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神のお宿の仲居さん〜私は転生せずに仲居として生きていきたいっ!〜

作者: 尾松成也

初めまして、尾松と申します!

初めての和風ファンタジーです(^^)!

良かったら、ブクマ&評価お願いします!

 ここは現世と常世の狭間に位置する神のお宿『あまてらす』です。とある国の最高神の名前を借りた、現世に降りる神様や常世に戻る神様を癒す為の格式高いお宿になります。


 建物は豪奢な日本家屋です。中庭には大きな蓮が浮かんだ池に朱色の橋がかかり、季節によって風景がガラッと変わる自慢の庭なのですよ。

 

 あっ……すみません、長々と喋りすぎちゃいましたね。私は神のお宿『あまてらす』で働く仲居の絹子と申します。見た目は十代後半に見えますが、こう見えて大正、昭和、平成の世を見送ってきたベテランの仲居なのですよ? 分からないことがあれば、なんでも聞いてくださいね。

 

 生前、私は日本で生まれ育った女学生でした。車に撥ねられそうになった子供を助けて死んでしまいましたが、神様方に道を外れる事なく真っ直ぐに生きてきた事が評価され、次の転生までこちらで働かせていただく事になりました。


 なんでも次の人生を豊かにする為に神様に奉仕をし、徳を積む準備期間なんだとか……。転生自体の仕組みはあまりよく分かっておりません。けど、ここで働く仲間達は皆、次の転生を目指して魂磨きをしているようです。


 ですが、私は魂磨きとやらに興味はありません。ここでの暮らしが気に入っているから、支配人に頼み込んで働かせていただいているだけなのです。

ですから、百年以上も働いてるだなんて可哀想だなんて思わないで下さいね。ちゃんと休日もありますし、ご飯がとっても美味しいですし。申請すれば、現世や常世で過ごす家族の元へ帰れますから、寂しくなんてないですよ。


 さてと、神のお宿『あまてらす』の成り立ちと私の自己紹介は以上とさせていただきます。今日は特別なお客様がお見えになりますから、主である稲荷神様の為に丁寧に仕事をしてくださいね。


「「はぁーいっ!!」」


 元気に返事をしてくれたのは、幼稚園児くらいの子供達。皆、人の姿をしているが紅白の装束を着込み、大きな狐の耳と尻尾が生えている。


 この子達――否。この小さな稲荷神達は『あまてらす』でお見合いなさる稲荷神様に仕える予定の新米のお稲荷さん達で、一足早くこの宿に辿り着いたのだ。


「じゃあ、皆さんにはお祝いの席でお出しする稲荷寿司を作ってもらいましょうか」


 私が厨房にいる者達に目配せをした後、机の上には枝豆が入った酢飯と出汁が染み込んだお揚げが用意された。それを見た小さな稲荷神達の目がキラキラと輝きだす。


 ここにいる稲荷神の中でも一番霊格が高い珠々(じゅじゅ)に「おあげに詰め詰めする!?」と聞かれて、「はい。おあげに詰め詰めしていただけると嬉しいです」と答えると、「私もご主人様の為にやる!」と珠々に続いて小さな稲荷神達は次々に挙手し始めた。


「では、皆さん。主人の幸せを願って丁寧に握ってくださいね。私はお客様のお迎えに行って参ります」

「「いってらっしゃーい!!」」


 そう言い残し、厨房を出た私は和傘を差して急いでお客様を迎える門へと急ぐ。急に空が曇ってきた。どうやら、今回のお客様はかなりご機嫌斜めらしい。


「あぁ、どうにかしてこのお見合いを成功させなければ。支配人が用事で出ている間、『あまてらす』の切り盛りは私の采配にかかっているというのに……」


 百年ぶりに私はプレッシャーを感じていた。神のお宿『あまてらす』はお客様――つまり、神様方の御礼品によって運営が成り立っている。


 現世であれば、御伽話に出てくる〝火鼠の羽衣〟や〝小判が出る小槌〟のような伝説級の代物を御礼品として賜るのだが、支配人曰く、稲荷神から授かる品々は素晴らしい物ばかりらしい。


