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第18話 本当に、もったいない



 適当に流し見しておけば良いと思っていたが、葵の予想以上に紅月ほむらの配信は面白かった。



『じゃあ次のマシュマロ読んでみようかな〜?』



 週末の昼に行われる彼女の配信は、主にマシュマロを読むことが多いらしい。


 “週末恒例のマシュマロ配信”と書かれた配信タイトルから、この配信が彼女の恒例行事なのだと察せる。


 マシュマロと呼ばれる、匿名でメッセージを送れるwebサービスはVtuberが配信で使うことが多い機能だ。


 単純な質問から始まり、ふざけた内容やネタ枠など送られる内容は様々で、送られたマシュマロを配信者が読んだ反応を視聴者が楽しむ配信を一般的に“マシュマロ配信”と世間では呼ばれている。


 葵も白波フウカの配信で、このマシュマロ配信は何度か見たことがあった。


 提供された色々な話題に、配信者が面白おかしく反応してくれる配信は見ているだけで飽きない。


 有名Vtuberならトーク力も高い。視聴者を飽きさせない白波フウカのマシュマロ配信は、葵も好きな配信の部類に入る。


 これがトーク力のないVtuberなら酷い有様だろう。ある意味では、このマシュマロ配信は配信者としてのトーク力を試される配信なのだが――



『えっと……ほむらちゃんへ、ずっと前から見てて好きになりました。どうか僕の飼ってる愛犬に大好きって言ってください? ちなみに犬種はチワワです?』



 配信画面に表示されたマシュマロを読んだほむらが、キョトンと呆けた表情を見せる。


 そして頭の上にハテナマークが表示されると、彼女は困惑した声を漏らしていた。



『あ、うん……チワワ可愛いよね。大好き。はい、次のマシュマロに進みます』


《辛辣で草》

《マシュマロが意味不明でワロタww》

《雑に受け流してるほむちゃん可愛い》


『犬も好きだけど、猫も好きだよ。ペルシャって品種が好き、もふもふで可愛くない?』


《わかる》

《ペルシャ?》

《あー、あのもっさもさの猫ね》

《あの猫、ペルシャって名前だったの初めて知った》


『私は飼ってないけど、昔から猫の動画見るの好きなんだよね。可愛いから見てるだけで結構覚えちゃった』



 どう見ても悪ふざけとしか思えないマシュマロが来ても、ほむらのトークが止まることはなかった。


 いわゆるクソマロを適当に流したと思えば、そこから話を発展させつつ、適度に視聴者のコメントに反応している。


 明らかに配信慣れしているトーク力だった。



「……高垣、めっちゃ話すの上手いじゃん」



 別に大事な話をしているわけでもないのに、ただ彼女の話を聞いているだけで楽しいと思わせてくる。


 確かに葵の通っている学校でも、朱里の話し上手は評判だった。


 彼女と話題が尽きないから話しているだけで楽しい。そんな話を聞いたことがあるが、ここまでとは思いもしなかった。



「これがあのアカリちゃんって、ホントかよ」



 こうして配信を見ていると、葵から独り言が漏れた。


 昔、仲良くなって疎遠になった“アカリちゃん”と“高垣朱里”が同一人物だとは、やはり思えなくて。


 あの地味で内気だったアカリちゃんが今の姿になるまで、一体どれだけの努力をしたのか。葵には想像することもできない。



「そんなに頑張れた理由が俺の絵、ね」



 今の彼女を作り上げた要因が自分の絵だと、朱里は語っていた。


 葵が自分のために描いてもらったイラストに少しでも近づきたくて、ずっと努力していたと。


 身なりを整えて、内気だった性格も変えて、誰とでも仲良くなれる人当たりの良さを身につけて。彼女は変わろうとした。


 その全てが、たった1枚のイラストがキッカケだったと。


 そんな話を、素直に信じられる人間はいるのだろうか?



「嘘は……ついてなさそうだったし」



 その話を誇らしそうに話していた彼女は、とても嘘を言っているようには見えなかった。


 ならば本当に、自分の描いた絵が彼女を変えるキッカケになったのだろうか?



