第8話「遺志の継承」
スイムトラベラー
第8話「遺志の継承」
巨大な亀の背に乗り、三人は再び竜宮城に到着した。
貝殻とサンゴで飾られた輝く宮殿。しかし前回と同じように、到着早々、武装した兵士たちが槍を構えて取り囲んだ。「地上の人間だ! また来たのか!」海藻の縄で縛られ、三人は強引に玉座の間へと連れていかれる。
玉座に座るのは、銀髪を短めに切り揃えた若い女性だった。緒川――新乙姫。
先代と同じ美しい顔立ちだが、目は鋭く、悲しみと怒りが混じっている。「あなた……東浦」緒川の声は低く、震えていた。「先代の乙姫様を連れ出した張本人ね。あの日、あなたたちが来てからすべてが変わった。先代は死に、水中世界は混乱に陥った」東浦は縄の中で頭を下げた。「すみません……俺のせいです」「あなたのせい? それだけ? 先代はあなたたちを信じて、外へ出た。そして、戻ってこなかった!」緒川の目から涙がこぼれた。
側近の兵士たちも、敵意をむき出しにしている。石浜が慌てて口を開いた。「待ってください! 私たち、悪気は――」だが、亀崎が静かに前に出た。「緒川様、聞いてください。あの日の真相を」亀崎は落ち着いた声で、すべてを語り始めた。
強硬派の圧力。先代乙姫の本当の思い。玉手箱を使った最後の戦い。侵略を止めるために、自らの命を犠牲にしたこと。「東浦たちは、先代乙姫様と一緒に戦ったんです。悪意なんて、最初からなかった」緒川は黙って聞いていた。
話が終わる頃、彼女の表情は少しずつ変わっていった。「……本当? 先代は、そんなに苦しんでいたの……」亀崎は深く頷いた。「先代は、緒川様が引き継ぐ世界が平和でありますようにと、最後まで願っていました」緒川はゆっくりと立ち上がり、東浦たちの縄を解かせた。「ごめんなさい……誤解していました」深く頭を下げられ、東浦は慌てて首を振った。「いや……俺たちこそ、急に押しかけて」緒川は弱々しく微笑み、おもてなしを始めた。
前回と同じように豪華な宴が開かれ、魚の踊りや貝殻の音楽が流れる。
石浜は緊張を解きほぐすように料理を頬張り、亀崎は静かに緒川の側近と話している。東浦と緒川は、貝殻のベンチに並んで座った。「先代は、私の姉のような存在だったんです。私が後を継ぐと決めた時、喜んでくれたのに……」緒川の声は切なかった。「私は、なぜ姉さんがあんな無謀なことをしたのか、わからなかった。最終兵器を使うなんて、自ら死ぬとわかっていて……」東浦は静かに息を吸った。「それは……俺に、伝言を託したからです」緒川が顔を上げた。「伝言?」「先代の乙姫さんは、最後にこう言いました。『地上世界と水中世界の戦いにならないようにしてほしい』って。現状の平和な世界を、ただ守りたかったんです」緒川の目が大きく見開かれた。「平和な……世界?」「ええ。水没した世界でも、争いがなければ、それでいいって。先代は、強硬派の侵略を止めるために、自分を犠牲にした。でも、それは誰かを恨むためじゃなく、みんなが幸せに生きられるようにするためだったんです」緒川は両手で顔を覆った。
肩が小さく震え、涙がぽろぽろとこぼれる。「姉さん……そんなに、苦しんでいたのに……私は、わかってあげられなかった」東浦はそっと緒川の肩に手を置いた。「今からでも、遅くない。先代の遺志を、一緒に叶えましょう」緒川は涙を拭き、強く頷いた。「ええ……ありがとう、東浦さん。あなたが来てくれて、本当に良かった」宴は静かに進み、徐々に和やかな雰囲気に変わっていった。
石浜が緒川に話しかけ、笑い声が響く。夜が更け、客室に戻る前、緒川は東浦を呼び止めた。「世界を、元に戻してもいいですか?」東浦は少し驚いたが、すぐに微笑んだ。「お願いします。俺も、元の世界に戻りたい」緒川は優しく頷いた。「わかりました。明日、儀式を行います」東浦は胸の奥で、先代の乙姫に語りかけた。(ちゃんと伝えることができました。ありがとう……乙姫さん)海底の光が、静かに二人を照らしていた。誤解は解け、遺志は継がれた。
明日、世界は変わる。
(第8話 終わり)