 特に今回は長年対立してきた東の首領の御息女と御子息のお見合いだ。中立の立場を保ちつつ、和やかに過ごしていただけるように気を配らねば――。


 私は長く息を吐き、トントンと胸を軽く叩いて先を急ぐ。すると、私と同じ傘を差して右往左往していた玉乃という名前の仲居の姿が見えてきた。


「絹子さぁ〜〜んっ! わ、私っ! 神様を相手に接客するのは初めてで! 万が一、粗相があったらと思うと不安で仕方がないですっ!」


 玉乃は『あまてらす』では何年かぶりに入った新米の仲居だ。支配人の話によると死因は私とよく似ているらしい。まだ入って日が浅いので詳しくは聞けないでいるが、そういう事は本人が話そうと決めた時に聞こうと思っている。


 玉乃は不安に思っている事を口にし始めた。


「どうしましょう!? 神様同士のお見合いなんで何百年に一回あるかないかなんですよね!? そんな晴れの日に粗相なんてしちゃったら……!!」

「玉乃ちゃん。そんなに心配しなくても大丈夫だから、一回落ち着きましょうか」


 敢えて落ち着いた口調で話しかけると、玉乃はキュッ……と唇を結んだ。けれど、緊張はまだ解れていないらしく、表情は強張ったままである。


「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私が側にいるんだもの。大船に乗ったつもりで仕事しなさいな」

「うぅ……、絹子さぁん……」


 玉乃は安心したのか目尻に涙が浮かんでいた。

私は緊張を解す為に「手のひらに人の字を三回書いて飲み込むと緊張しなくなるらしいわよ」と教えると、玉乃は「成程!」と返事して素直に実行した――が、暫しの無言。その後すぐに「全く緊張が解けないです……」と肩を落としていた。


「あら、おかしいわね。私が生きている時に聞いた御呪いなのだけれど」

「そうなんですか? 私が生きていた頃は聞いた事がないのですが……」

「日本に古くから伝わっていた御呪いよ。令和の世ではもう聞かないのね。えーっと、こういうのってアレでしょ? 〝じぇねれーしょんぎゃっぷ〟っていうのよね?」


 軽く首を傾げながら言うと、「絹子さんがカタカナを使ってるの初めて聞きました……」と玉乃は率直な感想を口にした。


 少し馬鹿にされた気がした私はムッとして、玉乃の頬を軽く摘む。「い、いひゃいです!」と痛がったところで、「いいですか、玉乃ちゃん?」とお説教を始めたのだった。


「貴方の素直さは長所だと思ってます。ですが、お客様は癒しを求めに『あまてらす』をご利用なさるのです。思ったことをなんでも口にするのは控えるようにした方がいいですよ。でも……私は貴方の素直な所が大好きですし、普段から少しだけ意識されるといいです」


