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第12話 寝かせてくれ



 朱里の家に出向いた翌朝。土曜日で学校もない休日であるはずなのに、スマホから聞こえる騒音に葵は叩き起こされた。



『はぁーい! 朝の7時になりましたぁ! ママ、起きて〜!』


「……うるさ」



 スマホから聞こえてきたほむらの声に、思わず葵が唸り声を漏らしてしまう。


 なぜ休日に早起きなどしなくてはならないのか。


 7時と聞いて葵が二度寝を決め込もうとするが、それをほむらが許すわけもなかった。



『おーい! 朝だぞ〜! 早く起きて私の頭をなでなでしてくれないと拗ねちゃうぞ〜!』



 早く私の相手をしろと、ほむらが催促してくる。


 しかし葵は、そんな彼女を無視して眠ろうとしたのだが――



『むぅ、ママが起きてくれない。それなら音量を最大にして――』


「……それはマジでやめて」



 良からぬことを口走ったほむらに、堪らず葵が待ったと声を掛けていた。


 こんな朝っぱらから爆音でほむらの声を聞かされたら堪ったものではない。



『あっ! やっとママが起きた!』



 彼の声に、ほむらが嬉しそうな反応を見せる。


 しかし喜ぶ彼女と違って、葵の気分は最悪だった。



「頼むから、もう少しだけ寝かせてくれ。今日は学校もないんだから」


『だってママが起きないと退屈なんだもん。ママが寝てる間、ずーっと暇してたんだから』



 どうやらAIのほむらには、人間と違って眠るという行為は必要ないらしい。


 彼女がデータである以上、それも当然と言えば当然なのだが、押し付けられる身にもなってほしい。



「……誰のせいで寝不足になったと思ってるんだよ」



 眠気が抑えきれず、葵が大きな欠伸を漏らしてしまう。


 普段から規則正しい生活をしていた葵なら、本来は7時に起きても問題ない。


 しかし、予定外の夜更かしをしてしまえば寝不足になるのも当然だった。



『……誰のこと?』


「お前だよ、お前。寝ようとしてる俺にYouTube見せてきたのはお前だろうが」



 昨日、朱里の家からほむらを連れて帰ってきた後、葵はすぐに寝ようとしていた。


 朱里の家で色々と話をして、自宅に帰ってこれたのは深夜の23時を過ぎた頃。


 寝る準備をした葵がベットに入ったところで、ほむらがママとお喋りがしたいと言い出したのがキッカケだった。


 自身の生みの親である葵と、たくさん話がしたい。そう懇願する彼女に、葵が嫌だと言っても素直に聞き入れるはずもない。


 もっとママと一緒に居たい。仲良くなりたいと恥ずかしげもなく話す彼女に、自制心などあるはずもなく。


 嫌だと言えば、当然のように癇癪を起こしそうになったところで葵は折れるしかなかった。


 まぁどうせ適当に話したところで飽きるだろう。そう思って渋々付き合うことにしたのだが、その予想は甘かった。


 葵は忘れていた。ほむらがVtuberのアバターであることを。


 Vtuberは、話すことに長けている。だからか話を始めた途端、困ったことに彼女のトークがまったく止まらなかった。


 しかも葵が寝落ちしないように相槌を打たせたり、返事をさせる会話を自然と繰り出してくる。


 そんな会話をしているうちに、ほむらがYouTubeでオススメのVtuberがいると言い出し、彼女に言われるままに動画を見続けて、気づけば寝落ちしてしまった。


 おそらく、深夜の3時くらいまで起きていた気がする。


 そんな時間に寝て7時に起きれば、寝不足になってしまうのも当然だった。



『確かに一緒にYouTube見たけど、でもちゃんとママさっきまで寝てたでしょ?』


「一度でも寝たらオッケーじゃないんだよ。人間は寝る時間が大事なの」


『それならママは大丈夫! だって3時間も寝てたよ?』


「俺を殺す気かよ」



 平然と恐ろしいことを口走ったほむらに、葵は静かに戦慄した。


 きっとほむらには、そのあたりの常識がないのだろう。


 睡眠の重要性は調べればわかるものだと思うが、そもそも調べようという発想すら生まれないのかもしれない。


 葵は頭を抱えると、渋々ながらと口を開いた。



「ほむら、人間って生き物は長時間寝ないと死ぬんだよ。大体6時間くらいは最低でも」



 個人差はあるが、葵の場合は6時間ほど寝れば問題ない。それが半分になっているのだから、今も眠さが抜けない。


 しかし葵が諭しても、ほむらはあっけらかんと答えていた。



『でも私知ってるよ? 世の中には短時間睡眠でも大丈夫なショートスリーパーがいるって』


「それは特別な人間な? それか都市伝説で、俺は違うから。普通の人はたくさん睡眠時間が必要なの。わかったか?』



 偏った彼女の知識を少しでも改善させるべく、葵が正しい知識を教える。


 その思いが通じたのか、彼の話にほむらは少しだけ不満そうな声を漏らしていた。



『それならママはもっと寝ないとダメなの?』


「そういうことだ。あと3時間くらい寝かせてくれたら、いくらでもお前の相手してやるから」



 それだけ寝ることができれば、この睡眠不足も解消されるだろう。


 そう思って、ようやく葵が眠れると安堵した時だった。



『むぅ、今から3時間も待つのは暇だから……あとでマスターに見せようと思ってたママの寝顔の動画でも編集してよ』


「……ちょっと待て? 今なんて言った?」



 ほむらの耳を疑う発言に、葵の眠気が一瞬で吹き飛んだ。


 咄嗟にスマホを手に取ると、その画面には退屈そうな表情のほむらが映っていた。



『え? あとでマスターに見せるママの寝顔動画のこと?』


「そんなのいつ撮ったんだよ!」


『ママがスマホ持ったまま寝落ちしたから、折角だから撮っちゃった。でもあんまり撮れてないんだよね。ママが寝ちゃった後、すぐスマホ落としちゃったから』



 寝落ちした後、スマホが手から落ちることはある。


 その間の寝顔を、彼女に撮られていた。


 それを朱里に見せようとしてる彼女に、葵が良い顔をするはずもなかった。



「ほむら、今すぐ消せ」


『え、なんで?』


「嫌だからに決まってるだろうが、なにが悲しくて同級生の女子に寝顔見せないといけないんだよ」


『でもママの寝顔、可愛いよ?』



 そんな意味不明な理由で、朱里に寝顔を見せようとしている。


 そんなことを許す葵ではなかった。



「良いから消せって!」


『えー! 折角マスターに見せようと思ってたのに!』


「なんでアイツに見せようとしてんだよ!」



 強引にスマホを操作して動画を消そうとする葵だが、ほむらに邪魔されて上手く操作ができない。


 スマホの中にいるほむらが操作しているのか、葵が操作しても違う操作が行われ、思うように動かさなかった。



『だってお昼にマスターと会うでしょ! だから記念にと思って!』


「なんの記念だよ!」



 互いに引く気もなく、葵とほむらが一進一退の攻防を繰り広げる。


 だが、その攻防も一向に決着することはなく、最終的にスマホに動画を残すだけにするという形で、2人は納得することになった。


 そんな攻防のせいで、いつの間にか葵の眠気は吹き飛んでしまい、二度寝もすることは叶わなくなり……


 結局、昼まで仕方なく葵は、ほむらの相手をすることになってしまった。


 昼からは、ほむらを連れて朱里と会う約束をしていた。


 会う場所は、昨日と同じく朱里の家で。


 昼配信をする朱里の手伝いとして、葵が出向くことになっていた。

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