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不死の女妖怪と最強の悪鬼

 

 急に神楽が立ち止まったので、焔獄鬼も立ち止まった。

 が、その理由は立ち止まる寸前に分かっていた。


「へへへ……こりゃ上玉だな」


 お決まりの台詞と共に、茂みの向こうから、或いは木々の向こうから姿を現す、分かり易い様相の小汚い男達。


 つまりは山賊だった。


「こんな別嬪に出くわすとは、今日は運がいいぜ」


 山賊達はこれまた分かり易く得物を抜き、脅すようにそれを手で弄びながら、神楽達との距離を詰める。


 頭目と思われる男が、抜き身の短剣を神楽の眼前でちらつかせて、次いでその腹で彼女の頬をとんとんと軽く叩く。


 脅迫としてはありがちな動作だった。が、非力な若い娘相手ならばそれなりに有効だろう。

 問題は、この山賊の目に、神楽が“非力な若い娘”にしか見えていないということだ。


「どうした? 怖くて声も出せねえか? なーに心配するこたねえぜ。ちょっと俺等の相手してくれるだけでいいんだからよ」


 無表情で黙り込む神楽の様子を、山賊達は自分達の都合の良いように解釈する。

 頭目はそのまま、持っていた短剣を下へ下へと下ろしていき、やがて、神楽の着物の襟元に刃先を滑り込ませた。


「――不用心に、私に触れない方が良いぞ」


 そこで、静かな……緊迫したこの場には酷く不釣り合いな程静かな声が、男の耳に届く。


 それがこの女の声であるということに、一瞬、気付くのが遅れた。


「……は? 何言って……」


 あまりに静かな声は、それ故に男を動揺させるには十分だった。

 そしてその動揺は、またしても男の気付きを遅らせた。


 ――ざしゅ!!


 即ち。男が神楽の襟元に刃を這わせた瞬間。

 場の空気が、変わっていた事への気付きを。


「ぎゃあああああぁあぁあああ!!」


 断末魔は男のものだった。


 彼は悲鳴と共にその場に倒れ込み、右手を押さえてのたうち回っている。


 といっても、正確には右腕、肘から上だ。

 そこから下は――短剣を握ったまま地面に転がっていた。


 他の山賊の仲間達は、今、この一瞬で何が起こったのか、理解出来なかった。


 女が(かしら)に何かを呟いたと思ったら……頭が絶叫を上げて地面に倒れ込んでいた、というのが、目に映ったものの全て。


 山賊達が動揺している間に、神楽は、頭と山賊達を順に見回して、告げる。


「この男は人を斬りはしない。だが、死んではいない程度に痛め付けるくらいの事ならば、躊躇わない」


 自身を守る男の背後で冷ややかに言う神楽に、山賊達の背に悪寒が奔る。


 一見、高飛車な姫が、従者の背後でふんぞり返っているようにも見える光景、ではあったけれど。


 山賊達は誰も、彼女を愚弄するような発言は出来ずにいた。


 何故なら彼女自身もまた――男に負けぬ程に残忍且つ冷酷な目をしていたから。


「っ、何してやがる野郎共! こいつらぶっ殺せ!!」


 怯む彼等を恫喝するように、つい今し方までのたうち回っていた頭目が叫ぶ。

 弾かれたように我に返った山賊達は、誰からとなく神楽達に無策で飛び掛かった。


「――下がれ、(あるじ)


 焔獄鬼は短く言うと、刀を構えて、まず一番身近にいた数人に斬り掛かった。


 肩、目、胴、それぞれに絶妙に深くもなく浅くもない傷を付けて、一人ずつ着実に戦闘不能にしていく。


 更に向かってくる山賊達も、難無く斬り伏せて退ける。


「な、何だこいつ……! 強過ぎる!」


 山賊のうちの一人が怯み切って逃げ腰になる。


 元より焔獄鬼が、こんな山賊達に負けたり傷付けられる訳がない。


 山賊達には二人は風変わりな“姫”と“従者”か何かに見えているかもしれないが、そうではない。


「くそ……!!」


 一人また一人と仲間がやられていく中、隙を突いて一人が駆け出して、焔獄鬼との距離を稼ぐ。


 男の得物は弓だった。


 このままでは手も足も出せず焔獄鬼に殺される。そう恐怖の中で確信した男は、文字通り一矢報いるべく奮起した。


 男は大木の陰に身を顰めて、無理矢理呼吸を落ち着かせて、弓を引く。


 狙いは――焔獄鬼の後方、静観を決め込んでいる神楽。


 不意打ちの、しかも丸腰同然のあの女なら()れる。


 男は浅はかにもそう確信し――無様な笑みを浮かべて、矢を放った。


「な……!」


 恐怖色の声を上げたのは無論、男の方だった。


 放った矢は確かに、神楽目掛けて真っ直ぐ飛んで行った。

 間違いなく彼女の心の臓を射抜く筈だった。


 が――矢は、彼女の体に届く寸前、薙ぎ払われた。


 神楽が手にした、扇によって。


 矢を落とせたということは鉄扇だろうとは察しが付いた。だが、あんな玩具のような武器で、しかも女の一振りで、不意打ちの矢を落とされたことが、男はただただ信じられなかった。


 その信じられない気持ちから、男は負けじと二射目を用意する。


 が。

 矢を番えた、刹那。


 焔獄鬼が眼前に現れた。


 今度は声を上げる間もなかった。

 男は弓矢を破壊されて、両目を斬られてその場に倒れた。


 ものの数分で、この場は男達の苦悶の声で満たされた。

 彼等を冷たく一瞥しながら、焔獄鬼と神楽はそれぞれ刀と鉄扇を納める。


(めい)に従い、誰一人殺してはおらぬが……この後死なぬ保証は出来ぬ」


「構わん。それはその者の生命力の問題だ」


 短い会話を交わして、神楽は早々に踵を返して歩き出す。

 焔獄鬼もまた、自身が倒した山賊達を一瞥して、神楽の後を追う。


 ――知らぬは罪だとよく人は言う。


 が、この山賊達にとっては知らぬこと、そして、知らぬままに二人が去っていったことは、寧ろ幸運だったと言うべきだろう。


 この、何処からどう見ても“人間”にしか見えない二人は。


 妖の心の臓を喰って不老不死の妖となった女妖怪と。

 “最強の悪鬼”として日ノ本に名を刻まれた鬼であるということを。


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