 私が優しく指摘すると、「すみませんでした!」と玉乃は勢いよく頭を下げて謝ってきた。


「私、絹子さんみたいに立派な仲居になって、早く転生できるように頑張ります!」

「その調子よ。目標があれば自然とやる気が出てくるもの。私は玉乃ちゃんの事を応援してるわ」


 玉乃は自分の目標を再確認したおかげで緊張がなくなったようだった。


「……あら? 随分と雨が強くなってきたわね」

「本当ですね。それにあれは雷雲でしょうか――わっ!?」


 灰色の空が一瞬で黒雲に覆われ、ピカッ! と稲光が走った。その直後、本格的に大粒の雨が降り始め、視界が真っ白になる。


「も……もしかして、今日お越しになられる神様が怒っていらっしゃるんでしょうか?」

「そんなまさか。今日のお客様は初めて『あまてらす』をご利用される方だもの。お怒りになる理由が見当たらないわ」

「そ、そうですよね! お怒りになる理由が見当たりませんもんね!」


 そうは言ったものの、私は恐怖で傘を持つ手が微かに震えていた。理由は分からない。だが、これからお見えになるお客様はかなりご立腹でいらっしゃるようだ。


 私は泣きたくなった。正直に言えば、今すぐにでも天岩戸に逃げ込みたくなる程の恐怖に駆られている。けれど、玉乃のいる手前、不安を煽るわけにもいかず、常世と『あまてらす』を繋ぐ巨大な太鼓橋の先をジッと見つめ、お客様の到着を待った。


 暫くすると、激しい豪雨の中、灯篭の灯りがぼんやりと光って見えた。狐の面をつけた黒装束を着た従者達がゆっくりと『あまてらす』に向けて歩を進めている。その後ろには豪奢な牛車があった。前簾の奥に薄らと人影が見える。体格的に男性には見えなかった。


「牛車に乗っているのは、菊姫様でしょうか……」


 玉乃が神の名を口にした直後、雷がピシャーーンッ!! と大きな音を立てて落ちた。予想外の出来事に私も思わず、肩が上下する。


 程なくして宿の敷地内からいろんな人が騒いでいる声が聞こえてきた。どうやら、雷が木に落ちて倒木し、火災が発生したらしい。


「も……申し訳ございません……」


 玉乃はブルブルと震えながら、何度も謝罪の言葉を口にし続けていた。私も一瞬のことで驚いてしまったが、すぐに玉乃を励まし始める。


「大丈夫。今のはたまたま雷が落ちただけよ」

「で、でも……。私が尊き方の名前を呼んでしまったから、お怒りになったのでは……」

「そんな事ないわ。私も初めてお迎えするお客様だもの。きっと、お見合いが上手くいくか不安なだけだと思うわ」


 玉乃は何も言わなかったが、今にも泣き出しそうだった。


 この時、私の胸の内には二つの感情が芽生えていた。

一つ目はお客様とはいえ、いくらなんでもやりすぎだと憤る気持ち。二つ目は私がしっかりせねばなるまいという毅然とした気持ちだった。


 暫くして牛車が門の前に停まり、従者達が大きな和傘を広げて牛車から菊姫様が降りてくるのを待っていた。しかし、一向に降りてくる気配がない。


 私は近くにいた従者に「いかがされましたか?」と声をかけてみる。すると、従者は困り果てた様子で私に耳打ちをしてきたのだった。


「非常に申し上げにくいのですが、今日の姫様はご機嫌がかなり悪いのです。長年、派閥争いで対立してきた東の御山の稲荷との見合いですから、緊張されておられるのかもしれません」

「あぁ、それでこのような天気なのですね……」


 だとしても、私は陰ながら支える事しかできない――。そう思ったのだが、牛車の中から「緊張なぞしておらん」と甲高い声が聞こえてきた。


 その瞬間、従者達は地面がびしょ濡れでも構わず片膝を着いた。空気が冷気で包まれて吐く息が白くなっていく。隣にいた玉乃は更に震え上がり、私も微かに奥歯が震えた。


「左近よ。お主とは長い付き合いじゃが、妾の陰口を叩けるようになっていたとはの。まさかとは思うが、お主……。父上の席を狙っているんじゃないかえ?」


 左近と呼ばれた従者が、やれやれ……と言わんばかりに小さく溜息を吐いた。


「そんな愚かな事を考えたことは一切ございませぬ。姫様、いつまでも臍を曲げずに牛車から降りてきて下さい。姫様は西の御山を統治する稲荷大明神の愛娘なのですぞ。家臣を困らせるような事をして、お父上の威厳が損なわれるような事になれば、それこそどうなるか――」

