第11話 それ相応の給料
「……アルバイト、ですか?」
「うん。アルバイト、簡単な話だよ。今の状況は君が部外者だから問題になっている。だから手っ取り早く我が社の従業員になってしまえば問題ないと思わないかい?」
呆然と聞き返した葵に、康生が微笑みながら答えた。
康生と朱里の働いている会社で、ほむらの存在は社外秘の情報になっている。それが社外の人間に知られたとなれば、当然だが問題になってしまう。
ならば葵が秘密を守れば良いだけの話なのだが、困ったことにほむらは葵のスマホから出ようとしない。彼のスマホにほむらのデータが入っている以上、今のままではいずれ康生の会社にバレる可能性も十分にあり得る。
下手に隠してバレてしまえば、会社で処罰を受けるだろう。
だからこそ、今の問題を簡単に解決するには、葵自身が康生の働いている会社の一員なることだった。
そうすれば、少なくとも社外秘の情報が漏洩したことにはならない。
「それ、もしかして結構ヤバいことしてません?」
「してるかもね。でも、ほむらの存在が社外の人間に知られたことが会社にバレるよりマシだ。まぁそれも捉え方の問題さ。君が会社の一員になるから、先にほむらのことを知らされた。そう見れば、なにも問題ないだろう?」
かなり強引だと思うが、確かにそれなら問題ではないかもと思ってしまう。
過程は無茶苦茶だが、結果的に葵が会社の人間になるのなら大事にする問題ではないかもしれない。
それも、葵が会社の人間になればの話だが――
「……その話、嫌だって言ったらどうなります?」
「君のスマホにほむらがいることを隠さないといけないね。だけど、いずれ会社にバレてしまう。そうなれば、僕と朱里は処罰を受ける。会社で大事なプロジェクトが社外に漏れたとなると減給程度じゃ済まされない。僕の場合だと少なくとも降格か、下手をすればクビになる可能性もあり得るかな」
葵が断れば、朱里の家族に厄介事が降りかかる。
康生の答えに、葵の表情が嫌そうに歪んだ。
「そんなのあなた達の問題でしょ。俺は巻き込まれただけなのに……」
この問題は、少なくとも葵には関係のない話だ。
康生と朱里が困っても、葵は困ることがない。
どうして彼らのために、自分が協力しなければならないのか。
「ちなみに聞きますけど、ほむらのお世話ってなにするんですか?」
「別に特別なことはお願いしないよ。ただ君のスマホにほむらを入れたままにして、日常生活を過ごしてもらうだけで良い」
どんな仕事かと身構えていれば、思っていたよりも拍子抜けする内容だった。
しかし冷静に考えると、それは葵にとって面倒なことだった。
「日常生活? 普段からほむらの相手をしろと?」
「それだけで良い。ほむらの自我がどんな形で成長するか見たいからね。これも会社の大事な研究データになる。注意点があるとすれば、彼女の存在を誰にもバレないようにすることくらいかな」
仕事としては、簡単な内容だと思える。
だが、それでも康生の告げた注意点が問題だった。
「誰にもバレるなって……そんな無茶苦茶な」
ほむらをスマホに入れたまま、彼女の存在を隠して日常生活を過ごす。
できなくもないと思えるが、ほむらのことを知ってしまえば、それは無茶苦茶な条件だった。
「いやいや、あなたは知らないと思いますけどコイツめっちゃうるさいんですよ⁉︎ こんなのスマホに入れてたら嫌でもバレますって!」
ほむらと出会った時のことを思い出せば、葵がそう思うのも仕方なかった。
喋り出せば止まらなくなり、感情的になれば癇癪を起こす。そんな子供みたいな彼女の存在を隠し続けることなどできるわけがない。
「そこは流石にほむらも弁えてるよ」
驚く葵に康生がそう答えると、おもむろに彼の視線が葵のスマホに向けられた。
「ほむら、君の存在が僕たち以外の人間にバレてしまうと君は大宮君と一緒に居られなくなる。だから君はどうすれば良いかわかるかな?」
『えっと……知らない人がいるところで騒いだりしたらダメってこと?』
「そういうことだ。できないと君は大宮君と一緒に居られない。できるかな?」
『ママと一緒に居れるならする!』
