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第8話 魔法使いは星を夢む。

 気がついた時には夜が更けていた。

 夕食は外で食べることになり、自家用車へと乗り込む。

 

「ご、ごめんよぉ母さぁん……俺がビール飲んじゃったからぁ……」

「いいのよこんな日くらい。私に任せて」

「うぉぉ紗奈ぁぁぁ愛してるぅぅぅ」

 

 すでに酔っ払いな父に代わって運転は母が務めるらしい。運転が苦手な母だが、今日ばかりは乗り気だった。でもイチャイチャすな。

 

「ステラ、シートベルトしろよ」

 

 こちらは後部座席に並んで座っていた。

 

「……? ああ、これですか」

 

 シートベルトを付けて実演して見せると、すぐに得心がいったステラが自分の座席のシートベルトを掴む。

 

「そ。事故らないとも限らないからな」

「……事故。あれだけクルマが走っているのですから、道理ですね」

 

 言いながらカチッとシートベルトをはめるステラ。

 

「もし何かあっても、私が守りますけどね」

 

 なんとも頼れる家族が増えたものである。

 

「ところで、お兄ちゃん?」

 

 ステラは白髪を揺らして俺の顔を覗き込んできた。

 

「兄様?」

「……………………」

「にぃに?」

「……………………後生ですからやめてください」

 

 怖気が走るとはこのことを言うのだろう。鳥肌が止まらなかった。

 

「まぁ、アスタはアスタですしね。兄と呼ぶにはあまりに頼りないです」

「お、おう……」

 

 それはそれで少々蟠るものがあるな。

 

「そんなことより、アスタ」

 

 ステラはシートベルトをグイッと伸ばして俺の元へ身を寄せてくる。

 

「違うでしょう?」

「は……? なんのことだ……?」

「名前」

「あっ……もしかして俺、ステラって言ってた?」

「言ってました。ぷんすか」

 

 なんだその怒り方。べつに可愛くねーぞ。

 

「ちゃんと呼んでください」

「お、おう……え、えーと」

 

 先ほどまでの家族会議によって決まったその慣れない名前を、おれは記憶の中から手繰り寄せる。

 

星奈(せな)

 

「……はい。星奈ちゃんです」

 

 ステラ——星奈は心底嬉しそうに微笑んで、座席に身体を戻した。

 

 藤宮(ふじみや)星奈(せな)

 それが新しい家族の名前だ。

 

 彼女が好きだと言う「星」。そして母の名前である紗奈から一文字もらった形だ。

 ちなみに俺の案である「魔子」と父の案「白子」は一刀両断で却下された。男衆にはネーミングセンスがないらしい。

 

「しっかしどうして名前を変えるなんて言い出したんだ?」

「ステラは嫌味なクソババアに付けられた忌み名ですので。名乗り続ける義理も意味もないかと」

 

 なんだか気になるワードばかり出てくる。聞いてみようかとも思ったが、どうせ夢で見ることになるだろうからやめた。

 

「それにしてはけっこう気に入ってなかったか?」

 

 ステラちゃんステラちゃんと事あるごとに言っていたし。

 

「まぁ、響きは悪くなかったので。星奈ちゃんには敵いませんが」

 

 今の名前の方が大変お気に入りのようだ。

 俺だって、当分呼び間違えそうになるであろうこと以外に文句はなかった。

 

 そうこうしているうちに、車は発進する。

 

「……ま、何はともあれよかったな、星奈」

 

 なんとはなしにそんなことを呟く。

 

 よし、間違わずに言えた。完璧。

 名前を呼んでもらえて星奈も喜んでいることだろう。

 

「……………………」

 

 しかしリアクションなし。聞こえていない。なんだこの妹。蹴飛ばしてやりたい。いつかワカラセてやらないと。

 

「……何やってんだ?」

 

 見れば星奈の手には小さなメモ帳とボールペン。なにやらセッセと手を動かして、何かを書いていた。

 

 首を伸ばしてその手元を覗き込む。

 

「なんじゃこれ、ミミズ?」

「ぶち殺すぞ、凡才」

「えぇぇーーー、いきなりガチで怖い。ガチギレすぎる……」

 

 俺の胸を射抜かんばかりの赤目に恐怖を感じながらもメモをよくよく見てみれば、それが文字を繰り返し書いているものだとわかった。

 

「もしかして、名前か?」

 

 そのミミズはぼんやりと「星奈」という漢字の羅列のように見える。

 

「ふん。やっとわかっても遅いです。おそアスタ。ぷんすか」

「そのぷんすかやめない?」

 

 そのうち腹パンしたくなる。と、まぁそんなことは置いておくとして。

 

「ちょっと貸してみ」

 

 星奈の手からメモ帳とボールペンを奪い取る。

 

「まず、星な」

 

 俺は星奈に漢字の講義を始める。

 簡単な漢字で助かった……と思いつつ俺は天才星奈ちゃんに物を教える優越感に浸るのだった。

 

 

 しばらくして辿り着いたのは、近場ではちょっとお高めなレストラン。

 

 昔何度か来た覚えがある。

 

 ピザや駅弁も悪くなかったが、俺にとっては郷愁すら感じるような味で、少し感激した。

 もっとも星奈の方はそれ以上の感動を覚えていたようで、口の周りをべちゃべちゃにしながら絶賛し尽くしていたが。

 

 家に帰って久方ぶりの風呂に入った後は、疲れもあってすぐ寝ることにした。

 これからのことは明日からまた考えよう。

 

「どうしてアスタと一緒の部屋なのでしょうか」

 

 ふかふかの布団に入り込んだ星奈は不満そうに訴える。

 

「そりゃあ俺たちが恋人同士という設定だからだろう」

 

「ちっ。今からでもドッキリということにしてきましょうか」

 

「やめとけやめとけ」

 

 後処理するのはどうせ俺だし、なんかもう全部面倒くさい。

 

「つーか星奈ちゃんさぁ、昨日と言ってること違くない?」

 

 昨夜はあんなにしおらしく——いや、しおらしくはねぇな——俺と一緒の部屋が良いと懇願してきたというのに。

 

「昨日は昨日。今日は今日。成長期ですから」

 

「…………ん、いっぱい食べて大きくなれよ……」

 

「……? はい、もちろんです」

 

 とりあえずその不健康ガリガリなカラダはなんとかして欲しいものだ。

 

 そんな相変わらずのおバカな会話をしながら、俺たちは眠りについた。

 

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 

「……ぃ!」

 

 

 眠りを妨げるノイズが聞こえる。うるせぇな。5年ぶりの我が家の快眠を邪魔するな。

 

「……おい! 起きろ!」

 

 そのノイズはどんどんハッキリと、明瞭なモノとなってきて。

 

「起きろと言っているだろう! この、無礼者!」

 

 スパーンという脳天を叩かれた音と同時に俺の意識は覚醒させられた。

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