「ええい、わかったわかった! お主は本当に昔から小言の多い奴じゃ! そんなに急かさずともすぐに降りてやるわ!」


 白くて細い腕が牛車の中から伸びてきた。側にいた従者達が慌てて御簾を上げると菊姫の美しい容姿が露わになった。


 銀色の長い髪に陶器のような白い肌。大きな金色の目は満月を両の目に嵌め込んだかのようで、先程まで怯えていた玉乃も恐怖を忘れてうっとりと見惚れてしまう程だった。


 菊姫は花車の着物を着用していたが、着物に疎い者でも一目で高価である事は間違いない。なのにも関わらず、菊姫は着物が濡れる事を気にせず牛車から降りようとしていた。


 近くにいた従者数名が慌てて着物が地面に着かないように配慮をする。内心、見ているこちらがハラハラしてしまったが、私は自分に与えられた役割を思い出し、背筋を伸ばす。


「ようこそお越しいただきました。神のお宿『あまてらす』で仲居を務めさせていただいている絹子と申します。長旅でお疲れでしょう。今日は当店自慢の温泉に浸かって、旅の疲れを癒して下さいね」


 私は深々と菊姫に向かって頭を下げる。すると、菊姫は袖から出した扇子の先で私の顎を無理やり上げさせたのだった。


「……お主、名を絹子と言ったか?」


 金色の丸くて大きな目で見据えられる。この時、私は心臓を鷲掴みにされたかのような、今まで感じた事のない感覚に陥っていた。


 息をするのもやっとだったが、「さ、左様でございます」と辛うじて返事をする。菊姫が綺麗な笑みを浮かべた瞬間、恋に落ちたかのように心臓が高鳴りだした。


「ホホホ、これは吉兆じゃな。まさか、お主がこの宿で働いておるとはのぅ……」


 菊姫が発した言葉の意味が分からず、私と玉乃はポカンとした様子で黙り込んでいた。


「さて、東の御山の狐達が来るまでの間、宿でゆっくりさせてもらうとしようかの。楽しませてもらうぞ、絹子」

「は、はい。ご案内いたします」


 お客様を案内する為に先頭に立ち、お部屋に案内するまでの間、品物を見定めるかのような菊姫の視線を私は常に感じていたのだった。


◇◇◇


 菊姫様御一行が『あまてらす』へお越しになってから数刻後、東の御山の稲荷大明神のご子息が到着されるという情報を聞きつけ、私は急いで菊姫様の部屋を訪れた。


 窓から見える外の天気は回復傾向にあるが、じっとりと湿った空気が廊下にまで漂っている。しかし、先程までの天候とは裏腹に「入れ」と菊姫から快い返事があった。


「失礼いたします」


 私は余計な物音を立てないように部屋の中へ入ると、天狐様をお迎えするにあたって、お付きの者達と一緒に着替えをされている最中だった。


「申し訳ございません。もうご存知でいらしたのですね」

「派閥は違えど我らの発する気は似ておるからな。絹子、手は空いておるか?」

「はい、空いております」

「そうか。では、これから妾と一緒に天狐を迎えに行ってくれまいか?」

「は――」


 突然の申し出に私は黙り込んでしまった。それは仲居としての務めを超えた願いだと感じたからだ。しかも菊姫様と私は初対面。肯定も否定もできず、黙り込んでしまう。


 お付きの者達も私と考えは同じだったようで、「ひ、姫様!」と慌てた様子で諌め始めた。


「人間の小娘が我々に付き添うなど前代未聞です!」

「たかが人間の小娘一人連れ添ったところで何も問題はないはずじゃが?」

「姫様は西側の姫君なのですよ!? 万が一、東の狐達が良からぬ噂を吹聴でもしたらどうするのですか!?」


 従者の姿が人間寄りの容姿から獣の姿へと変化していく。柄にもなく焦ってしまった私はどうする事もできずに正座をしたまま固まっていると、「問題ないと言っておろうが」と菊姫がキッパリとした口調で律した。


