第3話「竜宮城の姫」
スイムトラベラー
第3話「竜宮城の姫」
巨大な亀の背に乗り、三人は海底へと潜っていった。
東浦、石浜、亀崎。水圧が増す中、特別な膜のようなものが体を包み、息苦しさは不思議とない。窓のように透き通る海中を眺めると、魚の群れが舟のように通り過ぎ、遠くにサンゴの森が広がっている。「ここが……水中世界か」東浦が呟くと、亀崎が静かに頷いた。「俺たちの故郷だ。地上とは違うルールで生きてる」亀崎は自分の出自を語り始めた。
彼は水中世界の民で、かつて地上に調査のために上がっていた時に溺れかけ、東浦に助けられたのだという。水中世界は海底深くに広がるもう一つの文明で、竜宮城はその中心。乙姫が統治し、平和を重んじている――はずだった。どれだけ潜っただろうか。
やがて、眩い光が海底を照らし始めた。巨大な宮殿が現れる。貝殻とサンゴで飾られた、幻想的な竜宮城だ。「着いた……」亀崎が呟いた瞬間、武装した兵士たちが槍を構えて周囲を囲んだ。魚のような鱗に覆われた体、鋭い目。明らかに敵意をむき出しにしている。「地上の人間だ! 侵略者!」「待て! 俺は亀崎だ! 乙姫様に会わせてくれ!」亀崎の叫びも虚しく、三人は縄のような海藻で縛られ、宮殿の奥へと連行された。玉座の間は広大で、天井は透明なドームになっており、上方に広がる海が眺められた。
玉座に座るのは、美しい女性だった。長い銀髪が水のように揺れ、淡い青のドレスをまとっている。乙川――乙姫だ。「地上の人間を、なぜ連れてきた?」冷ややかな声に、兵士たちが頭を下げる。亀崎が必死に説明を始めた。「この東浦は、私を助けてくれた恩人です。彼の願いを叶えるために世界を変えたのは乙姫様ですが、彼はそれを望んでいません。元の世界に戻したいと……」乙姫の表情がわずかに揺れた。「私の……勘違いで?」兵士たちがざわめく。乙姫はゆっくりと立ち上がり、東浦たちの縄を解かせた。「申し訳ありませんでした。あなたたちに悪意がないことは、亀崎くんの言葉でわかりました」深く頭を下げられ、東浦は戸惑った。「いや……こっちこそ、急に押しかけて」乙姫は微笑み、豪華なおもてなしを始めた。
テーブルには見たこともない海の幸が並び、透明な酒が注がれる。魚の踊りや、貝殻の楽器による演奏。まるで夢のような宴だった。石浜は目を輝かせて料理を頬張り、亀崎は安心したように息を吐いている。
東浦は乙姫と向かい合い、話を始めた。「本当に、世界を元に戻せるんですか?」乙姫は少し寂しげに目を伏せた。「できます。でも……少し時間をください。そして、ゆっくり話しましょう」宴が進むにつれ、乙姫は徐々に心を開いていった。
彼女は純粋で、争いを嫌う性格だった。願いを叶えたのも、恩返しをしたい一心だったと語る。「あなたが亀崎くんを助けたと聞いて、嬉しかったんです。だから、精一杯のことを……」「でも、それが曲解だったってことですね」乙姫は小さく頷いた。「ごめんなさい。でも、あなたの言葉を聞いた時、本当にそう望んでいるように感じて……」東浦は苦笑した。「冗談だったんですよ。まさか世界が変わるなんて」二人は笑い合い、距離が縮まっていく。
石浜が東浦の耳元で囁いた。「なんか、乙姫さんずっとデレデレよね。私が居るのに!」「バカ、言うなよ!」乙姫はそんなやり取りを見て、くすりと笑った。夜が更け、宴も終わりを迎えた。
客室に案内され、東浦はベッドに横になりながら考えた。(乙姫さん、悪い人じゃない。でも……何か隠してる気がする)窓の外、海底の光が静かに揺れている。
明日、世界を元に戻す交渉が始まる。だが東浦はまだ知らなかった。
この竜宮城の奥で、地上と水中世界の運命を左右する大きな陰謀が、静かに動き始めていることを。
(第3話 終わり)




