第7話「ループの真実」
スイムトラベラー
第7話「ループの真実」
東浦はまた、同じ朝を迎えていた。
水浸しの街。水着姿の人々。舟の音が響く日常。学校へ向かう舟の上で、東浦は櫂を握りしめたまま、ぼんやりと水面を見つめていた。
胸の奥に、理由のない重さが残っている。悲しみのような、喪失感のような。
昨日の夜も、夢を見た。誰かが光の中で消えていく。誰かが、自分のためにすべてを捧げた。「また……同じ夢か」学校に着き、教室に入る。
石浜がいつものように手を振ってきた。「おはよう、東浦! 今日も遅いね」紺色のビキニが眩しい。笑顔は変わらない。
東浦は微笑み返したが、心のどこかで違和感が膨らんでいた。(この世界……本当にこれでいいのか?)授業中も集中できなかった。
休み時間になると、東浦は一人で水上デッキに上がった。
遠くの水平線を見ながら、強く目を閉じる。(何か、おかしい。絶対に、何か忘れている)その時、背後から静かな声がした。「東浦」振り返ると、そこに亀崎が立っていた。
背の低い黒髪の少年。転校生として、もう一度現れた。「お前……またか」東浦は自然とそう呟いていた。
自分でも驚くほど、言葉が出た。亀崎は静かに近づき、隣に並んだ。「お前、覚えてるのか?」「覚えて……ない。でも、感じてる。胸が痛いんだ」二人は水面を見下ろしながら、しばらく黙っていた。
やがて、亀崎がゆっくりと語り始めた。「この世界は、ループしている」東浦の体が震えた。「ループ……?」「前に一度、お前はここまで来た。俺と石浜と一緒に、竜宮城へ行った。乙姫様に会い、強硬派の侵略を止めようとした」断片的な記憶が、東浦の頭に浮かぶ。
海底の宮殿。銀髪の美しい女性。光と煙。「乙姫様は……自分の命と引き換えに、玉手箱を使った。侵略の記憶を消して、戦争を防いだ。でも、その煙はお前にもかかって……記憶を全部奪った」東浦は膝から力が抜けそうになった。「だから……俺は忘れた?」「そうだ。そして世界は、最初に戻った。お前が目を覚ます、あの朝に」亀崎の声に、深い悲しみが混じっていた。「お前が俺を助けた時、冗談で言った願い――『女子の水着を日常的に眺められる世界がいい』。それを乙姫様が曲解して、世界を水浸しにした。でも、本当にこの世界を作ったのは、強硬派の圧力だった。先代の乙姫様は、それに抗って……命を落とした」東浦は拳を握りしめた。
胸の痛みが、はっきりとした形を取っていく。「先代の……乙姫様?」「そうだ。彼女は最後に、お前に遺志を託した。『地上と水中世界が戦わないように』って」涙が頬を伝った。
思い出せないのに、悲しみが溢れて止まらない。「俺は……また、竜宮城に行かなきゃいけないのか」亀崎は頷いた。「今、竜宮城を継いだのは新乙姫――緒川様だ。先代の死について、誤解している。でも、お前の口から真実を伝えれば、わかってくれるはずだ」東浦は深呼吸した。「わかった。行くよ」放課後、東浦は石浜にすべてを話した。
石浜は最初は信じられなかったが、東浦の涙を見て、静かに頷いた。「私も行く。一緒に」三人は再び海へ向かった。
亀崎が呼ぶと、大きな亀が現れる。
海底深くへと潜っていく。東浦は水圧を感じながら、決意を固めた。(今度は、ちゃんと伝える。先代の乙姫さんの遺志を)自分の軽い一言が、誰かの命を奪った。
その罪を、背負ってでも、終わらせなければならない。海底の光が近づいてくる。
竜宮城が、再び姿を現した。東浦は知っていた。
ここからまた、同じようなことが繰り返されるかもしれない。
でも、今度は違う。今度は、記憶の欠片を抱えて。先代の乙姫の微笑みが、心の奥に浮かぶ。(ありがとう……そして、ごめんなさい)東浦は静かに目を閉じた。
新乙姫に、すべてを伝えるために。
(第7話 終わり)




