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第9話「願いの終わり」

スイムトラベラー

第9話「願いの終わり」

竜宮城の儀式の間は、静寂に包まれていた。

貝殻の柱が並ぶ広大なホールに、東浦、石浜、亀崎、そして新乙姫・緒川が立っている。中央には古びた祭壇があり、そこに輝く水晶の珠が置かれていた。世界を変える力を持つ「潮の珠」――先代乙姫が願いを叶えた時と同じものだ。緒川は深く息を吸い、珠に手を伸ばした。「本当に……これでいいんですね?」東浦は頷いた。「はい。お願いします。元の世界に、戻してください」緒川の指が珠に触れる直前、突然、ホールの扉が激しく開かれた。「待て!」現れたのは、鱙に覆われた強硬派の残党たちだった。十数名。槍を構え、目は血走っている。先代の玉手箱で記憶を失ったはずの者たちの中に、一部が影響を受けていなかった者たちがいたのだ。「緒川様を騙すな! 地上の人間め!」リーダー格の男が叫ぶ。「先代は甘かった。我々は地上を征服する! 水没した世界こそ、我々の優勢だ!」亀崎が前に出た。「もう終わった話だ。お前たちの侵略の記憶は消えたはずだ」「一部の者たちは、玉手箱の煙を避けた! 先代の犠牲を無駄にする気か!」緒川が静かに声を上げた。「やめてください。この争いは、もう誰も望んでいない」「望んでいないのはお前だけだ! 姫よ、お前も先代と同じく甘い!」強硬派が一斉に襲いかかってきた。

ホールは瞬く間に戦場と化した。亀崎が素早い動きで槍をかわし、反撃する。石浜は驚きながらも近くの貝殻の盾を手に取り、東浦を守るように立つ。東浦は祭壇の陰に緒川を庇った。「緒川さん、早く! 珠を!」緒川は震える手で珠に触れたが、集中できない。

強硬派の一人が亀崎を押さえ、リーダーが緒川に迫る。「その珠を渡せ! 世界をさらに深く沈めてやる!」東浦は咄嗟に祭壇の装飾の槍を掴み、リーダーの前に立ち塞がった。「もうやめろ! 先代の乙姫さんは、お前たちのために死んだんじゃない! みんなが争わないで済むように、命を捧げたんだ!」リーダーの動きが一瞬止まる。「先代は……お前たちを、信じてたんだ。水中世界も地上も、平和に生きられるって」緒川が涙を浮かべて叫んだ。「姉さんは、私に言ったわ。『争いは誰も幸せにしない』って。私は、それを継ぐ。あなたたちも、思い出して! 昔はみんな、穏やかに暮らしていたじゃない!」強硬派の何人かが、槍を下ろし始めた。

玉手箱で消された記憶ではない、心の奥底の記憶。

先代乙姫が優しく統治していた日々。争いのない海底の日々。リーダーの目にも、迷いが浮かぶ。「だが……我々の優位を捨てるのは……」「優位なんて、意味がない」緒川は静かに言った。「本当に強いのは、争わず生きられる世界よ」東浦は槍を下ろした。「俺のせいで、こんなことになった。でも、もう誰も傷つけたくない。先代の願いを、俺たちみんなで叶えよう」沈黙がホールに落ちた。

やがて、リーダーがゆっくりと槍を床に置いた。「……わかった。俺たちは、間違っていたのかもしれん」他の者たちも、次々と武器を捨てた。

戦いは、血を流すことなく終わった。緒川は安堵の息を吐き、再び珠に手を置いた。「ありがとう……みんな」珠が眩い光を放ち始めた。

海底全体が揺れ、水が引いていく感覚が広がる。東浦は目を閉じた。(これで、終わる。先代の乙姫さん……ちゃんと、守れました)石浜が東浦の手を握った。

亀崎が静かに微笑む。

緒川の声が、優しく響いた。「さようなら、東浦さん。あなたのおかげで、私たちは本当の平和を選べました」光がすべてを包み、視界が白くなった。次に東浦が目を開けた時、世界はもう水浸しではなかった。

(第9話 終わり)

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