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出逢い

 

 □□□



「朱音、くれぐれも気を付けて。暗くなる前には戻るんだぞ」


「はーい。行って来まーす」


 ほぼ毎日のように交わされる会話。


 本当に兄は妹がいくつになっても過保護で困る。


 まあ、二親を早くに亡くして、兄が妹の親代わりでもあったから、仕方がないのかもしれないけれど。


 内心呆れつつも苦笑しながら、妹である朱音(あかね)は大きな籠を背負って家を出た。


 今日は薬草を採りに行く。


 医者である兄、直正(なおまさ)の商売道具だ。


 採って来た薬草を煎じて薬を作り、病人や怪我人の治療に役立てる。


 朱音は医術はあまり身に付かなかったが、草の見分け方を覚えるのは何故か得意だった。


 町を歩いていると、老若男女問わず住人達から声を掛けられる。


 大体が兄に治療を受けた患者達で、兄に礼を伝えてくれというような声が多い。


 何だかんだ言って兄を敬愛する朱音は、いつも掛けられる兄への感謝の言葉が自分の事のように嬉しい。


 今日は天気も良いし、朱音は何故か、今日は良い事があるような予感を抱いて、いつも薬草を採る森へと入って行った。


 森の中は町の喧騒からは遠く、何処となく薄ら悲しい。


 小さい頃は兄にくっついて、森で山菜や薬草を採ったり、時には木に登って遊んだりした。


 年齢的にもう遊び場として足を踏み入れることはなくなったけれど、この森は自分の庭のようなもの。


 どの季節にどんな薬草が生え、花が咲くか、知っている。


 だから朱音は、迷いなく、淀みない足取りで、目当ての薬草が生えている場所へと歩を進めた。


 直正に頼まれた分と、昨夜薬草の保管棚を確認して少なくなっている分。


 季節柄あまり生えていない物もある。


 躊躇わず土に手を入れ、慎重に、着実に薬草を摘んでいく。


「医者の助手というより飯屋の看板娘か料亭の女中が似合う」と、時折町の男達に噂される自分。


 正直、自分でも町一番の美人は私だと思ってる。


 周りの女の子が皆不細工だということではなく、可愛い子達の中で自分が一番だという自信。


 そんな自分が毎日のように土に塗れ、(あかぎれ)を作り、荒れ放題の手で水仕事や炊事、直正の手伝いをしている。


 でもそれを欠点だとは思っていない。


 女の子なら当たり前にやっていること、当たり前になること、それを「その手じゃ台無し」と言うような男がいるならこっちから願い下げだ。


 一通り採り終えると、籠は半分くらいになった。

 今日の所はこんなものだろう。


 ついでに山菜も採って帰ろうか。食材が少し少なくなってきているし。


 そう思いながら手に付いた土を、パンパンと叩きながら落としていると。


 ――がさ。


 突然、目の前の茂みが揺れた。

 静かな場所で、風もなく揺れた茂み。条件反射的にびくっと朱音が肩を揺らせば。


「……え……」


 無意識に、小さな、声を、上げた。



 □□□



 人間の女が、呆けた顔で神楽を見上げている。


 歳の頃は神楽と同じくらいだろう。

 同性の神楽から見てもかなりの美人だ。


 ちらりと隣に置いてある籠を見遣れば、薬草が半分くらいの量入っている。


 更に視線を這わせれば、ここには薬草が多く生えているようだった。


 草と、薬の匂い。

 何処か懐かしく――少しだけ、痛みを覚える匂いだった。


 が、今は、そんなことに心を囚われている場合ではない。


「あ、あの……」


 女が少々間の抜けた声を上げる。


 その時。


 女の背後に、一瞬で妖気が出現する。


 そいつは土の中から這い出て来た。


 真っ黒な体をした一つ目の妖怪だった。口からは不気味な舌がにょろりと出ている。


 何の形、とはっきり断言出来ない姿形、人語を喋らぬ口。

 言うまでもなくかなりの低級だが、人間にしてみればそんなことは分からない。


 目の前の女は、恐怖の余り悲鳴を上げ、半ば腰を抜かして後退る。


 神楽が何であるかさえ分からない妖怪は、二人をただの獲物にしか見えていないだろう。


 耳障りな咆哮は歓声だろうか。


 黒い体を更に大きく広げて、妖怪はまず人間の女に襲い掛かろうとする。


 が、次の瞬間。


 その黒い妖怪は綺麗に縦に両断された。


 歓声は一瞬で悲鳴に。


 真っ二つになった体が地面に落ちるより先に、黒い体は砂塵となって消えた。


 その向こうに立っていたのは、抜き身の刀を手にした焔獄鬼。


「――主、この辺りには見当たらなんだぞ」


「そのようだな。今の妖怪以外に妖気も邪気も感じないし、ここは外れだったらしい」


 まるで何事もなかったかのように、焔獄鬼は刀を鞘に納めながら言う。


 神楽も呆ける女に見向きもせず、焔獄鬼の方へ歩み寄る。


 二人にとって、雑魚妖怪を一刀のもとに斃したことなど、地面に落ちている石ころを歩行の途中で蹴飛ばしたくらいのものでしかない。


 焔獄鬼の肩に乗っている狛も、終始別段怯えた様子も見せず、欠伸さえ零す程だった。


 神楽と焔獄鬼は、妖刀の行方を追っていた。


 襲われた町で対峙して以降、その気配は(よう)として知れず、何処ぞの町や村に出没したというような噂も聞かなくなってしまっていた。


 先の戦いでの消耗が殊の外大きく動けずいるのか、単に、自身の手足となる器が見付からないのか。


「次は何処へ参る?」


「そうだな……」


 焔獄鬼に問われて神楽が片手を顎に添えて考える素振りを見せる。


「――あ、あの!」


 その時不意に、神楽の背後から女が声を上げた。


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