望んだ婚約ではありませんでした
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「ルール―、俺と結婚してくれ!」
キラキラ輝く銀髪。
優しさをギュッと集めたような温かい赤の瞳。
背は平均的で、特別スタイルが良いわけでもない。
しかしその人間性から、彼女を好いている人物は多かった。
ルールー・ラウドニア。
それが彼女だ。
そんなルール―に告白する男、スパイク・ラージャスタ。
金髪で容姿も優れた男性。
ルールが通う、マジャルダ学園の中でも五本の指に入るほどの人気者。
ルールーはスパイクの告白を受け、静かに目を閉じた。
◇◇◇◇◇◇◇
それはルールーが13歳の時。
突然両親から呼び出され、一人の男子を紹介される。
男子の名前はアッシュ・トランジルバ。
風に揺れる爽やかな青髪。
大きな碧眼を見ていると、飲み込まれそうな錯覚を覚えるほどの魅力があった。
年齢にしては背が高く、美少年と呼ぶにふさわしい優れた容姿。
そのアッシュは、ルールーの屋敷で彼の両親と共に訪れた。
「彼はアッシュ。今日からルールーの婚約者になる者だ」
「はぁ……」
「よろしくね、ルールー」
笑顔のアッシュ。
だがルールーは乗り気では無かった。
美形ではあるが、外見だけでルールーは惹かれるようなことはない。
相手は自分に興味があるようだが、彼女には一切なかった。
何故なら、ルールーはアッシュの噂を聞いていたからだ。
まだ子供なのに、女性の扱いが酷い。
そんなうわさがある男性との婚約は、できることなら無しにしてほしい。
この人とは結婚をしたくないなと、心から強くそう感じる。
(誰か私を攫って、この人から助けて出してくれないかしら)
アッシュの顔を見ることなく、ルールーは胸の中でそう思案していた。
それから婚約者として月に数度会うことがあったが、あまり印象が変わることは無い。
依然として結婚したい相手だとは思わなかった。
「ルールー、お茶を淹れてもらってきたよ」
「ありがとうございます」
だがアッシュは優しかった。
それは自分を騙すための演技では無いのか?
ルールは彼をすでに警戒していた。
それから3年後。
ルールーが16歳になった時、彼女にとある不幸が降りかかる。
それは突然の病。
原因不明の病にかかってしまい、ルールーの顔が溶けてしまったようにただれてしまう。
銀色の髪を含め、彼女は周囲から『老婆』という酷いあだ名で呼ばれるようになった。
「あ、老婆だ。気持ち悪いよな、あいつ」
「近づくんじゃない。病気がうつったらどうするんだ」
新入生として学園に入学したはいいが、彼女は周りからゴミでも扱うような態度を取られる。
その中で率先して彼女を貶す男がいた。
それはスパイク。
他の者たちにバレないよう、陰でルールーをバカにし、見下し、蔑んだ。
そんなことばかりが続き、ルールーは家に帰ると、毎日泣いてばかりいた。
(どうして自分がこんな目に遭わないといけないの? 私が何かした? 神様、私は罰を受けるようなことをしましたか?)
嘆くルールーであったが、それでも現実は変わらない。
友人がいるわけでもなく、彼女を助けてくれる人がいるわけでもなく、ルールーはいつしか死にたいとさえも思うようになっていた。
「ルールー、部屋から出て来てくれ。僕に顔を見せてほしいんだ」
定期的に彼女の元を訪れるアッシュ。
ルールは彼と顔を会わせたくなかった。
彼だけではなく、誰にも自分の顔を見せたくなかったのだ。
アッシュが屋敷に訪れても彼女は顔を出さず、毎度毎度そのまま帰ってもらっていた。
だがある日のこと、アッシュが来る日を勘違いしていたルールー。
裏庭で花の世話をしていた時、彼が屋敷を訪れた。
「ルールー、久しぶりだね」
「いや! 見ないで……私を見ないでください!」
アッシュから顔を逸らし、ルールーはへたり込んでしまう。
(こんな顔、誰にも見られたくない。お願いだから帰って!)
