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辻斬り

 

「あ、あの! もし!」


 山賊達と戦った場所から少し離れたところで、突然声を掛けられた。


 背後から聞こえた声に振り向けば、少し痩せた中年の商人と思われる男が二人、息を切らしながら走り寄り、その場に慌てて平伏した。


「あの……私、反物問屋を営んでおります助八(すけはち)という者です。こっちは番頭の寅蔵(とらぞう)です」


 乱れた呼吸のままに、片方が丁寧にそう挨拶をする。

 神楽も一つお辞儀をすると、先程よりずっと柔らかい声で「何か御用でしょうか」と問う。


「無礼とは思いましたが、先程の、山賊達との立ち回りを見ておりました。特にそちらの御方の強さはもう、驚嘆に値します」


「……最中に何となく視線を感じておったが、お前達であったか」


 少々呆れたように焔獄鬼が言えば、助八は慌てて頭を下げる。


「それであの……唐突に大変不躾なお願いなのですが……私共の用心棒を引き受けて頂けないでしょうか?」


「用心棒……?」


「はい。手前どもは、ここから五日程行った宿場町に商いに行くんですが……その宿場の近くで、近頃辻斬りが横行しているという噂を聞きまして……」


 よくある話だな、と神楽は内心で息を零した。


「ここまでの道中に一度違う方に用心棒をお願いしたんですが、この寅蔵めの財布を抜き取って何処かへ逃走してしまいまして……何とか二人だけでここまで来たんですが、町に近付くにつれて辻斬りの噂は絶えず聞こえるようになり、もう一度どなたか用心棒をお引き受け下さる方はいないか、探しておったんです」


 終始低い腰で説明する様子は、大きな不安の裏返しだった。


 こんな得体の知れない男女二人組、山賊を容易く追い払ったくらいで信用するなんて、一度裏切られた経験を踏まえると少々不用心が過ぎる気もするが。


「どうかお願いでございます……! お礼は弾みますので、どうか、手前どもをお守り頂けないでしょうか……!!」


 お願いします! と寅蔵も必死の形相で頭を下げる。


 こういう事は初めてではない。


 神楽と焔獄鬼が旅をするようになってからこっち、既に片手では数え切れない程、人間に何かを乞われて来た。


「分かりました。お引き受け致しましょう」


「ほ、本当でございますか!?」


「但し、礼金は二人分、宿場までの道中、旅籠代もそちらに持って頂くことが条件だ。それでもよろしいですか?」


「勿論でございます! 寅蔵の財布は掏られてしまいましたが、旅費は別に私が管理しておりますので……! ありがとうございます!!」


「……そういう訳だ。暫し付き合え」


「――御意」


 感激し切った様子でお礼を言う二人には聞こえぬように、神楽が焔獄鬼に短く告げる。


 焔獄鬼も短く答えて、二人は商人達と共に宿場町へと向かうこととなった。





 商人達と道中を共にして最初に辿り着いたのは、漁が盛んな港町だった。


 助八は町でもなかなか上等な宿を取り、部屋もきちんと二部屋手配してくれた。


 助八と寅蔵を先に湯浴みに行かせて、焔獄鬼を同行させる。


 焔獄鬼は何処か渋った顔をしていたが、今は神楽と二人、助八達を守る用心棒として雇われている身。


 彼にとっての主君が神楽であろうと、今、あくまで優先されるべきは助八達である。

 そう神楽が目だけで冷ややかに促せば、焔獄鬼は文句を言わず黙って助八達と湯殿へ向かった。


 いい加減慣れて学んで欲しいものである。


 どうも焔獄鬼は、自分達が如何なる状況下にあっても、神楽が守ろうとしているものではなく神楽だけを優先しようとしてしまうから面倒だ。


 ――この身が如何に危険に晒されたとしても、どうとでもなるというのに。


「なあ、おい、聞いたか? 辻斬りの噂」


「ああ。聞いた聞いた。今度はこの先の宿場だって?」


 ふぅ、と溜息を零した時、障子の向こうで若い男二人の話し声が聞こえた。

 神楽は障子を僅かに開けて、二人の会話に耳を傾ける。


「夜道を歩いてたお(たな)の主人と、丁稚(でっち)が殺されたんだとよ」


「その前は、この港町から程近い村一つ皆殺し……マジで怖過ぎるぜ……。役人は何やってんだか……ここは大丈夫なのかねぇ……」


「一応ここは他国からの行商人もたくさん来るし、警備兵が多く配置されてるみたいだが……とても枕を高くしてなんて寝られねえよな……」


 肩を落としながら男達は自分達の部屋へと戻っていく。


 思った以上に辻斬りの被害は甚大のようだった。


 神楽は自身の鉄扇をそっと撫でて、障子を閉めてその場に座り込む。


 時は戦乱の世。戦も、賊も、略奪も凌辱も、虐殺も。決して珍しいことではなく、今こうしている間にもあちこちで起きている。


 それは辻斬りも決して例外ではなくて、神楽が“よくある話だ”と冷めた感想を抱く程度には頻発しているものだ。


 だから今神楽が気にしているのは、起こしているのが人間かそうでないか、くらいの事である。


 凶行――特に虐殺ともなるとどちらがやってもおかしくはない。


 まあ、何が起こしているのだとしても、神楽達がやることは変わらないのだけれど。


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