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惨状の森

 

「一方で、用心棒や雇われ兵となるとそういう輩は現れない。まあ、最初こそ“女が戦で役に立つのか”と絡んでくる者は多いが、そういう阿呆は大抵、一度(ひとたび)刃を振ればすぐ大人しくなる。更に私が戦の前線に立って武功を上げれば、逆に怖気付いて近寄っても来ない。ただの女として働いている間に付き纏う煩わしい雇い主への義理立ても必要ない。こっちの仕事の方が断然楽」


 言い切った言葉は、神楽の本心だろう。


「……人の世というのは、我の想像以上に、難儀な所なのだな」


 怒りも殺意も呆れも通り越して、焔獄鬼は少しだけ疲れを含ませた口調で言った。


「だからお前も、私の事でいちいち感情的にならないよう、気を付けた方がいい」


 人間は、愚かで、浅ましくて、面倒で。そういう奴等がやることを全て真に受けていたら、人間全てを殺さないと終わらない。


 自分達は元来、そういう種族だから、と。


 神楽は少し硬い声で、淋しそうな声で、締め括った。


 感情的にならないように、というのは確かにそうかもしれないな、とは思うものの、神楽の事でいちいち、というのは、まだ少々、自信がない。


 それでも――神楽が剣を向けると決めた相手ではないのなら、自分は剣を抜くことを我慢しなければいけない。


 そこの鍛錬は、確かに必要だろう。


 神楽は決して、焔獄鬼を“悪鬼”として扱ってはいないのだから。


 焔獄鬼は密かに「精進せねばならぬな」と決意を新たにした。





 旅は思いの外順調だった。

 旅籠の泊り客が噂していた宿場町にも立ち寄ったが、既に辻斬りの姿はなく、その恐怖こそ町に残ってはいるものの、何事もなく通過出来た。


 道中、森などで妖怪に襲われたりもしたが、そこは難無く撃退していき、気が付けば助八達の目的地までは目と鼻の先、というところまで辿り着いていた。


「本当に、こんなに心強い道中は初めてでございました。正直なところ、帰りもお願いしたいくらいです」


「これ、そんな我儘は言っちゃいけませんよ」


 旅の終わりが近付くにつれて、助八達の顔や口調に安堵が色濃くなっていく。


 賃金を弾んでくれるなら、別にいくらでも付き合ってやっても構わないが、そうしたらそうしたで、帰り着いた先で今度は店の用心棒になってくれと言われそうだから神楽は黙っていた。


 神楽も焔獄鬼も、ひとところには留まれない。


 不死の妖であり、鬼である彼等は。人間とも、妖とも、共に生きることはない。


 だから通りすがりに、剣を振るうだけだ。その時それが、必要ならば。


「――止まれ」


 不意に、焔獄鬼が硬い声で皆を制した。


 焔獄鬼は神楽を守るように、神楽は助八達を庇うようにそれぞれの眼前に立つ。


「あの……何か?」


 少々不安そうに寅蔵が問う。

 焔獄鬼も神楽もそれぞれの得物に手を伸ばしていたが、すぐに辺りの空気の違和感に気付いて眉を顰める。


「……主」


 動物達が怯えている。

 獣も、虫でさえも息を潜めている。


 原因は――風に乗って鼻腔を刺激する、臭い。


 嗅ぎ慣れた、けれどいつ嗅いでも顔を顰めざるを得ない臭気。


「……血の、臭い、だな」


 硬い口調で神楽が言えば、焔獄鬼も頷く。


 助八達はそれを聞いて顔面蒼白になり、互いに顔を見合わせる。

 焔獄鬼は左手で鞘を握ったまま、慎重に、血の臭いがする方向へ歩き出した。


「決して側を離れませぬように」


 後ろの二人に低く言って、神楽も後を追う。


 歩を進める程に、臭気が強くなっていく。

 助八達の鼻にも届き始めたのだろう、二人共一層顔を顰めて、片手で口元を押さえる。


『!!』


 そうして、“それ”を見付けた。


 山道の、途中。


 左右には立派な木々と、小さくとも懸命に咲く野花。


 その全ての生命が――“命であったもの”達の屍で、踏み荒らされていた。


「あ……ああ……っ」


 神楽の後ろで、助八と寅蔵が悲鳴とも呻き声ともつかない声を上げた。

 神楽も、目の前に広がる光景に、堪らず身を少々強張らせた。


「惨い……」


 焔獄鬼が呟く。


 その光景とは――人間達の、惨殺死体、だった。


 恐らくは旅芸人一座だろう。


 側の木々の幹に叩き付けられて頭部から血を流している者、腹部をめった刺しにされている者、首と胴が断たれた者……。


 彼等が引いていたのだろう荷車も荒らされて、側に散乱していた。


「誰が、こんな酷い事を……」


 助八が絶望に満ちた声で呟いた。


 膝を折って死体の様子を見つめる焔獄鬼の隣に、神楽が並ぶ。


「……金品を奪われた形跡はない」


 努めて焔獄鬼が淡々と言えば、神楽は小さく息を零してから、同じくらい淡々と言う。


「物盗りではないとすると――妖か、辻斬りか」


「もし、その辻斬りとやらが人間の仕業であるならば末恐ろしいな。ここまで同族たる人間を無残に斬り殺せるとは」


「だがもしも――辻斬りが妖ならば、驚くことじゃない」


 町や村に出没する辻斬り。


 その名の通り獲物を刀で斬り殺すという特性故に、神楽も焔獄鬼も心の何処かで哀れな人間がやっていることだろうと思っていたが。


 血の臭いに混じって微かに感じる邪気が、辻斬りが妖の所業である可能性も否定出来ないことを示している。


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