないけど、そんなに凄いスマホか?」
『えっとね。調べてみたらママのスマホ、ゲーミングスマホらしいよ。性能がすっごく良いらしくて評判みたい。私が動いても全然処理落ちしたりしないもん』
ゲーミングスマホと聞いて、葵の顔が強張った。
昨日、朱里の父親から渡したい物があると言われて、言われるままに受け取ってしまったが、まさかゲーミング仕様のスマホとは思わなかった。
ゲームをするために作られたスマホということは、それ相応の性能がなければならない。
「……値段、聞きたくねぇな」
『大体25万円らしいよ?』
「にじゅ……⁉︎」
あまりにも高額な値段に、思わず葵の足が止まった。
最新のスマホでも、その半分くらいの値段だろう。
雑に胸ポケットに入れたスマホが、そこまで高額の代物だとは思わなかった。
頑丈なケースと保護フィルムを貼っているにしても、とても雑に扱える代物ではない。
「……絶対に落とすのだけは気をつけよ」
『スマホを落とすなんてダメに決まってるでしょ! その中には大切な娘の私がいるんだから!』
そういうことではない。
見当違いなことを言い出すほむらに、葵が思わず苦笑を漏らしている時だった。
「ちょっと、来るの遅いよ?」
ふと、葵が更に憂鬱になる原因が現れた。
声のした方を見れば、そこには制服姿の朱里が居た。
「今日から一緒に学校行くって話してたんだから、待ち合わせの時間には合わせないとダメでしょ? ってなに? そんな変な顔して?」
「いや、なんでも」
葵の歪んだ表情に、朱里が怪訝な表情を浮かべる。
まさか彼女と一緒に学校へ行くことになるとは思わなかった。
「あのさ、俺と一緒に学校行く必要ある?」
男女が一緒に登校など、変な噂が出てもおかしくない。
それなのに、朱里は一緒に行くと言って行かなかったのだ。
「ある。だって少しでも一緒に居ないと、ほむらが何を言い出すかわかんないもん」
朱里が口を尖らせて、そんなことを告げる。
確かに彼女にとって、ほむらが葵の傍にいることは危険なのだろう。
昨日と一昨日で、その片鱗はあった。
「大宮君。ほむら、余計なこと言ってないでしょうね?」
「言ってないな。別に変なことは」
秘密らしいことは、まだ聞いてない。
強いて言えることがあるとすれば……
「ほむらが俺の絵をめちゃくちゃ褒めてる配信があるって言ってたくらい?」
「げっ……!」
葵がそう答えた瞬間、朱里の顔が一瞬で赤くなった。
「……見たの?」
「まだ見てない。ほむらが見ろってうるさいけど」
「絶対見ないで」
「なんで? 配信なら別に良いだろ?」
「そういうのは、ちゃんと直接言いたいの」
配信で話しているなら、別に見ても良いのではないだろうか?
しかし朱里の態度は、それを嫌がっている。
どうしてそこまで嫌がるのか怪訝に思いながら、葵は朱里と一緒に学校に向かうことにした。
ほむらと話せるように、空いているワイヤレスイヤホンの片方を渡すのも忘れずに。
そうすると、2人の姿は誰が見ても仲良しのカップルに見えなくもなかった。