「別に俺の絵が無くても、アイツは変われたと思うけどな」



 誰に聞かせるわけでもなく、また葵が独り言を呟いてしまう。


 そこまでの力が、自分の絵にあるとは思えない。


 人を魅了させる絵は、本当に見ただけで見惚れてしまう。それをわかっているからこそ、葵は断言できた。


 昔、自分が絵を描こうと志したキッカケの絵は、間違いなく人を惹き寄せる力があった。


 だから自分の絵に、そこまでの力はない。


 それなのに、そんな自分の絵のために朱里はVtuberを始めてしまった。


 葵が描いたイラストを使って、葵の絵をたくさんの人に知ってもらうために。そして彼の絵には、人を惹き寄せる力があると証明するために、彼女はVtuberを続けている。


 紅月ほむらが人気になれば、当然だが彼女のデザインを担当した葵も認められるだろう。


 葵の描いた絵には、人を惹き寄せる力があると。



「……ねぇよ。俺にそんなもん」



 仮にそんな力があったとしたら、自分の絵が蔑まれるわけがない。


 何度も小馬鹿にされて、描いた絵すら破かれたこともあった身としては、そう思うしかない。



「こんなに頑張る必要なんてないだろ」



 2度とイラストを描かないと決めた葵のために、半年で1万人も登録者を増やした朱里の努力は認める。


 しかし、そこまで自分のために頑張ってる人間がいると知っても、葵の心は変わらなかった。



「どうせ伸び悩むだろ。Vtuberなんて」



 その程度のことで、この決意が揺らぐことはない。


 もし、この決意が変わるほどの結果を朱里が作ることができたなら話は変わるかもしれないが……きっとそれは無理な話だろう。


 Vtuberは、世の中に数多く存在している。その中で有名になれるのは、ほんの一握りの人達だけだ。


 その中に入り込める可能性はあるかもしれないが、その確率はとても低い。


 雑談配信しかしない彼女に、有名になる見込みはないと思うのが普通だろう。



『最近、ほむらちゃんを見始めた者です。ほむらちゃんは雑談配信が多いみたいですけど、他のVtuberみたいにゲーム配信とかしないんですか?』



 ほむらがマシュマロを読み進めていくと、やはりと葵は思った。


 葵はゲーム配信には興味はないが、大多数の視聴者はゲーム配信を望む声がある。


 ひとりでも視聴者を獲得するためには、雑談配信以外のこともしなければならないはずだ。



《それな? 雑談配信も全然良いけど、たまにはゲーム配信とかしてほしいかも》

《は? 舐めたこと言ってんじゃねぇぞ?》

《ここにほむちゃんの魅力をわかってない奴がいるなぁ?》

《ただの雑談配信だけで面白くできるほむちゃん、まじ天使》

《ほむちゃんが喋ってる姿見て食う飯が美味いんよ》


『おーい、コメントで喧嘩しなーい。喧嘩ばっかりすると怒るよ?』


《はい》

《ごめんなさい》

《でもほむちゃんがゲームしてるところ見たい》


『ゲーム配信ねぇ……私、そんなにゲームしたことないから見せても楽しくないよ?』


《違うんよ。好きな子がゲームしてるところ見れるだけで、おじさんは幸せよ》

《やめろって、それで雑談配信減ったら俺が泣いちゃう》

《お前の涙なんて知らねぇよ》



 コメント欄を見ているとここの視聴者は本当に彼女のことが好きなんだろう。


 同接も300人を超えていて、コメント欄も途切れないほど賑わっている。


 この様子を見る限り、トークも冴えている彼女ならゲーム配信をしても問題ない気がしてくる。



『うーん。どうしよっかな』


《好きにしたらええんやで》

《ほむちゃんが配信してくれるだけで満足や》


『ちょっと考えてみるね』



 ゲーム配信の話題はそこそこに、ほむらが次のマシュマロに話題を変える。


 本当に、もったいない。


 きっと彼女なら、まだ人気になれる可能性もあると言うのに――



「って……なに考えてるんだか」



 そんなことを思う自分に、思わず笑いが出そうになった。


 別に彼女が人気者になってもならなくても、自分のやることは変わらない。


 これから貰える10万円のために、ほむらの相手をすれば良いだけなのだ。



「それにしても、アイツの声って結構変えられるのな」



 ふと、今更ながらの驚きを葵が感じる。


 言われてみれば当然なのだが、朱里とほむらの声は同じだ。


 配信者が朱里である以上、その配信を学習したほむらも同じ声になるに決まっている。


 今まであまり違和感を感じなかったが、普段と配信で声を出し分けているのだろう。


 どちらも可愛い声で似ていると思うが、まったく同じだとは思えない。


 朱里も、そういう才能はあったらしい。


 別に気にすることでもないが、少し意外だった。


 トークも上手くて、声も可愛いのに。本当に、もったいない。


 楽しそうに配信をしているほむらを眺めながら、葵はしみじみとそう思った。

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