そう願うルールーであったが、アッシュはゆっくりと彼女に近づき、膝をついて顔を覗き込んでくる。
「噂通りだね……」
ズキン! と心臓に激しい痛みが走る。
この人はやはりうわさ通りの人。
私を思いやる心なんて無いんだ。
そう考えるルールーであったが、アッシュは悲しそうな表情を彼女に向ける。
「大変だったね。辛かったね。僕が何か力になってあげれればいいんだけど……何も出来ない。愛する婚約者のことなのに、悔しいよ」
「え……」
キョトンとするルールー。
心の底から悔しそうな顔をしているアッシュ。
それを見たルールーは、茫然としたまま固まってしまう。
「どうかしたのかい?」
「アッシュ様、私のことなど興味も無いと思っていました。変な噂も昔から聞きますし、ただ形だけの婚約だったのかと……」
「まさか! 変な噂は僕も知ってるよ。あれは僕のことが子供の頃から好きだっていう女性がいて、彼女が流しているんだ。困ったものだな。まさかルールーの耳にも噂が入っているとは」
眉をひそめて苦笑するアッシュ。
その顔がルールーの琴線に触れたようで、胸が高鳴る。
「僕は君のことが、その……好きだよ。何年も前から好きだった」
「嘘……でも、今の私は醜いでしょ」
「そんなこと無いよ。どんなルールーでも僕は愛している。いつも周囲に気を使っているところや、さりげなく他人に手を差し伸べる優しさ。数えだしたらキリがない。僕は決して、君の外見に恋をしたわけじゃないんだ」
「アッシュ様……」
アッシュの言葉に、ルールーの頬に涙が伝う。
そして感情を抑えきれなくなり、アッシュの胸に飛び込み、心の内を彼にぶちまける。
「ごめんなさい……私、アッシュ様のことを勘違いしていました」
「知ってたよ。僕に対する態度はどこか素っ気なかったからね」
「何で私はアッシュ様の優しさに気づけなかったのでしょう。あなたの優しさはずっと感じていたはずなのに、悪い噂に騙されて拒絶していました」
「なら、今日から拒絶しないでくれるかい?」
涙を流しながら、アッシュの問いに首肯するルールー。
「でも、これまでのことをどうお詫びすればいいか……」
「人間誰しも失敗はある。僕だって完璧じゃない。ルールーは間違いを間違いと認めることができる。それが一番大事なことなんだよ」
「アッシュ様」
「僕たちの関係を今日から見直そう。ルールーはこれから僕のことを素直に見つめてほしいんだ。お願いできるかな?」
「はい。そういたします、アッシュ様」
この瞬間より、ルールーは恋に落ちた。
形だけの婚約だったはずだが、もう彼以外には考えられない。
そう思えるほどに、アッシュのことを想い始めていた。
それから間もなくして、不思議なことにルールーの病気は治り始める。
まるで呪いが解けたように、突然回復したのだ。
(きっとアッシュ様の本心を知るために、病気は必要なことだったんだわ)
病気のことを前向きに捉え、ルールーはさらにアッシュへの想いを強くする。
ルールーの素顔を見て彼女に想いを寄せる男性は増え、また女性たちもルールーを慕うように。
これまでの扱いを忘れたように周囲に接し、ルールーの学園生活は楽しいものへと変化した。
(自分はアッシュ様に許されたんだ。だから自分も、周りを許さないと)
そう考え、友人たちと普通に接するルールー。
そして卒業間近となった時、ルールーはスパイクから呼び出されることとなる。
学園の裏庭でスパイクは彼女を待っており、どこか緊張した面持ち。
ルールーが現れたことに笑顔を浮かべ、突然真顔となり彼女に告げる。
◇◇◇◇◇◇◇
目を開き、これまでのことを思い返すルールー。
スパイクに向かって笑みを浮かべると、彼はパーッと明るい表情となる。
「ルールー……俺を受け入れてくれるか?」
「私にやって来たことを、お忘れですか?」
周りを許そうと考えていたルールーであったが――彼女を一番蔑んできた彼のことだけは許しきれなかった。
彼に傷つけられた過去は消えず、今も心の奥に引っかかっている。
スパイクはルールーが許してくれたと思い込んでおり、その言葉を聞いて愕然とする。
自分にもこれまで普通に接してきてくれたはずなのに……
「い、いや……あれは」
「あれは酷いものでした。今思い返しても、胸が痛みます」
笑顔を崩すことなく、ルールーは続ける。
「あなたが仰っていた『化け物』で『老婆』のような外見でしたが……それでも私を変わらず愛してくれていた方がおりますので。あなたと結婚など死んでもごめんですわ」
「あ、あああ……」
「ちなみに彼――アッシュ様の御両親はあなたを許さないと言っておりました」
「アッシュ様って……トランジルバ家の!? なんでそれを言ってくれなかったんだ。それを知っていたら、俺は――」
「もっと優しくしてくれましたか? そんな偽りの優しさ、こちらから願い下げでございます。これから大変でしょうが、どうぞお元気で」
膝をつき、魂が抜けたようなスパイク。
彼にトランジルバ家からの報復が来ることは、語る必要も無いだろう……
◇◇◇◇◇◇◇
ルールーが学園を卒業し、今日はアッシュとの結婚式の日。
若き神父、フィンを前に彼女は頬を赤く染めていた。
目の前には愛するアッシュ。
この日を待ち望んでいたルールーは、涙を流す。
「ルールー、必ず君を幸せにする」
「はい。心配などしておりません。アッシュ様といると私、幸せなんです。望まぬ婚約でしたが、今はこんなにもあなたを愛していますから」
「僕も愛しているよ、ルールー」
綺麗な花嫁衣裳に身を包んだルールー。
望まぬ婚約、しかし望んだ結婚。
彼女にはこれから、幸せな日々が訪れるだろう。
愛するアッシュが傍におり、穏やかで甘美な、幸福な日々が……
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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