第9話 安寧の地、募集中。
「なっにすんだステラぁ!? そんなに俺と一緒に寝たいんですかぁ!? ——あれ?」
飛び起きると、そこは俺の部屋ではなかった。
日本に戻ってきたという認識から、俺の夢だった? だったらここはまだ異世界?
——違う。
ここは何もない、まっさらな空間。
異世界転移魔法の研究中に何度か閉じ込められそうになった時空の狭間に少し似ていた。
「やっと起きたか。寝坊助め」
「あん?」
ふと声の方向を振り向けば、そこには素っ裸の幼女がいた。
いや、裸だとは思うのだが、どうにもモザイクがかかっているみたいに判然としない。これも認識阻害の魔法の類だろうか。
幼女の右手には大きなハリセンのようなモノが握られていた。あれで叩かれたらしい。
「……誰? あんた」
「神である」
「紙? ペーパー? 新手の自虐か?」
まぁ、紙のように真っ平な身体をしておられる。あの星奈でももう少し膨らみがあるぞ。知らんけど。
「ちっがーう!」
幼女は地団駄を踏んで癇癪を起こす。
「神! 神さま! あいむゴッデス!」
「おお、その神か!」
なんだ神さまか〜。んなわけねぇだろ、とは思いつつも話を合わせることにする。
「か〜み〜さ〜ま〜」
いかにも信仰してますって感じで頭を垂れてみた。
自称神さまは鼻の穴を大きくしてムフフと嬉しそうにニヤける。ちょろい。
しばらくおだてた後、本題に入った。
「で、その神さまが俺に何の用?」
神とは信じないが、この現実とは思えない異様な空間に現れた謎の幼女。ロクなことである気がしない。
「白髪赤目の魔女についてだ」
「…………いったい何を言っているやら?」
「たわけ。誤魔化すな。神は全てわかっている」
神さまは威厳を感じる瞳で俺を見下すように射抜く。
「まったく、お主がただ帰ってくるだけであるならば賞賛さえしたものを。余計なモノまで連れてきおって」
「星奈を連れてきたことに何か問題が?」
「これから起こるやも知れぬ問題を憂いている」
まぁ、あれだけ自由に魔法を使える人間が現代日本に存在するなんて脅威でしかないからな。やろうと思えば、なんだって出来てしまうのだろう。
それこそ、世界を滅ぼすことだって。
「あの魔女がもしもこの世界にとっての害となるならば——」
「……しませんよ」
「——なんだって?」
俺はハッキリと言う。
「……あいつは、何もしませんよ」
「どうしてそう云い切れる」
「さぁ、知らね」
「いい加減な奴だ」
神さまは呆れた様子で嘆息する。
「そうですね」
だから俺は少しだけ考えて、言葉を探した。
「でも、星奈は俺にとって、5年一緒に冒険した仲間であり、一緒に転移してきた言わば共犯者であり、これから家族になる予定の女の子なんで。一応、味方はした方がいいかと」
5年って意外と長いもので。あんなんでも愛着は湧くのだ。
その上で、俺には、彼女に支払うべき責任があるのだから。
この意思は、譲っちゃいけないと思った。
「——いいだろう」
神さまは長い沈黙の後、そう言った。
「え? え? いいの? マジで? ぶっちゃけ消せるなら消した方がいいと思うよ? 星奈ちゃん危険よ?」
なんたってもう漢字を書けるようになったんだから! 星奈って! すごいでしょ!? うちの子ってやっぱり天才!?
「さっきと言っていることが全然違うではないか! なんなのだ! 本当にいい加減なやつだな! いい加減で、変なやつだ……!」
「そりゃどうもです」
「……たまに魔女のことを聞きにくる。お主はキッチリかっちりと魔女を見張るように」
「あいあい」
「……あと、いくつかの面倒事は神パワーで処理しておいてやろう」
「おー。うん? 面倒事?」
「5年前の詫びとでも思っておくがいい」
「は? いや続けざまに意味不明なこと言うんじゃ————」
突如視界が白く光って、神さまが見えなくなっていく。
そして気づいた時には……
「————ねぇ……って、あれ?」
部屋のベッドに寝ていた。
「……夢?」
夢ではない。なぜかそんな確信があった。
横を見れば星奈が敷布団で静かな寝息を立てている。
なんとなく俺は彼女の方へ寄っていくと、その美しい白髪の頭を撫でていた。
「天才魔女っ子はどこの世界に行っても大変なんだなぁ」
現代日本でさえも星奈にとっての安寧の地であるとは、まだ、言えないらしい。
そして俺には厄介事が押し付けられるらしい。
星奈の過去に、神さまのお相手。俺の夜って忙しい。
これがリア充ってやつなのだろうか。