第20話 なんでママって呼んでるの?
葵が思った通り、夜の配信も面白かった。
これも朱里のトーク力が高いおかげだろう。他愛のない世間話でも、かなり楽しめた。
話題が提供されるマシュマロ配信と違って、雑談配信は配信者のトーク力が試される。
常に自ら話題を作らなければ、話すことがないと無言になってしまう。それは雑談配信において1番してはならないことだ。
視聴者は、当然だが配信者を見に来ている。ゲーム配信ならゲームで遊んでいる姿を見れるだけで満足できるが、雑談配信は話している姿を見せなければならない。
無言の配信者を見たい人間などいない。もしなにも話さない配信になれば、当然だが視聴者は減る。
配信を見に来た視聴者を飽きさせないために、常に話題を作って話し続ける。それがどれだけ大変なことか、想像するのは容易い。
更にそこから視聴者を楽しませるトークをするとなれば、その難しさは格段に跳ね上がる。
声のトーン、口調なども気をつけながら、視聴者が退屈しない話題を提供する。それを全てできる配信者は意外と少ない。
ある意味で言えば、雑談配信は配信者としての実力が試される配信だろう。
その点で言えば、紅月ほむらを演じる高垣朱里の実力は、非常に高かった。
「高垣って、本当に話すの上手いよな」
夜の配信が終わった後、朱里の部屋に足を運んだ葵が開口一番に告げる。
そんな彼の言葉に、朱里は意表を突かれたと目を大きくした。
「……急にどうしたの?」
「いや、さっきも話したことだけどさ。マジで話すの上手いなって思った」
あらためて朱里の配信を見た葵が、素直な感想を伝える。
まさか急に褒められるとは思わなかったのだろう。予想外だった彼の褒め言葉に、朱里の頬が少しだけ赤くなった。
「もう半年もやってるんだもん。流石に慣れるよ」
「それにしても上手かった。普通に見てて飽きなかったし」
配信に慣れていると言っても、トーク力は配信者によって大きく差がある。
葵のよく見ている有名Vtuberの白波フウカもトーク力が非常に高い配信者だが、その人気度を考えれば当然の実力だろう。
チャンネル登録者が100万を超える配信者なら、トークの実力が高いのは当然だ。
その配信を見ている葵から見ても、朱里のトーク力は目を見張るものだった。
「高垣が話すのが好きだって聞いてたけど、まさかここまでとは思わなかった」
以前、そんな話を彼女から聞いたことがあった。
誰かと色々な話をするのが好きだと。
「今まで色々な人とたくさん話してきたおかげだよ。昔は話すの苦手だったけど、いっぱい勉強して話すように意識してたから」
昔は、苦手だった。
そう答える朱里の昔を知っていれば、確かにと思った。
昔の彼女は、内気な子だった。気さくに誰かと話をするタイプの人間ではない。むしろ真逆の人間だった。
「話す時に気をつけることとか、どういう話をしたら良いとか。色々なこと本で読んだよ。話題も考えるんじゃなくて普段の生活で見つけるように心掛けてたし、話す練習もたくさんしたかも」
「……そこまでする必要あったか?」
「そこまでしないと私は変わらなかったよ。少しでも大宮君に描いてもらった子みたいになるためには、ちょっとの努力じゃ全然足りなかったと思う」
内気な自分を変えるために、努力を積み重ねた。
そのおかげで、今の自分がいる。
そう語る朱里に感心してしまうが、それと同じくらいに葵は呆れそうになった。
そこまで彼女の変わろうとしたキッカケが、自分の描いたイラストとは思えなくて。
「……俺の絵ね。その話、今でも信じられないけど」
「大宮君にとって大したことない絵でも、私には大切なモノだったの。そうじゃないと飾らないでしょ?」
そう言って、朱里が視線を動かす。
その視線を葵が追うと、本棚の上に飾っている額縁が置かれていた。
初めて見た時は驚いたが、そこには葵が昔描いたイラストが2枚飾られていた。
1枚は、地味な女の子。そして2枚目は、ほむらのデザインが描かれている。
こうして自分の絵が知り合いの部屋に飾られていると、背筋が痒くなる。
飾るのをやめろと言ったが、朱里は一切聞く耳を持たない。だから諦めるしかなくて、葵は苦笑しながら2枚の絵を見つめていた。
「あんな絵のどこが良いんだか」
「そんなこと言っても、アレは私の宝物です。これから大宮君に色んなイラスト描いてもらって飾るんだから」
「だから描かないって」
「ううん。絶対に描いてもらう。そのために私はVtuberを始めたんだから」
密かな野望を語る朱里に、葵が失笑を漏らす。
葵に絵を描いてもらうために、彼女はVtuber活動をしている。
もう2度とイラストを描かないと決めた葵に自信を持ってもらうために。
その夢が決して叶わないとしても、彼女は諦めないのだろう。
自分が有名になって、葵が自信を持てるようになるまで。
「やれるもんならやってみろ。俺が折れるくらい人気者になれたら、少しは考えてやるよ」
「はじめからそのつもりだから安心して」
少し小馬鹿に言った葵に、朱里が失笑を返す。
やはり、諦める気はないらしい。