「これは妾の頼みではなく、向こうからの頼みでもあるのじゃ」

「ひ、東の御山からですか?」

「そうじゃ。妾は長きに渡って天狐の願いを叶えるべく動いておった。じゃが、まさか見合いの場におるとは思わなんだがな」


 菊姫は鏡台の上に置いていた扇子を広げ、不機嫌そうにパタパタと仰ぎ始めた。


「東西をまとめ上げ、日本におる稲荷神達を導いていかねばならん大事な時だというのに。どうやら、お前達は政治というものを分かっておらんようじゃな」


 菊姫が長い溜息を吐くと、部屋の温度が急激に下がっていった。部屋に置いてあった家具が凍りついた瞬間、焦った従者達は「し、失礼いたしました」と口にして額を畳に付けてひれ伏す。

 

 私はというと、指先の感覚が分からなくなってきた。体を震わせながら、思い切って視線を上げてみる。三面鏡に映った菊姫の表情はなんだか思い詰めた様子だったが、私と鏡越しに視線が合った途端、にっこりと微笑まれてしまった。


「絹子、妾と共に来てくれるな? 今回の見合いを成功させるには、お主の力が必要なのじゃ」


 ここまで言われてしまっては協力する他ない。「私で力になれるなら、なんなりとお申し付け下さい」と平伏す事しかできなかった。


「よし。であれば、さっさと支度を済ませるぞ。お前達、アレを持ってくるのじゃ」


 アレとは一体、なんだろう? そんな事を考えていると、菊姫の従者達が私を囲んだ。「えっ?」と驚く中、アレを目の前に出される。


「こ、これは……女学生時代の制服?」


 臙脂色の袴に矢羽模様の着物にブーツ、大きな赤いリボンが畳の上に広げられていた。よく観察してみると、これらの着物は私が生前に着ていた物に限りなく近いデザインの物だという事に気付く。


「今の格好よりも、そっちの方が似合うと思うのでな。さ、お前達。絹子を妾の次に美しく仕立て上げるのじゃ」

「き、菊姫様――きゃあっ!?」


 菊姫の従者達に制服を脱がされた後、あっという間に着替えさせられた。化粧っ気のない顔に白粉を塗られ、唇には紅を引き、目元や眉にも手を入れられる。


 全ての工程が終わった後、三面鏡に映る自分を見て思わず、「これが、私……?」と目を丸くしてしまった。自分の顔が見慣れず、いろんな角度から見ていると、「随分と華やかになったのぉ」と菊姫が背後から覗き込んできた。


「やはり、女子に生まれたからには美しくあらねばな」

「は、はい。ありがとう存じます、菊姫様」

「うむ。では、絹子。共に天狐を迎えに参ろうぞ」


 菊姫は金色の襖を豪快に開くと、従者が慌てて「姫様、お淑やかに振る舞ってくださいませ!」と諌めてくる。菊姫はそんな小言は受け付けないと言わんばかりに持っていた扇子を勢いよく閉じていた。


 部屋を出た後の菊姫の振る舞いは見事なものであった。いつの間にか部屋の前で待機してた子稲荷達も艶やかな着物に身を包み、現世で行われていた花魁道中が大規模で行われた。


 特に子稲荷達の中でも霊格の高かった珠々が菊姫の隣に付き添い、私と目が合うと『お姉ちゃん、すっごく綺麗だね!』と念話で話しかけてきたので、顔から火が出たかのような熱さを感じて黙り込んでしまった。


「……おや、あれは西の御山の姫君ではないか? 菊柄振袖が似合っておるのぅ」

「東のご子息とお見合いを『あまてらす』でするという噂は本当だったようじゃな。側におるハイカラな着物を着た女子はもしや、仲居の絹子ではないか?」

「おぉ、本当じゃ! 化粧をしているからか、ワシとした事が気づかなんだ!」


 たまたま泊まりに来ていた神々が、私を見て次々に感想を口にしている。しかも今日に限って、泊まりに来ているお客様は常連の方ばかりで、仲居の格好をしている時以外の私を見るのは初めてだったからか、菊姫様よりも視線を独占しまいがちになっていた。


