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第2話「願いの曲解」

スイムトラベラー

第2話「願いの曲解」

水没した世界での生活が始まって、数週間が過ぎていた。

東浦はすっかり慣れたわけではないが、毎朝の舟通学も、水着姿のクラスメイトたちも、最初ほど動揺しなくなっていた。むしろ、心の奥では少し楽しんでいる自分を認めざるを得なかった。それでも、違和感は消えなかった。なぜ、急に世界がこうなったのか。テレビもラジオも、誰も「変わった」とは言わない。ニュースは天気予報で「今日も水位は安定しています」と当たり前のように報じ、歴史の授業では「大洪水以降、人類は水上生活に移行した」と教わる。まるで最初からそうだったかのように。東浦は疑問を押し殺していたが、ある朝、ついに我慢できなくなった。「やっぱりおかしいよ……絶対、何かあったはずだ」学校へ向かう舟の上で、石浜に相談してみた。「ねえ、石浜。この世界、いつから水浸しになったか覚えてる?」石浜は櫂を止め、不思議そうに首を傾げた。「え? いつからって……ずっと前からじゃん。小さい頃から舟で通学してたでしょ?」「そう……かな?」東浦は言葉を濁した。石浜の目には、本当に疑問すら浮かんでいないようだった。その日の朝、教室に転校生が紹介された。「亀崎くんです。よろしくお願いします」背が低く、黒髪の少年。表情が硬く、どこか浮世離れした雰囲気がある。席は東浦の隣だった。授業中も、亀崎は一度もノートを取らず、じっと前を見つめていた。休み時間になっても誰とも話さず、ただ東浦を観察しているような視線を感じた。放課後、東浦が舟を解いていると、亀崎が近づいてきた。「東浦。お前に話がある。一緒に来てくれ」声は低く、静かだった。拒否する隙も与えず、亀崎は小さな舟に乗り、東浦を誘った。二人は人気のない水路の奥、廃墟のような浮島の陰に停まった。「お前、覚えてるか? 俺を助けたことを」東浦は首を振った。「助けた? いつ?」亀崎は静かに目を細めた。「数ヶ月前。お前は川で溺れていた亀を助けた。俺だ」東浦の記憶がよみがえる。確かに、そんなことがあった。学校帰りに川辺で小さな亀が網に絡まっていたのを助けた。別に大したことじゃないと思っていた。「それが、どうしたんだよ」亀崎はゆっくりと語り始めた。「お前が俺を助けた時、冗談で言ったんだ。『女子の水着を日常的に眺められる世界がいいな』って」東浦の顔が熱くなった。「そ、そんなこと言ったっけ……?」「言った。それを俺は乙姫様に伝えた。お前が助けてくれた恩返しとして、願いを叶えてもらえるって」亀崎の声に、わずかな後悔が混じる。「でも……乙姫様はそれを、ただの『水着が見られる世界』じゃなく、『水着で生活せざるを得ない世界』だと解釈した。だから、世界を水浸しにしたんだ」東浦は舟の縁を握りしめた。「俺の……冗談が?」「そうだ。お前の言葉が、世界を変えた」沈黙が流れた。水面に映る二人の姿が揺れる。東浦は息を吐いた。「じゃあ、どうすれば元に戻せる?」亀崎は真っ直ぐ東浦を見た。「乙姫様に直接頼むしかない。願いを叶えたのは彼女だから、取り消せるのも彼女だけだ」「乙姫様って……どこにいるんだ?」「海の底。竜宮城に」東浦は目を丸くした。「竜宮城? 浦島太郎の?」亀崎は小さく頷いた。「俺が案内する。お前を、連れて行く」その夜、東浦は石浜にすべてを話した。最初は信じてもらえなかったが、東浦の真剣な顔を見て、石浜は眉を寄せた。「もし本当なら……私も行く。一緒に」「危ないかもしれないぞ」「幼馴染でしょ? 置いてかれても、勝手についてくから」石浜は笑ったが、その目に決意が宿っていた。翌朝、三人は学校を休み、海へ向かった。

亀崎が呼ぶと、大きな亀が水面から現れる。それに乗り、海底深くへと潜っていく。東浦は水圧を感じながら、胸の高鳴りを抑えきれなかった。自分の軽い一言が、世界を変えた。

そして今、それを元に戻す旅が始まる。水着姿の人々が暮らす世界の裏側で、何が待ち受けているのか。東浦はまだ知らなかった。

この旅が、ただの「元に戻す」だけの話ではないことを。

(第2話 終わり)

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