背負いし業
「――そういや、また出たんだってな、辻斬り」
「みたいだねえ……ほんと物騒な世の中だよ」
「でも今回の一件で、漸く辻斬りの正体が分かったそうじゃねえか。城の役人が探し回ってんだろ?」
「そうなんだよ。何でもその辻斬り、若い男女二人組だったってんだからびっくりさ!」
「ああ、俺も聞いた聞いた! しかもすげえ美男美女なんだろ? 実は妖怪が化けてるんじゃねえかって噂だぜ!」
「とにもかくにも早く捕まえて欲しいもんだね。何たってここから一里しか離れてない町で起きたことだからね。私らも不安で不安で……」
立派な城を臨む城下町。
飯屋も八百屋も問屋も、口を開けばその話題で持ち切りだった。
焔獄鬼は、団子屋の軒先でみたらし団子を頬張りながら、住人達の噂話を聞き流す。
――あの後。
直正と朱音の屋敷に、町の住人の一人が駆け付けた。
『朱音! 直正の兄貴! 無事か!?』
神楽達は知らないが、それは朱音と直正の幼馴染である流だった。
流は屋敷に駆け込んで、そこに広がっていた光景に息を呑んだ。
返り血で着物を真っ赤に染めた男女、側に転がる幼馴染達の変わり果てた姿。
突如現れた辻斬りに、町が騒然となる中、流は斬られた者達全員に息がないことを確認して、すぐさま朱音と直正の安否を確認に来たのだ。
『お、おい……何……何だよ、これ……』
呆然とした様子で、震える足で朱音の亡骸の側に歩み寄り、流はがっくりと膝を落とす。
見るも無残な幼馴染の亡骸に縋り、何度も何度も彼女の名を呼ぶけれど、当然ながら返事をするどころか、見開かれた目には光もなく。
神楽と焔獄鬼は、そんな彼の姿をただ無機質に見下ろした。
『お前等が、やったのか……?』
一頻り声を上げて朱音の名を叫んだ後、流は不意に、憎悪の籠った声音で言った。
『お前等が……二人を殺ったのか!?』
神楽はその言葉を否定しなかった。
というより、そう言われることなど予想していたようで、眉一つ動かさなかった。
ここで否定したところで、この男は信じないだろう。
妖刀“白虎”は既に砂塵となり風に乗って消え失せ、残骸すら残っていない。
二人の亡骸の側には血塗れの男女。それなりに噂になっていた直正達の客人。
こんな状況で、しかも妖刀そのものに無関心である住人の一人に、「違う」と言ったところで、苦し紛れの言い逃れにしか見えないのは明白だった。
『――行くぞ』
神楽は溜息にも似た息を大きく吐き出して、流の言葉に一切答えることなく、焔獄鬼を促して踵を返した。
反論する気もないし、どうとでも思えばいい。
『待て! 町の奴等を殺ったのもお前等か!?』
更なる追及に、神楽がぴたりと足を止める。
……成程。朱音が人を斬ったところを住人は誰も見ていないのか。
斬られた者達には、誰にやられたのかを告げる術はないし。
『……そう思いたければ、思っておけ』
やや考えてから、神楽は努めて冷徹に流に吐き捨てた。
すると流は、かっと目を見開き、呼吸を乱した。
怒り故か罵倒の言葉すら出て来ない流を、神楽はそのまま冷たく一瞥して、ふわり、浮き上がる。
焔獄鬼もそれに続いて浮遊し――その時。流が側に落ちていた鍬を拾い上げた。
『くそ……くそ! 朱音と兄貴の仇ぃっ!』
飛び上がろうとする神楽に向けて無策に、愚直に鍬を振り上げ突撃して来る。
神楽は冷めた目でそれを眺めていたけれど。
寸でのところで、焔獄鬼が流の鍬を取り上げ、彼の体を殴り飛ばした。
焔獄鬼が取り上げた鍬を放り捨てると、神楽達は今度こそ浮上し、町を去った。
その後、あの町がどうなったかは知らない。
が、言うまでもなく、辻斬りと直正兄妹の惨殺で大混乱に陥っていることは間違いないだろう。
そうして、返り血で真っ赤に染まった着物を何とか洗濯して、この町に辿り着いたのが昨日。
神楽が予想していた通り、付近の町村や城下は、神楽達を全ての辻斬りの下手人と定め、手配が回っているという。
焔獄鬼は溜息を吐いて、茶を飲み干して勘定を置いて店を後にする。
道を歩くだけでも方々から聞こえる同じ噂を、やはり聞き流しながら神楽が待つ宿に戻る。
神楽は、襦袢姿でせっせと針仕事をしていた。
「今戻った」
障子を開けて部屋に入ると、神楽の傍らで寝転んでいた狛が嬉しそうに飛び起きて、焔獄鬼の足元に駆け寄った。
「おぬしの予想通り、我等が辻斬りの下手人にされておるようだぞ」
呆れ交じりの溜息と共にどかりと畳の上に座りながら言う焔獄鬼だったが、神楽は意に介した様子も見せず、針を動かす手も止めない。
そういうことになるだろう、と町を出てすぐ彼女自身が言っていたから、別段驚きも怒りもしないが、焔獄鬼としては何だか複雑な気分だった。
「これで、良かったのか、主?」
腑に落ちない、いまいち納得出来ない、という含みを込めて焔獄鬼が問う。
妖刀が砂塵となったあの状況で、しかも妖刀について無関心過ぎる住人に何を言っても、どうせ信じてもらえないし信じようとさえしないだろう、と神楽は言った。
だがその結果、自分達はやってもいない罪を背負うことになり、向けられる筋合いのない恨みを向けられている。
言っても無駄、というのは分かるが、ここまでしなければいけない道理もない気がする。
「……お前まで、下手人として扱われることになってしまったのは、詫びる」
ややあって、ふと、神楽は手を止めて、何処か、悔いを込めた声で言った。
「……いや、それは良い。それは良いが、我が言いたいのは――」
「請け負う必要のない罪咎まで引き受けたことが、気に食わないのだろう?」
静かに向けられた瞳に、焔獄鬼は何処かいじけたような顔をする。
だって、神楽はこうも言ったのだ。
罪は、罰は、犯した者が犯した罪の分だけ、と。
だが神楽が引き受けた罪は、嫌っていた筈の朱音の罪な訳で。
「勘違いをしているようだが、私は朱音の罪咎を引き受けたつもりはない」
言いながら、そっと、神楽は手元の着物に視線を落とす。
「私が引き受けたのはあくまで、あの妖刀を作った方の“茜”の無念だけ。朱音の罪咎まで背負ったつもりはない。あの娘の罪はあの娘のもの。そしてその罰は、この世で最も忌み嫌う私に殺されたことだ」
「それは……、しかし……」
「私が今回の件で引き受けたのはそれだけ。後は人間達が勝手に思い込んで決め付けたことだ。そこまでどうこう走り回って訂正するつもりも、必要もない。そう思っていたいなら、勝手に思っていればいい」
言い放たれて、焔獄鬼は返す言葉に困る。
確かに、まあ、神楽がそう言うなら、そうなのかもしれない。
やっぱりちょっと腑に落ちないけれど――。
ただ、今回の一件で、分かったことも、ある。