 あぁ、今すぐここから逃げ出してしまいたい――。


 本当なら菊姫様が視線を独占していたはずなのに! と言わんばかりに従者達の視線がチクチクと痛む。

すみません、すみません……と申し訳ない気持ちでいっぱいの私の思いをよそに、菊姫は終始ご機嫌な様子であった。

 

「ホホホ! 妾よりも視線を独占するとは、なんとも罪深い女子じゃな! しかし、流石は西の狐が総力を上げて開発した化粧道具! 紅を引くだけでも効果を発揮するとは驚きじゃな!」

「あ……ありがとう、存じます……」


 感謝するべきなのか分からず言葉が詰まってしまったが、菊姫がご機嫌になっていくにつれ、分厚い雲の切れ間から太陽の光が差し込んできた。


 門の前には既に大きな漆黒の牛車が停まっており、新米の玉乃が緊張の面持ちでテキパキと対応している姿が目に入った。


「玉乃ちゃ――」


 私も急いで加わろうとしたが、菊姫に「待て」と制された。菊姫が指をさした方を見てみると、玉乃はしっかりと仲居として働いてくれていた。どうやら、今のところ私の手助けは必要ないようである。


「これも良い経験じゃ。たまにはそっと見守ってやるのも先輩としての務めじゃぞ。さぁ、共に行くぞ」

「は、はい……!」


 私は力強く頷き、菊姫様と共に牛車へと向かう。途中で玉乃が私の存在に気付いたようだが、周りの空気を察してか、一歩引いて頭を深々と下げていたのだった。


「この気……。菊姫と誰のものだ?」


 牛車の中から男性の声が聞こえた瞬間、私と菊姫以外の狐達がその場にひれ伏した。


 その場に立ち尽くしているのは私と菊姫の二人きり。そんな話は聞いていない!! と平静を装いつつ、心の中で慌てふためいてしまったが、そんな私の心情を察したのか、菊姫に肩を回されて抱き寄せられる。


「ホホホ。お主の長年の望み、叶えにきてやったぞ」

「ま、まさか……。それは真か、菊姫っ!?」


 ガタガタと牛車が揺れて前簾が激しく波打った後、黒髪の艶やかな男性――天狐の姿が顕になった。菊姫とは対照的に耳と尾は黒。太陽の陽に照らされて艶やかに輝いているのが印象的な稲荷神だった。


「その娘がそうなのか!?」

「あぁ、そうとも。この娘がお主の恩人である絹子じゃ。どうやら、お(かみ)の指示で、ずっとここで働いておったらしい。お主が現世や常世で血眼になって探しても見つからぬはずじゃな」


 菊姫にいきなり背中を押され一歩前へ出ると、天狐も牛車から降りてきた。どうすれば良いのか分からず、銀色のお月様をはめ込んだような目をまっすぐに見つめていると、なんと天狐はその場で膝を着き、私の手を握りながらボロボロと涙を溢し始めた。


「あぁ、なんという幸運な日なのだ! ずっと其方に会いたかった!」

「も、申し訳ございません。私は貴方様のような高貴なお方に頭を下げられるような事をした覚えがないのですが……」


 私は珍しく狼狽えてしまった。助けを求めるかこように視界をぐるりと見渡すと、いつの間にか天狐に連れ添ってきた従者達も、私に向かってひれ伏している。門の近くにいた玉乃に至っては、私の気持ちを代弁するかのように一人でパニックに陥っていた。


「いいや、絹子。今の私があるのは其方のお陰なのだ」

「と、仰いますと……?」

「昔、其方が車に轢かれかけた子供を助けただろう? あれは幼き頃の私なのだ」


 私はハッと息を呑んだ。何百年も前に助けた子供の姿が鮮明に思い浮かぶ。時代は大正。海外文化が日本で流行している最中、その子供は珍しく一昔に流行った柄の着物を着ていた。


