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何のために

「ティナさんっ!落ちます!!落ちますよっ!!怖いからおろしてくださいっ!!!」


 外に飛び出し、5メートルほど浮き上がっている状態で、クロエはジタバタしだす。


「クロエが血を見て怖がってたから、血の上歩かずにしてあげたんでしょ!落ちないから大丈夫よ!」


「……怖がってたんじゃなくて…私は」


 クロエの次第に暗くなる顔を見て、ティナは目線を外し、そっと魔導書を開く。

 すると、木に燃え移った炎は吸い込まれる様に本の中に入っていった。


「…ねえ、クロエ…あなたはなぜ王都にいこうと思ったの?」


「…えっ…わ、私は…魔導士になりたくて…」


「今、このタイミングで王都に向かっているってことはそういうことでしょうね。……クロエ、あなたは何のために魔導士になりたいの?」


 その声は少し冷たかった。


「人を…人を助けたいから…」


「そう、貴方はこの世界に少ない、本当に優しくて良い子ね」


「わ…私は!」


「でもね…あなたのその無駄な優しさはいずれ自分の身を、そして仲間を危険に晒すことになるのよ」


「ど…どういうことですか?」


「…」


ティナはまるで口を滑らしたかのように何も言わなくなる。


「…目の前の死んでいく人を…誰かを助けたいと思う気持ちは間違っているんですか…?誰かを守りたいって気持ちは…」


続けてクロエは静かに声を荒げる。


「……あのおじいさんもティナさんの力なら最初から助けられたかもしれないのに!なんですぐ助けなかったんですか!」


「私がそう判断したからよ」


「は…判断したって…私がもしティナさんなら…力があれば———」


「きっと、あなたは助けたでしょうね」


「クロエ……あの男はね、別の国の悪い人なのよ。だから私が動向を確かめるために馬車に乗っていたの」


「わ…悪い人…?」


「目的はたぶん…戦力を削ぐためかしらね。力を開花してない若い芽を刈り取れば、いずれは自国の戦果に大きく関わることになるのよ。それが、魔導士になる素質を秘めている者だとすれば、これ以上に楽な戦果はないわ」


「そ…そんな理由で、まだ何もしてない人を……」


「それが戦争よ」


「そんな言葉で済ませれることなんですか!!そんな残酷なこと…——」


「じゃあ、あなたは敵国に襲われている人をどうやって助けるの?」


 その問いに言葉が詰まる。


「ごめんね、意地悪な質問して。でも、あなたが魔導士になれたとして、敵国の人間を何人殺すことになるのかしら」


「ねえ、クロエ…優しいのは良いことよ。

でも、あなたのような、優しい子がその世界に巻き込まれるのは間違っているわ」


遠い記憶の声が頭に響く。



——クロエ、人を守るんだ。


「私は…」


お父さんとの…


「私は…」

      『約束だぞ—』



「誰も…誰も殺さない、人を守る魔導士になりますッ!!」




───




「私は——誰も……誰も殺さない。

人を守る魔導士になりますッ!!」


 その言葉に、ティナはわずかに目を見開いた。そして、ふっと小さく笑った。


「ええ……そうね」


「な、何笑ってるんですか!私は本気で——」


「ふふっ……やっぱりあなたには向いてないわね」


ティナは穏やかに微笑んだ。


「でも——夢みたいな話だけど、もしそうなれたら……本当に素敵ね」


 やがて、最後の小さな炎がすべて本の中へと吸い込まれていく。

 あたりは再び静まり返り、暗闇が二人を包んだ。


 馬車から少し離れた場所で、浮かんでいたクロエとティナの身体がゆっくりと地面に降り立った。


「じゃあ…行くわよ、クロエ」


「わ、私は……なんか、まだ納得してませんからっ!」


そう言いながらも、ティナのあとを追うように王都の方へ歩き出した。


「今すぐ納得できなくてもいいじゃない。私と、いろいろ見てからでも——」


「そ、そもそも!知り合ったばかりなのに、さっきティナさんが私に優しくしたのも……なんか、妙に納得できません!」


「さっき……?」


 顔を赤ながら、小さく呟く。


「い、いやその……抱きついてきて、頭撫でたり……とか」


「ああ、そのことね。あの時言ったでしょ。自分のためでもあるって」


 気にしていたのは自分だけ。

 そう言われたかのような素っ気ない返事に、胸の奥を小さく引っ掻かれた。


「なっ…!!も、もう知りませんっ!」


 そう言うと、クロエは早足で先へ進んでいく。

 その背を見つめながら、ティナはふっと、足を止めた。


「……な、なんなのよ…」


 もう遠くに、壊れた馬車のランタンがまだ微かに灯っている。

 その淡い光を背に、二人は静かに王都への道を歩き出した。

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