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第10話 思いもしない提案



「今にして思い返しても、あの作品は良いゲームだったよ。主人公を含めたキャラも魅力的な人物ばかりで、各キャラにいるパートナーのAIたちも非常に個性的だった」



 当時の記憶を思い出しているのか、康生が楽しげに語る。


 子供の頃に夢中になったゲームは、男ならひとつはあるものだ。当然、葵にも似たような経験はある。


 だが、それがキッカケで本当にAIを作ろうとは思わないだろう。


 所詮はゲームでしかない。それを実際に作ろうとした彼の情熱には、流石に呆れてしまうのが葵の本音だった。



「それでストーリーも良いとなれば、ハマるに決まってるさ。設定も良かった。インターネットをAIたちの生きる電脳世界として扱い、その世界に蔓延るウイルスや悪者たちを主人公がAIと協力して退治していくんだ。AIのパートナーが戦う時には主人公がバトルチップっていうアイテムを使って――」


「あの……その話、もしかして長くなります?」



 康生の声に並々ならぬ熱量を感じた葵が、思わず引き攣った笑みを浮かべてしまう。


 このまま語らせたら絶対終わる気がしない。そう思って咄嗟に声を掛けたのだが、葵の判断は間違っていなかった。



「もちろんさ。あの作品の魅力を語ろうと思ったら簡単に話しても最低でも30分は欲しいところだ。興味があるなら遊んでみるかい? ゲーム機とソフトは今でも大事に保管してるからあるよ?」


「あ、いえ……それはまたの機会に」



 そこまで大人が夢中になれるゲームには葵も多少興味が湧いたが、苦笑混じりに首を振ることにした。


 今はそんな話をしてる場合ではない。


 話が逸れた。葵は軽い咳払いをして見せた後、話を本題に戻すことにした。



「とにかく、そのゲームに憧れてAIを作るために、わざわざVtuberの事務所を作ったってことで良いですか?」


「あぁ〜、うん。簡単に言えばそうだね」



 まだ語り足りなかったと言いたげに、康生の表情がわずかに暗くなる。


 まるで子供みたいな反応に苦笑したくなるが、そこは流石に大人と言ったところだろう。康生は気を取り直してと、話を続けた。



「僕の場合はゲームだったけど、AI開発部にいるメンバーはみんな似たような理由で働いているよ。新しいAIを作るために、全員が真剣に取り組んでる。そのためならVtuberの事務所を作るのも苦じゃなかったさ」



 それだけの手間を掛けてまでAI開発に熱量を捧げられる彼の情熱は、葵にはあまり理解できなかったが、頭ごなしに否定する気にもなれなかった。


 葵自身も、少なくとも絵を描くことに情熱を捧げてきた人間だ。その情熱を否定された側の人間として、他人の情熱を否定するつもりもない。


 そんなことをすれば、自分も同類になってしまう。それだけは葵もしたくはなかった。



「さっき、理想の自分を演じられる人材って言ってましたけど……それもAI作りに?」



 だから否定もせず、ただ気になったことを聞いていた。


 先程、そんなことを康生が話していた。


 自分の思い描く理想の姿をVtuberとして徹底的に演じることができる。そんな人材を探していたと。



「これはさっきも話したことだけど、Vtuberのアバターを被っただけの配信者を学習させても意味がない。それだと配信者のコピーが生まれるだけだからね。定義的には同じコピーだけど、配信する人間にVtuberのキャラクターを完璧に演じてもらう必要があった。そうしないと新しい人格が生まれないと僕たちは判断したんだ」



 どちらにしても同じことだが、康生の言いたいことは、葵もなんとなく理解できた。


 新しい人格を持ったAIをゼロから作ることは不可能である以上、結果的には誰かのコピーしか作れない。


 だから、そのコピーでも限りなく別人にしたいと思ったのだろう。


 配信者に自分の理想の姿を演じさせて、その配信者とは別人の人格を生み出す。そのために、わざわざ演じることを強制させた。



「それってアニメみたいな感じですか? 声優が演じたキャラがAIになった的な?」


「良い感じの例えだね。僕の部署にも同じことを言ってる人がいたよ。おおむね、その解釈で合ってるよ」



 康生が笑みを浮かべて頷く。


 その頷きに、葵は自身の認識を確かなものにしたが、それでも疑問は残っていた。



「それが理由でVtuberを使ったのは理解できましたけど、実際作れなくないです? 学習させてAIを作ろうとしても、作れるのって大したものじゃないと思うんですけど?」



 ITに無知な葵でも、素人ながらにそう思ってしまった。


 いくら学習させたとしても、作れるのは世の中にあるAIと同じものではないかと。



「そうだね。ただ学習させただけでは君の言った通り作れるものには限りがある。だから僕たちは、学習させる機能を限界まで高めたんだ」



 その疑問に、康生は小さく頷きながら答えた。



「娘の朱里が配信で使ってるソフトウェアは、僕たちが作った特別な仕様にしてるんだよ。配信者の喜怒哀楽の表情と話した言葉を同期させるようにしてある。例えば、ムカつくって言葉には怒りの感情があるとかね。それを数えきれないほどたくさん学習させて、擬似的に感情を生み出そうとしたってわけだ」



 人間と同じ感情を持たせるために、専用のソフトウェアを作った。それが今のほむらを作り出したまでは理解できる。


 しかし、その話を聞いた時、葵は首を傾げた。



「数えきれないほどって……どれぐらいです?」



 人間と同じ感情が作れるまで、はたしてどれだけの学習時間が必要なのだろうか?