 黒い狐のお面を付けていた事も、角帯には風車が挿されていた事も思い出し、だんだん男の子の容姿が鮮明になっていく。私が死ぬ前日に親とはぐれて泣いていた男の子と近所で開かれていた小さなお祭りに出掛け、打ち上げ花火を見ながら一緒に林檎飴を食べた事も全て思い出したのだった。


「貴方、あの時の男の子なの……?」


 そう問いかけると、天狐は大きく頷いた。


 私に子供はいない。だが、あの時助けた幼い子供がこんなに立派になった姿を見るだけで胸が熱くなってきた。


「あぁ、こんな立派な姿になって……。長い間、この宿で働いてきたけどこんなに嬉しいことはないわねぇ……」


 私は声を震わせながら、暫く天狐の胸の中で泣いてしまった。その間、菊姫は晴れやかな笑顔で私達を見守り、玉乃に至っては大号泣しながら持っていたハンカチで涙を拭い続けていた。


◇◇◇


 その後、行われた見合いは無事成立。

天狐と菊姫は互いの家族に報告をしに現世へ降りる予定のようだった。


 私は二人の仲睦まじい様子が嬉しくて、ハンカチで目元を当てていたが、「そろそろ泣きやめ!」と菊姫から笑いながら鼻を摘まれてしまったのだった。


 そして、今――。

なんと、私は宴の席で菊姫に膝枕をしてもらっていた。


「今夜は無礼講じゃと酒を飲ませたはいいが、お主がこれほど酒が弱いとはのぅ」

「だってぇ〜、本当に嬉しいんですもん〜」


 側にいた子稲荷達に笑われながら、パタパタと団扇で扇いで貰う。菊姫の従者に至っては、「無礼な……!」という怒りの声が聞こえていたが、でろんでろんに酔っていて動けなかった。


 何故、仲居である私がこんな状態になっているのか説明させていただこう。天狐が率いる東の御山では日本酒作りが盛んらしく、祝い事がある時は神も人間も関係なく飲めや歌えやが当たり前のようだった。


 それに倣ってお宿で働く仲居や料理人、たまたま泊まりに来ていた他の神々も宴に参加したまでは良かった。生まれて初めて飲んだ日本酒があまりに美味しすぎて、酔い潰れてしまったというわけである。


「我らの作る酒は日本一の美酒だからな。それを美味いと気に入ってもらえるのは本当に喜ばしいことだ」

「他の神々も気に入っているようで何よりじゃ。それよりも天狐や。この娘に送る御礼品は考えたのかえ?」


 菊姫の問いかけに天狐は「実は……」と困ったように眉尻を少し下げた。


「何も望んでいないと言われてしまってな。私が立派に成長してくれた姿を見られただけで嬉しいのだと……」

「人間にしては珍しいの。全く、西の御山に参拝しにくる人間達に絹子の爪を煎じて飲ませたいくらいじゃ。妾の山に登ってくる人間は欲深いぞ? 祈る内容は金の事ばかりで飽き飽きしておるわ」