ほむらから元気の良い返事が聞こえると、康生が嬉しそうに微笑んだ。
「ほむらもこう言ってるし、どうかな?」
どうと言われても、やはり葵には頷く理由がなかった。
誰かにバレる心配がないとしても、ほむらの相手をする面倒さは厄介でしかない。
間違いなく、ほむらの存在は自分の日常生活に支障を与える。そう思えば、簡単に頷けるわけもなかった。
そう思う葵が表情を歪めていると、それを察した康生が口を開いた。
「ほむらが君の生活に影響を与えることは十分に理解してるつもりさ。だから、それ相応の給料だって払うつもりだよ」
「……いくらですか?」
「こちらとして出せる金額は10万円だ」
「じゅ……!?」
「君と一緒に居る方がほむらの成長にも繋がる。この額でほむらの世話を請け負ってくれないかな?」
月10万。その金額を聞いた途端、思わず葵の目が大きくなった。
高校2年生の葵にとって、その額はあまりにも高額過ぎた。
それだけの金があれば、欲しいと思っていた物も簡単に買える。
「娘から聞いたけど、ほむらのデザインを描いたのは君らしいじゃないか。これは娘がVtuberを始めた理由にも繋がるけど、君自身が描いた絵がAIになって君のスマホにいるのも悪くないと思うよ」
どうして康生がそのことを知っているのだろうか?
驚いていた葵が呆気に取られていると、康生が話を続けた。
「会社でVtuber事務所を作った時、配信者はオーディションで決めたんだよ。数多くいる応募者の中で、娘の朱里はオーディションに受かった。自分が理想をする姿も明確で、Vtuberをやりたいと思った理由も聞いてるよ」
Vtuberになるために、朱里がオーディションを受けた。そこで葵が絵を描かなくなったから、彼の絵を有名にするためにVtuberをしたいと語ったのだろう。
そんな話をしていたとは思わず、葵が横目で朱里を見ると、彼女が気まずそうに視線を逸らした。
「だから大宮君が絵を描かなくなった理由も大体は知ってるつもりだ。これも君にとって良い機会だと思うよ。この仕事を受ければ、娘のVtuber活動にも関わることも増える。そしてほむらと一緒にいるうちに、君の中にある不安も少しは消えるかもしれない」
それはある意味、葵を更に悩ませる話だった。
ほむらと朱里、彼女達と関わる機会が増えれば、いつか自分の諦めた夢に未練が出てしまうかもしれない。
葵に絵を描いてもらいたいからVtuberを始めた朱里。
そして葵に絵を描いてもらいたいほむら。
彼女達と関われば、嫌でもそう思ってしまうかもしれない。
「娘のVtuber活動を手伝うって、どういうことです?」
「おそらくだけど、ほむらは君のスマホから出ようとしない。だから娘が配信をする時、必然的に君が近くにいないといけない。ほむら、違ったかな?」
『うん。マスターが配信する時は、ママが傍に居ないと私は手伝わないよ』
ほむらが当然と答える。
その返事に、朱里が頭を抱えていた。
「本当に、この子は……!」
『マスターだってその方が良いでしょ? だっていつもマスターってママの――』
「ほむら! だから余計なこと言わないの!」
ほむらがなにか話そうとした瞬間、朱里が声を荒げる。
その声に葵が驚いていると、康生も苦笑を漏らしていた。
「まぁ、そういうことだ。君の仕事は簡単であり、少し大変な部分もあると思うけど給料面は良いはずだ。お互い、良い話だと思うけど……受けてくれるかな?」
そして康生から、再度返事を催促されて葵が困ったと表情を歪めてしまう。
10万円の対価に、ほむらの世話と朱里のVtuber活動の手伝い。
聞く分には、破格の仕事だと思える。
アルバイトをしてない葵にとって、10万円は大金だ。
それに加えて、自分の諦めてしまった夢とも向き変える可能性だってある。
色々と悩む理由は多かったが……それでも、自然と葵の答えは決まっていた。
「……それだけの給料がもらえるなら、やります」
「そう言ってくれて、本当に助かるよ」
絞り出した葵の答えに、康生が嬉しそうに微笑む。
やはり、金には勝てない。
そう思いながら、葵は渋々と頷くしかなかった。




