第19話 面白かった?
昼から始まった朱里の配信は、意外と早く1時間程度で終わってしまった。
気づいたらあっという間の1時間で、葵自身も驚くほど彼女の配信に集中していたらしい。
こうして終わると短い配信だったと感じるが、今日の夜も彼女の配信があると思えば、意外と妥当な時間だったのかもしれない。
まだ配信を見たかったと思う物足りなさが、不思議と夜の配信も見たいと思わせてくる。
週末は昼間に少しだけ配信して、夜に本腰を入れて配信するのが朱里のスタイルみたいだが、これは思っていたよりも良い塩梅だと思える。
この昼配信を初めて見た視聴者なら、きっと夜の配信にも来るかもしれない。
更に紅月ほむらのファンからしても、また夜に配信があるという楽しみが生まれる。
だから昼間の配信時間が短くても、コメント欄が荒れなかったのだろう。
本来なら、短時間の配信はコメント欄が荒れても不思議ではない。
それなのに、彼女の配信が終わる時のコメント欄は、とても平和だった。
また夜に来る、夜も配信あるなら来ますなど、配信の終わり際に夜の配信を楽しみにしているコメントが多く書き込まれていた。
今まで意識して見たことはなかったが、配信の同接も大きく減ることがなく常に安定していた。
この数字を見てしまうと、彼女の配信を見に来た視聴者の大多数が、そのまま紅月ほむらのファンになっているのかもしれない。
そう思うと、思っていたよりも彼女のチャンネル登録者数が少ないと感じてしまう。
一度でも配信を見に来た視聴者を逃がさない配信ができているのに、どうして登録者数が1万人しかいないのだろうか?
先程まで見ていた配信を思い返しても、特に目立った悪い点はない。
むしろ良い配信だった。トークも上手くて、配信の内容も面白く、更にアバターのクオリティも高い。
こんなVtuberがここまで伸びてないのは、一体なぜだろうか?
「これなら……もっと伸びてもおかしくないのに」
そんな疑問を思いながら、葵がぼんやりと配信終了と表示されているスマホを眺めている時だった。
突然、彼のスマホ画面にほむらのアバターが現れた。
『ただいま! ねぇママ! マスターの配信どうだった‼︎』
「うわっ……!」
いきなり現れたほむらに、驚いた葵がスマホを落としそうになる。
しかし咄嗟に堪えると、思わず葵はスマホに映っているほむらに深いため息を漏らしていた。
「いきなり出てくるな。ビックリするだろ」
『だって早くママのところに戻ってきたかったんだもん!』
自分は悪くないと言い張るほむらに、葵が頭を抱えたくなる。
少しは慣れたと思ったが、やはり前触れもなくスマホにほむらが出てくると心臓に悪い。
次からは気をつけさせよう。どうやって言い聞かせるかは後で考えるとして、絶対に言い聞かせなければ。
そう決意する葵がったが、彼に注意されてもほむらの様子は変わらなかった。
『むぅ! そんなに怒ることないじゃん! 娘がママに会いたいって普通のことでしょ!』
「確かお前、前に言ってたよな? 人に悪いことした時は、なにか言うことあるだろ?」
悪びれもしないほむらに、ここぞとばかりに葵が言い放つ。
その言葉の意味を察したのか、ほむらが不満そうな表情を見せる。
しかし葵がわざとらしく眉を寄せれば、彼女も言い返す言葉がなかったらしい。
渋々と言いたげに、スマホからほむらの声が響いた。
『ママのこと驚かせて、ごめんなさい』
「ちゃんと謝れたのは偉い」
『私だって謝るくらいできるもん!』
葵が褒めると、恥ずかしそうにほむらの頬が赤くなる。
こういうところは、本当に子供らしい。
無駄に意地を張っている感じも、本当に子供みたいだと思わされた。
ご褒美に頭でも撫でてやろう。
そう思った葵が、スマホ越しにほむらの頭を撫でる。
その瞬間、彼女の表情が嬉しそうに微笑んだ。
『むふふ〜! ママに撫でられた〜!』
そこまで指を動かしていないのに、予想以上にほむらが喜んでいる。