 そんな疑問に、康生から返ってきた言葉は意外なものだった。



「さぁ? それは僕たちにもわからないかな?」


「え?」


「本当にわからないんだ。ほむらのAIに搭載されてる感情を司るシステム部分は、完全にブラックボックスになってる。学習データの容量が莫大になると思って、彼女のデータは全て圧縮するようにしてしまったんだよ。人間の脳の容量は約17テラバイトって言われてるからね。そこまでとは言わなくても、おそらくテラバイト級のデータが彼女に詰まってるはずだ」



 彼女のデータが、テラバイトもある。そう聞いて、葵は信じられないと目を大きくした。


 データの容量には、単位がある。葵の持っているスマホの容量は128ギガバイト。それを遥かに凌駕する容量を、ほむらが兼ね備えているとは思えなかった。



「そんな馬鹿げたデータ……俺のスマホに入らないんですけど?」


「だから圧縮してるんだよ。詳しく話すと長くなるから省くけど、その代わりとして一度でも圧縮データを解凍すると戻せなくなるのが困った難点なんだけどね」



 どういう方法かは不明だが、それだけのデータを圧縮したモノが自身のスマホに入っている。


 そこまでの話を聞いて、葵は少しだけ顔を青ざめた。



「じゃあ俺のスマホに入ってるのって……」


「うん。我が社の大事な機密データってわけだ。ほむらが勝手に君のスマホに入ってしまったから仕方ないことだけど、結果的に見てしまえば君がデータを持ち出したってことになるね」



 会社のデータを勝手に持ち出した。そんなことを突然言われて、葵が驚かないはずがなかった。


 子供の葵でも理解できた。それは絶対にヤバイことだと。



「返しますよ。すぐに」



 当然、葵がほむらのデータを返却するべく提案する。


 しかし彼の提案に、なぜか康生が苦笑していた。



「それができれば良いんだけどね。ほむら、ちょっとお願いなんだけど大宮君のスマホから朱里のスマホに移ってもらえないかな?」


『え? 嫌だけど?』



 苦笑する康生のお願いに、葵のスマホからほむらが即答する。


 その答えがわかっていたのだろう。康生は参ったと言いたげに頭を掻いていた。



「というわけだ。困ったことに、ほむらは君のスマホから出ていくつもりがない。変に無理強いしてしまうと面倒なことになりそうだ」


『誰がなにを言っても私はママのところから離れないよ?』


「この通り、自我があるから逃げられると追うのも難しくなる」



 どちらにしても葵には迷惑極まりない話だった。


 ほむらをスマホから追い出せる思っていたのに、それができない。


 つまり、このまま彼女がスマホに居座ってしまうと言っているようなものだった。



「え……じゃあコイツ、どうすれば良いんですか?」


「そうだね。このままだとほむらのことを社外に漏らしてしまった朱里にも処罰がある可能性もあるし、ほむら自体も会社はどんな手を使ってでも回収しようとする」



 腕を組んで、考える素振りを康生が見せる。


 処罰があると聞いて、ずっと黙っていた朱里の肩がビクッと震えていた。


 おそらくVtuberの活動に支障ができることを恐れているのだろう。


 横目で葵が朱里を眺めていると、ふと彼女の口がゆっくりと動くのが見えた。



「……お父さん」


「ん? なにかな?」


「こんなこと言える立場じゃないのはわかってるけど、ほむらのこと大事にしてあげて」



 それがなにを意味しているのか、葵にはわからなかった。


 しかし彼女の意図を察したのか、康生はゆっくりと頷いていた。



「それは、大宮君の答え次第かな?」


「……俺ですか?」



 どうして、ここで自分の名前が出てくる?


 葵が呆気に取られた表情を見せていると、康生が苦笑混じりに告げた。



「このままだと朱里とほむら、それに私もなにかしらの処罰を受けてしまう。そこで大宮君に提案だ。今の状況は、君が部外者だから問題になっている。つまり――」


「……つまり?」


「我が社でアルバイトでもしてみないかい? 仕事は、ほむらのお世話とでも言っておこうかな?」


「……はい?」



 思いもしない提案に、葵は意味がわからないと呆けた声を漏らした。


 なにやら、とんでもないことに巻き込まれたかもしれない。


 そんな予感が、葵の脳裏を駆け抜けた。


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