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そこに遺るもの

 

 □□□



 二人で黙々と山道を歩く。


 今日は天気も曇り空で、いつ雨が降り出してもおかしくない様相なせいか、森の中は昨日よりも薄ら寒くて不気味だった。


 また妖怪が襲ってくるかもしれないな、なんて物騒な事を焔獄鬼はぼんやり思う。 


 例の土蔵を自分も見ておきたい、と神楽が言ったのは今朝方、井戸で顔を洗っている時だった。


 朝餉を食べたら出掛けるから案内しろ、と。


 了解の返事をして、二人で朱音が作った朝餉を食べて、出掛ける支度をして、夕刻までには戻ると直正に伝えて出発して、今である。


 ちら、と後ろを歩く神楽に視線を遣る。


 今日も今日とて神楽は不機嫌だった。


 一見いつもと同じ無表情に見えるけれど、目が明らかに苛立っている。


 朝餉の膳を返しに台所に行って、客間に戻って来た直後は殺気すら感じた気がしたが、気のせいにしたい。


「何だ」


 焔獄鬼の視線に気が付いたのか、神楽が短く問う。

 何でもない、と答えて、焔獄鬼は再び前を向いた。


 それにしても。


 神楽は何故朱音のことがあんなに気に入らないんだろう。


 気を悪くするくらいなら、最初からこの町に立ち寄らなければ良かったのに。


 一番最初、町を挟んだ反対側の山で朱音と会った時、朱音は「助けてもらった礼をしたい」と押し切ったが、そもそもの話、こちらは助けたつもりなど更々なかった訳だし。


 焔獄鬼に至っては彼女がそこにいたことすら気付いてなかったし。


 冷静に考えてみれば、出逢ってから今日まで、朱音が神楽の癇に障るようなことは一切していないように見受けられる。


 普通に客人として礼を尽くしてくれるし、神楽も世話になる身として礼を欠いてはいないし。


 まあ、焔獄鬼に対して馴れ馴れし過ぎるのは難点だが。


 とはいえ、今ここで「何故朱音が気に入らないのだ」と訊いたら、鉄扇で殴られる気がする。

 根拠はないがなんかそんな気がする。


 故に焔獄鬼は、神楽が土蔵を確認したらこの町から立ち去ることを提案するつもりでいる。


 この地にあの妖刀が封印されていたのが事実でも、現物は既に奪われて持ち去られているので、これ以上ここに留まって事態が変わるとは思えないから。


 それで神楽の機嫌が直るかは分からないけれど。


 そんなことを考えつつ歩を進めていたら、目的地まで辿り着いた。


 山の中腹、山道脇に建つ、古びた土蔵。


「……ここ?」


「ああ。中に妖刀が置かれていたのだろう刀掛けがある」


 言いながら焔獄鬼は、土蔵の石階段を上って、戸を開く。


 曇っているから天窓から光は差さず、中は暗い。


 神楽は土蔵の中に入り、刀が安置されていた刀掛けへと近付いた。


「それには触れぬ方が良い。触れればその瞬間、刀から流れ出て染み付いてしまった怨念と憎悪が、己の中に流れ込んで来る」


 昨日の自分がそうだった、という含みを持たせて焔獄鬼が忠告すれば、神楽は一つ頷いて、よく観察するように身を屈めた。


 焔獄鬼の肩の上で、昨日と同じように狛が唸っている。


「妖刀を作った人間について、朱音は何か言っていたか?」


「いや。だが、妖刀の曰くについては、あの家に古い文献があるようなので、もしかするとそこに何か書かれておるやもしれぬ」


 焔獄鬼が答えた後も、神楽はじっと刀掛けを見つめていた。


 暫し神楽は動かない。


 何を考えているのだろう。


 しかしここで何か問い掛けてみたところで、神楽からの返答はないだろう。


 それなりに一緒の時間を過ごした中での経験だ。


 焔獄鬼も彼女の気が済むまで、じっと後ろで待機していた。

 空のどんよりとした雲は時間が経つごとに広がりを見せて、元々暗かった室内を徐々にもっと暗くしていく。


「……人を斬り殺さずにはいられない刀、か」


 不意に、神楽が呟く。

 件の妖刀のことだ。


「作った刀工は、誰をそんなに殺したかったのだろうな」


 そんなことを知る由もないから、焔獄鬼は答えられない。


 焔獄鬼の沈黙を神楽は気にすることなく、静かに立ち上がって踵を返した。


「或いは――“人間”が、心底嫌いだったか」


 人間が嫌いだから、人間を斬り殺す武器を作った、のだろうか。

 神楽は何処かに、何かに思いを馳せるように言う。


「主……?」


 神楽が何を思い、そんなことを考えるのか。


 分からず戸惑いのままに焔獄鬼が神楽の名を呼べば、神楽は「出るぞ」と短く言った。


 神楽が刀工の気持ちを鑑みる意図が掴めなかったが、腕を掴んで追及するようなことでもないかと思い、焔獄鬼も神楽に続く。


 戸を閉めて、自然と焔獄鬼が先に石階段を下りた。


「それで……これからどうするのだ、主?」


 下り切ったところで振り向いて、問う。


 それと同時に、ついに雨が降り出した。


「どう、とは?」


「あの妖刀が元々ここにあった物だということは分かったが、妖刀自体はここにはないのだ。これ以上、この町に留まる必要は、ないと思うのだが」


 やんわりと「もうこの町から出よう」という提案を伝えてみる。


 実際焔獄鬼は、出来ればこの町から早く出て行きたかった。


 最初の「朱音の恩返し」から既に、幾度となく思っては、成り行き上出来なかった。

 神楽が手当てした六郎も回復に向かって、昨日の夕方には家に戻ったと言うし、もういいだろう。


 そして一刻も早く機嫌を直して欲しい。


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