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旅立ち


「や、やめっ……」


 薄く朝日がカーテンの隙間から差し込む、とあるの一室。その静かな部屋のベッドで、二人の声が混じり合っていた。


「動かないで、クロエ。私、今日は魔力が全然足りてないの」


「だ、抱きしめるだけって言ってたじゃないですか!」


 その抗議に、小さく笑うと服の下の背中へと手を伸ばした。


「ル、ルナっ……んっ……」


 素肌を指先でなぞられ、クロエの唇から思わず吐息が漏れる。その微かな声に、ルナは耳元で囁いた。


「……そんな声、出るんだ」


 その甘い声にはっと我に返り、クロエは回された腕を振りほどいて、慌てて後ろへと距離を取った。


 白く長い髪が、片方の肩からずり落ちた白いシャツに沿()うように垂れ、柔らかく胸元をかすめる。

 目の前にあるその姿と、白い肌に薄く赤らんだルナの顔が、私に記憶を辿(たど)らせた。



───




数週間前———


 西の端にある小さな村、ユートベル。その村から、一人の少女クロエが王都へ旅立とうとしていた。


 大きな石の門をくぐり、振り返る。目に映るのは、穏やかで温かな日々を過ごした村の景色。

 肩にかからないほどの黒髪が、春の柔らかな風に揺れ、まるでクロエの旅立ちを祝福しているかのようだった。


「今まで、ありがと…」


 小さく呟き、旅立つ一人の少女は再び前を向いた。




───




 少し前、母の反対を押し切ってエルフォード魔法学院への入学を決めた。


 近年、隣国との争いが激化し、多くの魔術使いや戦士が命を落としていた。

 その影響で、戦死率の高い前線への志願者は年々減少の一途をたどっていった。


 そこで王都はエルフォード魔術学院に戦力保持ため、若き魔術師志願の者には学費免除の条件を提示し、未来の魔術師の育成を積極的に行う方針に出た。

 その話は王都で大きな話題となり、まもなく魔術師招集の知らせは、クロエの暮らすユートベルの村にも届く。


 幼きあの日から魔導士になることを夢見ていた少女にとって、それは思いがけないチャンスとなった。


 学院からの入学推薦書が届くや否や、クロエは迷うことなく王都へと旅立ったのである。



───




 クロエは森へ入り半日ほど歩いた。

 ユートベル東の森を抜け、王都に続く広い草原へと出る。すると最初の目的地である、最寄りの馬車乗り場の屋根が遠くに見えてきた。


 王都までは、村から馬車で向かっても丸一日はかかる。

 食料などの生活品は王都から村に届く時には、通行料などの影響で倍近い値段になってしまう。

 そのため、ユートベルの様な小さな村では、森での狩猟によって生活を(まかな)うのが常だった。


 クロエは狩猟や森に慣れているため、歩いて王都に行くことも苦ではなかったが、初めて足を踏み入れる場所での野営や魔物を危惧し、馬車で休むことを予定していた。



「…ついた…けど」


 馬車乗り場に着いたはずなのに、胸の奥に広がるのは、不安だった。

 近づいてみると、そこは想像していたよりずっと小さい。


(こ…これ馬車、ちゃんと来るのかな…)


 おそるおそる中へ足を踏み入れると、一つの古びた長椅子。壁には日に焼けて色あせた時刻表が掛けられていた。



───




 腰掛けた長椅子が、ほんの少し姿勢を変えるだけでギシギシと音を立てている。二十分ほど待っただろう。

 壁に貼られた時刻表を見つけてからは、馬車が来ることも分かり胸の不安も少しは和らいだ。


 王都に行ったことのないクロエにとって、馬車に乗るということも小さな憧れのようなものだった。その思いを胸に、口元がふとゆるむ。


 初めての旅。日が傾きはじめてきた静かな待合所で、その始まりを噛みしめるように小さく鼻歌を歌い出した。

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