第13話 なでなでなでなでなで
自宅から朱里の家までは、意外と遠くなかった。
急いでいた昨日とは違い、徒歩で15分程度ほど歩けば、すぐ彼女の家に着いた。
昼下がりの11時を過ぎた頃、葵が一軒家のインターホンを押す。
そうすると、ラフな姿の朱里が彼を出迎えた。
「大宮君、今日は来てくれてありがとう……って、なんかめちゃくちゃ疲れた顔してるけど大丈夫?」
玄関から顔を出した朱里が、葵の顔を見るなり怪訝に眉をひそめる。
そんな彼女に、葵は苦笑混じりに答えていた。
「……ただの寝不足だ。気にすんな」
寝不足だが、起きてから時間もかなり経ったおかげか今は眠気もそこまで酷くない。
これも自宅でコーヒーを数杯飲んでいたおかげだろう。カフェインの効果に内心で葵が感謝していると、なぜか朱里が申し訳なさそうな表情を見せていた。
「ごめんね。昨日、私たちのせいで夜更かしさせちゃったから……」
葵が寝不足になった原因が自分たちにあると思い、咄嗟に朱里が謝罪の言葉を口にする。
確かに昨日は帰ったのは23時を過ぎた頃で、彼女がそう思うのも無理はないだろう。
だが彼の寝不足になった原因は、まったく別の物だった。
「高垣が謝ることじゃないから。別にお前の家に行ったから寝不足になったわけじゃないし」
「……そうなの?」
葵の返事にホッと安堵した表情を見せる朱里だったが、それでも彼の寝不足の原因が察せず、つい首を傾げてしまう。
葵は苦笑を漏らすと、わざとらしく彼女に持っていたスマホを見せつけた。
「コイツのせいだよ。寝ようとしても暇だから構えってうるさいのなんのって」
そう言って、葵が昨日の一件を簡単に説明することにした。
眠る必要がないほむらが、暇だから自分に構えとうるさかったこと。
くだらない世間話から始まり、そして深夜までYouTubeを見せられたこと。
そんなことがあり、極めつけに朝の騒動について葵が簡潔に話すと、朱里が引き攣った笑みを浮かべていた。
「なんと言いますか……私のほむらが迷惑かけてごめんなさい」
「だからお前が謝ることじゃないって、悪いのはコイツだし」
コンコンと、葵が指でスマホを軽く叩く。
そんなことをする葵に、朱里は意外そうな表情を見せた。
「意外だね。大宮君がそんなこと言ったら、ほむらが怒っても不思議じゃないのに」
見るからにぞんざいな扱いをされているのにも関わらず、彼のスマホからほむらの声がしない。
あの子供みたいなほむらのことを考えれば、先程までの葵の発言に怒るのも不思議ではない。
それなのに、今も沈黙を貫いているほむらに朱里が驚いていると、心なしか葵が嬉しそうな顔を見せていた。
「流石に外だとコイツも騒がないみたいだな。俺たち以外の人間にバレたらダメだって言われたこと、ちゃんと守ってる」
家の中と違い、外では誰が見ているかわからない。
深夜ならまだしも、昼間の今時間なら余計に誰かに見られてしまう可能性もある。
ほむらの存在がバレてしまうと、彼女は葵と一緒に居られなくなる。
そうなれば、今もほむらが一言も話さないのも当然だった。
「あんまりぞんざいに扱わない方が良いと思うよ? 絶対あとで……」
苦笑を見せる朱里が話してる途中で、ふと彼女のスマホが鳴った。
電話ではなく、なにかの通知音だろう。
とりあえず後で確認しようと朱里が無視するが、その瞬間、彼女のスマホから連続して通知音が鳴り響いた。
「……え、ちょっとなに?」
怒涛の通知音に、恐る恐ると朱里がスマホを確認する。
そして通知の内容を見た瞬間、彼女の頬が引き攣っていた。
「高垣? どうした?」
「大宮君、これ見て」
首を傾げていた葵に、朱里が自身のスマホを見せる。
そして見せられたスマホに表示されている内容に、無意識に葵も頬を引き攣らせた。
《マスター! あとで絶対ママのことを怒るって伝えて!》
《娘の私が入ってるスマホを叩くなんて絶対許さないからね!》
《私が満足するまでずーっと構ってもらうんだから!》
《今更謝っても許さないもん!》
《1万回頭撫でさせるから!》
《なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなで》
最後の一文は、見なかったことにしよう。
むしろ、他に気になることがあった。
「それ、なんで俺のアカウントから送られてるんだよ」
よく見れば、ほむらが送ってるとしか思えないメッセージが、なぜか葵のアカウントから送られていた。
「ほむらならできるよ。だって大宮君のスマホに入れたのも、私のアカウントから大宮君の連絡先を辿ってたくらいだから」
そう言えば、昨日そんな話をしていた気がした。
昨日、突然ほむらが葵のスマホに入り込んだ主な理由は、いくつかあった。
その大きな原因のひとつが、朱里のスマホに葵の連絡先があったことだった。
AIであり、自我を持ったデータであるほむらは、自分の意思で色々なことができる。
インターネットを介して葵のスマホに入り込めたのも、それが理由だ。
自分の産みの親が葵と知り、朱里のスマホに彼の連絡先があれば、その情報を元に彼のスマホを割り出せる。
ある意味では、彼女もウイルスと遜色ないことをしていた。
「コイツ、普通に結構ヤバいことしてね?」
「それはそうかも。まさか私もそんなことするなんて思わなかったし」
「昨日は詳しく聞けなかったけどさ。そもそもなんでコイツ、俺が親だって知ってたの?」
今更ながらの疑問だが、どうしてほむらが葵を自身の産みの親だと知っていたのだろうか?
そう思う葵に、朱里は若干言いよどみながら答えた。
「それはなんと言いますか、ほむらが学習したせいで……」
「学習って?」
「んー、これも説明すると長くなる話だから、とりあえず家に入ってよ。昼配信まで少しだけ時間あるから話せると思う」
「そういうことなら」
とりあえずと、朱里に催促された葵が彼女の家に足を踏み入れる。
あたらめて思う。こんな形で彼女の家に入る日が来るとは思わなかった。
彼女と仲良くする気もなかったのに、これもほむらのせいかもしれない。
スマホの中で沈黙を貫いているほむらに辟易しながら、葵は小さな溜息を漏らしてしまった。