相変わらず、彼女は撫でられるのが好きらしい。
あまりにも子供らしい反応に、つい葵が呆れた笑みを浮かべていると――
「大宮君、待たせてごめんね」
いつの間にか、自室に居たはずの朱里がリビングまで来ていた。
「気にしなくて良いって。別に退屈じゃなかったし」
現れた朱里の謝罪に、葵が苦笑混じりに答える。
なにもせずに1時間も待つのは辛いかもしれないが、今回は良い暇つぶしがあった。
折角なら、さっきの配信の感想でも伝えておこう。
そう思った葵が口を開こうとしたが、それよりも先にほむらが意気揚々と彼に話しかけていた。
『ねぇねぇ! マスターの配信はどうだった? 私的にはね、今日のマスターも可愛くてトークが冴えてた! 1時間くらいの配信だったけど同接も悪くなかったし、コメント欄も最後まで良い雰囲気だったから視聴者満足度は高めだと思うの!』
朱里の配信に対する感想を、ほむらが語る。
葵に話しかけていたはずなのに、いつの間にか配信の感想を語り出している。
もしかすると朱里の配信が良かったと、少しでも葵に思って欲しかったのかもしれない。
そんなほむらに葵が苦笑すると、素直な感想を告げていた。
「お前のマスターの配信、面白かったよ。気づいたら普通に見てたし、あっという間に1時間経ってたよ」
『本当? 嘘じゃない?』
「お世辞じゃないって、本当にそう思った」
『わぁ……!』
それが本心だと語る葵に、ほむらが嬉しそうな笑みを浮かべた。
『やった! ママにマスターの配信が面白いって言われた! マスター、ちゃんと聞いてた! ママが褒めてくれたよ!』
「そんなに慌てなくても、ちゃんと聞いてたわよ」
喜んではしゃいでいるほむらに、朱里がわざとらしく肩をすくめる。
しかし直接褒められるのは少しだけ恥ずかしかったのか、葵と目が合うと慌てて彼女が視線を逸らした。
「お世辞でも……私の配信、褒めてくれてありがと」
「マジでお世辞じゃないって。高垣の配信、普通に面白かったぞ」
どうやら社交辞令の言葉だと思われているらしい。
嬉しそうにしながらも、朱里の表情がどこか暗い気がする。
こういう反応の相手には、ちゃんと感想を使えるのが1番だろう。
そう思うと、葵は思った感想を朱里に伝えることにした。
「ほむらも言ってたけど、高垣ってトークめっちゃ上手いんだな。マシュマロ配信ってトークが上手くないと面白くできないのに、見てて本当に飽きなかった。面白かったよ。俺でも可愛いって何度も思ったくらいだし、自信持って良いと思う」
これは絵描きの葵だから思うことだが、この手の活動にはありのままの感想を伝えるのが1番だ。
世辞ではなく、本当にそう思った。その理由をちゃんと伝えることに意味がある。
少しだけ気恥ずかしかったが、葵が素直な感想を伝えた途端、一瞬で朱里の顔が真っ赤になった。
「ちょ、ちょっとやめてよ。そんなに言われたら普通に恥ずかしい」
「別に本当のことだから恥ずかしがらなくても良いだろ。本当に、良い配信だった」
「……本当? 私の配信、面白かった?」
「めっちゃ面白かった」
顔を赤らめながら、不安そうな表情の朱里に葵がそう答えると、彼女の表情が少しずつ緩んでいく。
葵の言葉が嘘ではないと察すると、朱里は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「本当? 嘘じゃない?」
「だから嘘じゃないって」
「じゃあ、もっと褒めてほしいかも。こういうこと直接言われる機会って、今まであんまりなかったから」
遠回しにもっと褒めてと語る彼女に、葵は仕方ないと思いながらも答えることにした。
本当は少しだけ面倒だと思ったが、彼女の顔を見れば、そんな気も失せた。
葵の言葉が本当に嬉しいと、彼女の笑顔が物語っている。
それでは、どこから話すべきだろうか。
そう思いながら、葵は今も喜んでいる彼女に配信の感想を詳しく話すことにした。