 菊姫があからさまにゲンナリとする様子を見て、天狐はハハハッ! と豪快に笑う。


「それはこちらも同じだな。なぁ、菊姫よ。一つ相談があるのだが」

「なんじゃ?」

「現世に降りた後、我々が納める土地は縁結びに強いご利益がある山にしようと思うんだ」

「縁結び? それはまた珍しい発想をしたものじゃの」


 目を丸くする菊姫を見て、天狐はにっこりと笑う。


「我ら稲荷神は商売繁盛や金運のイメージが強いだろう。だが、我々はこの絹子がいたからこそ結ばれた縁だ。これを生かさないわけにはいかない」

「それはそうじゃな。絹子がいなかったら、お主との見合いは上手くいかなかったじゃろうし。東と西が盃を交わす光景は見れなんだろうな」


 菊姫達が酔い潰れた私を優しい眼差しで見つめる。その視線に気づいた私は、へらへらとした薄ら笑いを浮かべ、「何を話してるんですかぁ〜?」と問いかけていた。


「未来の事を話しておったのじゃ」

「未来ですかぁ〜?」

「そうじゃ。縁結びに強いご利益のある神として、仕事を全うしようかと思うておるのじゃ」

「縁結びですかぁ〜。いいですねぇ、それじゃあ私もご利益にあやかりましょうかねぇ〜」


 下品な顔で笑う私を見て、「おや、絹子は夫が欲しいのか?」と天狐は食いつきがちに聞いてきた。


「いいえ〜、私は一生ここで働きたいんですぅ〜。ここでいろんな神様とお話したりするのが好きなんですぅ〜」

「そうなのか? 人間は働きたくないと考える者が圧倒的に多いが、絹子は違うのか?」

「私は神のお宿『あまてらす』の仲居として働き続けるのが幸せなのです……。私の天職、なのれ……ふ……」


 私は天狐との話の途中で眠りこけてしまった。その様子を見た菊姫と天狐は顔を見合わせ、声を押し殺してクスクスと笑い始める。


「ククク、天狐よ。我々との会話の途中で眠りに落ちてしまう人間は絹子が初めてじゃな」

「そうだな。でも、絹子の願いを聞けて本当に良かったと思うよ。さぁ、絹子。お前には稲穂の種を授けてやろう。蒔いた種はいつしか芽を出して成長し、其方に様々な出会いをもたらしてくれるだろう。縁結びの神としての初仕事が其方で光栄だ」


 その時、別の場所で宴を楽しんでいた玉乃の話によると、二人は私に向かって黄金の種を飛ばしていたようです。


 その種が今後どのように成長していくのか分かりませんが、きっと良いご縁を授けてくれるに違いありません。何故なら、お二人は現世で一番ご利益のある縁結びの神様としてご活躍なさる夫婦の神様なのですから――。


◇◇◇


 天狐と菊姫が出立される日の早朝、私は激しい後悔に見舞われていた。


「あぁ、どうしましょう。神のお宿『あまてらす』の仲居として恥ずべき行為だわ……」


 もう最悪だった。私は天狐と菊姫に勧められるがまま日本酒を飲み、菊姫と天狐と会話したところまでは微かに覚えている。


 だが、その後の記憶は綺麗サッパリ抜け落ちていたのだ。玉乃に聞いた話によれば、酔い潰れて菊姫様に膝枕をしてもらっていたり、子稲荷達に介抱してもらっていたりと耳を覆いたくなるくらいの振る舞いをしてしまったらしい。


 どんよりと負のオーラを纏った私の気持ちはそっちのけで、隣で並んで立っていた玉乃が「大丈夫ですって!」と励ましてきた。


「お見合いは大成功に終わりましたし、一番喜んでおられたのは菊姫様と天狐様でしたよ! 絹子さんのお陰で我らが現世で成すべき方向性が決まったって仰ってました!」

「そうなのかもしれないけど、私の行動は仲居として恥ずべき行為だったのよ? 私の行動が問題で『あまてらす』の評判に傷がついちゃったらどうしよう……。私、ここで働けなくなっちゃうかも知れない……」


 今にも泣き出しそうになっている私を見て、「わ〜っ、絹子さん! 泣かないでください!」と慌てて空へ指をさす。


「ほら、顔を上げてください! お二人が乗る特別な牛車が空を走っていきますよ!」


 私はしょんぼりとしながら顔を上げた直後、太陽が出ているのにパラパラと小雨が降ってきた。


 狐の嫁入りだった。牛車の物見から菊姫がクスクスと笑っているのが見える。隣にいる天狐と『あの小娘、また泣いておるわ』と笑い合っているのが、こちらにまで聞こえてくるようだった。


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