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昔馴染み

 

「……それで、これからどうする? やはり、早々に町を出立致すか?」


 気を取り直して焔獄鬼が問えば、神楽は手記を眺めながら暫し思案する素振りを見せた。


「あの妖刀の秘密や出自を知ったとて、捜索の手掛かりにはなるまい。それに奴は、恐らく次の器としておぬしを狙っておるし、奴の力が回復してここを嗅ぎ付けられる前に、この町から去った方が良いと我は思うが」


 それにこの町は、妖刀にとって自身を長きに渡り封じ込めた忌まわしい場所。


 神楽が長く留まれば、今度こそ殲滅の口実を与えてしまう。


 こうしている間にも、妖刀は既に繋ぎの宿主を見付けて、神楽の体を奪うべく近くまで来ている可能性もある。


 神楽は手記の表紙をそっと指先で撫でて、一度目を伏せた。


「……そうだな。そうしよう」


「では……」


「だがその前に、もう一度あの土蔵を見に行く」


「……何故(なにゆえ)か?」


「まだ分からぬ事がある。この手記には書かれていないが、あの土蔵の中に残った刀掛けに触れてみれば、分かるかもしれない」


「……その分からぬ事とやらが何かは大体想像が付くが……それを知るのは、妖刀を探すのに必要な事なのか?」


 妖刀や妖刀の生みの親の過去を知ったところで、どうにもならない。


 神楽達に今必要な事、急を要する事は、一刻も早く妖刀を見付け出して破壊する事だけではないのか。


 渋る焔獄鬼に、神楽はそっと手記を抱き締めるようにして抱えて、静かに続ける。


「必要は、ない。確かに、探して粉砕することが私達の一番の目的だから、この手記に書かれている以外の事を知る必要は、ない」


 ならば、と食い付く焔獄鬼に、神楽は「でも」と頭を振った。


 あれが、人間の手によって生み出されたものであるのなら。


「知りたいんだ」


 技を磨き、ただ純粋に、懸命に鉄を打って来た女が、どうして、妖刀を生んでしまったのか。


 それは、手記の内容だけでも、想像出来ることではある、けれど。


 でもここには、彼女の夫の主観と、それによる印象だけで、彼女自身の本質と真実は、分からない。


 知る必要は、ない。


 でも、知りたいと思う。思ってしまう。困った事に。


「これは私の勝手な好奇心だ。だから焔獄鬼は一足先に町を出て、妖刀の捜索を再開してくれても良い。お前の気配は辿れるから、すぐに合流出来る」


「……馬鹿を申せ」


 焔獄鬼はその場に膝を着き、溜息交じりに告げる。


(ぬし)が側を、我が離れると思うてか」


 不敵に笑む彼に、神楽も一つ頷く。


「今日はもう遅い。明日の朝また土蔵へ参ろう」



 □□□



 朱音は近くの飯屋で、食事をがつがつと掻き込んでいた。


 町一番の美人の仕草にしてはかなり行儀が悪いが、その様子があまりに鬼気迫っていたので、普段擦り寄って来る男達も遠巻きに何事かと見つめることしか出来ない。


 ついでに店主に酒も注文していたので、これはいよいよ何があったのかと店内の男衆は半ば絶句した。


「――そんな食い方してっと、体に障るぜ」


 男達が声を掛けられずに狼狽える中、朱音と同じ卓に無遠慮に座って、銚子を置いた男が一人。


 顔を上げるとそれは、朱音とは古くから付き合いのある人物で、所謂幼馴染だった。


「関係ないでしょ」


 気の置けない間柄故か、朱音はつんけんした調子で突っ撥ねる。


 彼は名を(ながれ)と言って、実は密かに直正が朱音の婿にと願う相手であった。


「何をそんなにいきり立ってんだよ。(なん)か腹に据えかねることでもあったのか?」


「関係ないって言ってるでしょ」


「隠すなよ。互いに何歳まで寝小便垂れてたか知ってる仲じゃねえか」


「うっさいわね。こんなとこでそんな話しないでよ、下品ね」


 流の容姿は、はっきり言ってしまえば朱音とは不釣り合いだった。


 かなりの大柄で大飯食らい、酒豪で声も大きいし誰に対しても遠慮とか配慮とかいうものに欠けている。


 髭も濃く、たとえば森の中とかで出くわしたなら、良くて猟師、悪くて山賊に見える。


 家は旅籠を営んでいるが、その風貌のせいで怖がる客も少なくなく、普段は風呂焚きや巻き割り、食材の仕入れなど力仕事や裏方の仕事を主にやっている。


 ちなみに猟もやっている。


 しかし女遊びと博打だけはしないという見た目にそぐわぬ硬派でもあり、遠慮はないがその分気さくな性分で、実は結構面倒見も良く、曲がった事が嫌いという性格故に、町で慕う者は多かった。


 見た目こそ真逆な二人だが、朱音に惚れて玉砕した町の男達は、その二人の仲を見て納得してしまう者も少なくなかった。


 朱音の夫には、彼がなるんだろうな、と自然と思っている。


 だがそんな彼は、男達の敗北感とは裏腹に、唯一朱音には恋愛感情を抱かないのだった。


「まあそう言わず、この昔馴染みにちょっと話してみろよ。話せば多少すっきりするかもしれねえぞ? こんな体に悪い鬱憤の晴らし方じゃなくてよ。直正の兄貴に心配掛けたくねえだろ?」


 朱音と幼馴染の彼は、言うまでもなく直正とも親交が深い。

 彼は子供の頃から直正を兄貴と呼んで、慕っていた。

 直正の名を出されて、朱音は何だか悔しそうな顔になり、そのまま椀をしおしおと下ろした。


「流、あんたさ。好きな人に好きな人がいたらどうする?」


「……は?」


「だから! 好きな人に好きな人がいたら! あんたならどうする? 諦める? それとも略奪とかしちゃう!?」


 唐突に思いもよらないことを大声で身を乗り出しながら詰められて、流は唖然とした。


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