お返しと言わんばかりの反応に、つい葵が苦笑している時だった。
『そう言えば、ママってなんで絵を描くのやめちゃったの?』
ふと、そんなことをほむらが告げていた。
いつの間にか、葵のスマホに移動していたらしい。
自分のスマホから彼女の声が聞こえて、葵が確認すると、そこにはハテナマークを頭に付けたほむらが映っていた。
「……今更なこと聞くけどさ。なんでコイツ、俺のことママって呼んでくるの?」
あえてほむらの質問に答えたくなくて、咄嗟に葵が思いついた疑問を朱里に投げかける。
そんな強引な話の逸らし方に朱里が眉をひそめるが、渋々と答えていた。
「本当に今更……って知ってたから放置してたんじゃないの?」
「いや、まったく知らないけど」
ほむらが葵をママと呼ぶ理由を知らなけば、男を母親として見ているのは意味不明だろう。
それなのに、その疑問をずっと放置していた葵に呆れながら、朱里は小さなため息を漏らした。
「それなら早く言ってくれたら良かったのに」
「だって直そうとしても、コイツ直す気なさそうじゃね?」
「……確かに」
ほむらの性格を考えれば、それは難しいかもしれない。
子供で、我儘。それを理解してしまえば、呼び名を変えることも簡単ではない。
ほむらにとって、葵は“ママ”なのだから。
「えっと、ほむらにとって大宮君はママなんだよ」
「だからママってどういうことだよ?」
「Vtuberって自分を作ってくれた人を親って呼んでるの。自分のデザインを担当した絵師のことをママって呼んで、アバターのモデリングを作ってくれた人をパパって呼んだりしてるみたい」
「なにそれ?」
「昔、なにかのキッカケでそういう文化が生まれたんだって」
デザインを担当した人間をママと呼び、アバターのモデリングを担当した人間をパパと呼ぶ。
確かにわかりやすい呼び方だと思ったが、そのママが男だった場合、違和感が凄かった。その逆も然りだが。
「それでママ呼びされるのかよ」
「だから私からも、大宮君ってママになるんだよね。これから私もママって呼んでも良い?」
「……冗談キツいって」
同級生の女子にママを呼ばれる。
想像するだけで鳥肌が立った。
『そう! 私にとってママはママなの! それ以外の呼び方なんてないし!』
「……面倒だからそれで良いや」
ほむらの予想通りだった反応に、葵が苦笑する。
もうママ呼びから変えるのは無理かもしれない。
そう葵が半分諦めていると、おもむろにほむらから話しかけられた。
『って話を逸らそうとしないで! ママ、私の質問に答えてないよ!』
「……なんの話だっけ?」
『うわっ! あからさまにとぼけた!』
わざとらしく肩をすくめる葵に、ほむらがムッと表情を歪める。
『ちゃんと私にも教えて! なんでママは絵を描かなくなったの!』
ただでさえ、一度ほむらは描かないと言って泣き喚いたことがある。
何度か絵を描いてと懇願されて、いつか描くかもと言って誤魔化したが、この質問をされると返事に困った。
その質問に答えると、遠回しに絶対に描かないと言っているようなものだった。
だが、彼女の質問に答えなければ、きっと癇癪を起こして泣き喚くだろう。
どの道、この質問をされた時点でほむらは泣く。
この場にいるのは、朱里しかいない。
そう思うと、葵は渋々とため息混じりに答えていた。
「あんまり詳しく言いたくないけど、簡単な話だ。ずっと昔、俺の描いた絵を馬鹿にした奴らがいたんだよ。キモいとか、才能ないとか言って、俺の絵を汚したり破かれたりした。まぁ軽いイジメみたいなもんだ。それで描く気がなくなっただけだ」
なるべく端的に答えて、葵がそう締めくくる。
これで満足してくれただろうか。
そう思いながら、葵がスマホを確認した瞬間、
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁん‼︎』
突然、ほむらが大声で泣き出した。
「うるさっ!」
「ちょっとほむら! 流石に音量下げて!」
葵と朱里が揃って耳を塞ぐ。
慌てて落ち着かせようとするが、ほむらの泣き声は一向に止まらなかった。
『なんでママの絵を馬鹿にするの! ママ、絵描くの上手いってマスター言ってたのに!』
「だからそれは――」
『そんなこと言った人たち許せない! 今すぐその人たちのこと教えて! その人のスマホに行って個人情報をネットに――』
「えげつないこと言ってんじゃねぇよ! 絶対教えないからな!」
泣き喚きながら、とんでもないことを口走ったほむらに、葵が思わず声を荒げる。
本当にできるかはさておいて、AIのほむらならできてもおかしくない。
その可能性が少しでもあれば、これ以上は余計な情報を教えるわけにはいかない。
そう思いながら、葵は早く教えろと泣き喚くほむらを朱里と一緒に落ち着かせることにした。
まさか、ほむらがここまで泣くとは思わなかった。
彼女もまた、朱里と同じく自分の絵に良い感情を持っているらしい。
朱里の配信を学習すれば、そうなるのも当然なのだが……
少しだけ、悪い気はしなかった。




