第2話「拳が止まったとき」後編
夕暮れの商店街。
俺と慎は練習帰りに並んで歩いていた。
相変わらず人混みが苦手そうな慎は、文庫本を片手に歩いている。
そんなとき、前からガラの悪い不良グループが近づいてきた。
「おい翔! また見かけたぞ!」
中学時代の顔見知りだ。俺は思わず肩に力を入れた。
拳がうずく。
いつもなら、ここで殴り合いが始まる。
「なんだよ……やんのか?」
俺が一歩前に出た瞬間――。
「ちょっと待って」
隣で慎が声を上げた。
僕は緊張で喉がからからになっていた。
でも――ここで翔がまた喧嘩すれば、すべてが台無しになる。
だから僕は、勇気を振り絞って一歩前に出た。
「……君たち、そんなに暇ならさ」
「は? なんだオタク」
不良たちの視線が一斉に僕に集まる。
心臓が跳ねた。だけど、頭の中に言葉が浮かんだ。
思いついたことを、そのまま口にする。
「喧嘩するより、じゃんけんで決めたほうが効率的じゃない?」
「はあ?」
「だって、拳で決めても痛いだけだし。グー出せば同じことだよ」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、不良の一人が――ぷっと吹き出した。
「……なんだよそれ!」
「グー出せば同じって! 確かに!」
他の連中もつられて笑い出す。
信じられなかった。
あいつらが、笑ってる。
普通なら血を見て終わる場面が、笑いで止まった。
「お前ら……今日はやめとくわ」
笑いながら、不良たちは去っていった。
俺は呆然と立ち尽くした。
慎が、俺の拳よりも強い“何か”を使ったのを見せつけられた気分だった。
「……なんだ今の」
俺は慎を見た。
「怖かったよ。でも、笑ったら止まるかなって思った」
「笑ったら止まる……?」
拳じゃなくて、笑いで。
そんな方法があるなんて、今まで考えもしなかった。
俺はふっと笑ってしまった。
「お前、すげぇな」
「すごくない。ただ、ズレてるだけだ」
「そのズレが……めちゃくちゃ効いたんだよ」
俺は拳を握りしめ、ゆっくり開いた。
殴るよりも、笑わせるほうがずっと気持ちよかった。
帰り道。
商店街の赤提灯の明かりが、慎の横顔を照らしていた。
こいつは本物だ。
俺は心の底からそう思った。
「なぁ慎」
「ん?」
「俺たち……漫才なら、本当に天下取れるかもな」
慎は目を丸くしたあと、小さく笑った。
「……じゃあ、賭けてみる?」
「おう、命懸けだ」
その瞬間、俺の胸に熱いものが灯った。
喧嘩に明け暮れてた俺が――今度は笑いで勝負する。
そんな未来が、はっきり見えた。