表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/46

歪みし哀れなる者

 

「これは……」


 神楽の隣で、焔獄鬼は半ば呆然と呟いた。


 狛は焔獄鬼の肩の上で縮こまり、神楽も土蔵を見つめて少々唖然とした。


 直正達の屋敷を去り、最後に刀掛けの記憶を探るべく土蔵に立ち寄った二人が目にした光景は、予想もしてないものだった。


 廃れてはいたが、それなりにしっかりとした造りだった建物は、今やその原型を留めていない。


 取り囲むように札を吊り下げていた棒も倒され、札も地面に落ちて土に塗れている。


 崩れ落ちたか、破壊されたか。


 直正を始め、町の住人達はこの土蔵にも中の妖刀にも無関心だった。


 しかし名目上、この土蔵の管理をしているのは直正だという。

 年に一度、祝詞を挙げてもらう為の僧侶の手配をしたり、一応定期的に様子を見に来たりもしていたらしい。


 いくら無関心とはいえ、あの直正が土蔵の取り壊しを決行したのだとは思えないし、そんな話も聞かなかった。


 ともすると彼は、土蔵がこんなことになっているなどと、夢にも思っていないだろう。


「一体誰が……」


「……管理者である直正に無断で土蔵を壊す者がいるとは思えないが、老朽化による倒壊でもないだろうな」


 呆然と呟く焔獄鬼に、神楽が声音を低くして言う。


 数日前に様子を見に来た時のことを思い出しても、二ヶ月前の荒天で傷んだとはいえ、まだ自然に倒壊する程ではなかった筈だった。


「それに……感じるだろう、焔獄鬼。僅かだが、邪気が残っている」


「ああ……」


 そうでなくとも、瓦礫の周りには足跡も残っていた。

 誰かが故意に破壊したのは明白だった。


 問題は――。


「足跡は一人分。だが……この土蔵を倒壊させるのに、たった一人では無理だ」


 神楽の言葉に、焔獄鬼の表情が硬くなる。


 少なくとも二日前にはこの土蔵はこの場にどっしりと建っていた。

 多少なりとも老朽化も見られたし、荒天に晒されて廃れてもいた。


 だが、それでも立派な造りをしていた土蔵だ。正式な取り壊し作業でも、一日で取り壊したかったら男が数名必要になる。


 二日という間に、直正が正式に取り壊すことを決めたのだとしたら、その話は町に滞在していた神楽や焔獄鬼の耳に入る筈で。


「……妖の仕業か」


 苦々しく焔獄鬼が呟く。


 無論、かねてよりこの土蔵を忌々しく思っていた住人の誰かが、直正に何も告げず一人で地道に丸一日かけて壊した、という可能性もなくはない、けれど。


 やがて、神楽は瓦礫の側まで歩み寄ると、右手を徐に持ち上げた。


 一つ大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。


 妖力が右手に集まる。


 少しずつ、とてもゆっくりとした動作で、神楽が手を右へ薙ぎ――同時に、小さな旋風(つむじかぜ)が瓦礫の上に生じた。


 それはある一点のみに小さく吹き荒び、やがて、土や石を吹き飛ばす。


 そうして、風が消えて瓦礫の中から現れたのは、例の、刀掛けだった。


 そもそもの目的は、この刀掛け。


 神楽は身を屈めて、今度はその刀掛けに向けて手を伸ばす。


「差し出がましいようだが、本当に気を付けろよ主。それにはとんでもない量の念が染み付いておる。不用心に触れれば蝕まれる」


 不用心に触れてしまったが故に、心配になって焔獄鬼が告げれば、神楽は一つしっかりと頷いた。


 仮にも“最強の悪鬼”と謳われる焔獄鬼でさえ、こんな造形品に触れただけでそこまで警戒するのだ。


 何と弱気な事を、とか、何と情けない事を、と一蹴する事こそ不用心というものだと、神楽には分かっている。


 神楽は、帯に差した鉄扇を、そっと握り締めてから、ゆっくりと、刀掛けに、触れた。



 □□□



 ――雷鳴と共に、絶叫が屋敷中に響き渡る。


「ま、待て! 待ってくれ……!! 頼む、どうか、命だけは……!!」


 目の前の侍は、侍としてはかなり情けない様子で後退り、目の前の相手に向かって手を伸ばして必死に命乞いをする。


 床の間に置いてある自分の刀を手にすることさえ、頭に過ぎらない程に。


 彼は今、恐怖に支配されていた。


「――何言ってるの?」


 侍の目の前で抜き身の刀を手にした相手は、にぃっと、不気味に笑った。


 血溜まりとなった畳の上に、素足を晒すその者は、白装束を纏った女、だった。


「だって、貴方達が私に依頼したんでしょう? ちゃんと、人を殺せる刀を寄越せって」


「そ、それは……!」


「ねえ、ちゃんとご覧になりました? もう二十人ですよ。このお屋敷に居た奉公人とか貴方の妻子とか。今日ここに来る前にも町で何度も試し斬りしたのでそれくらいの人数になりますね。何人も何人も斬って、試して、やっと完成したんですよ。貴方達ご所望の、ちゃんと人が殺せて、妖怪も殺せて、刃毀れもしない刀」


「ち、違う! 私が望んだのは、そんな刀じゃ……!!」


 ぺろり。侍の眼前の人物は、刀身を滴る血液を妖しく舐め取る。

 何て見苦しい姿だろう。人の刀を、鈍らだと罵った時は何処までも偉そうだったくせに。


「見て下さいよ、そんなに沢山斬ったのに、この刀、刃毀れ一つしてないんです」


 蝋燭さえ灯っていない室内にあって、その者が掲げた刀は悍ましい程煌めいていた。


「あ、茜! いや、茜殿! これまでの非礼はこの通りお詫びする! だから頼む! どうか、許してくれ……! この通りだ!!」


 恥も外聞も失くした侍は、うっとりとした顔で刀を見つめる相手――自身の刀を打った刀工たる茜に、土下座をした。


「――だから、何を言ってるの?」


 ゆらり。茜が侍との距離を詰める。


「貴方が。貴方達がそういう刀を作れ、って、さも当然のように命令したから。私はこの国の刀工としてそれに従ったまでですよ。ちゃんと殺せるか、刃毀れしないか、なんて、実際斬ってみなきゃ分かんないでしょう」


「っ、……っ!」


「作れって言ったのは貴方達じゃないですか。だから作って持って来たのに。鈍ら刀だって馬鹿にした皆さんの誰もが、そうやって見苦しく意味不明な命乞いされても困りますよ」


 そこで、侍は息を呑んで目を瞠った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