第5話 5年の空白で焼く脳は美味いか?
俺にとっては全てが昨日のことのよう。
異世界から戻って来た理由。
色々と御託を並べたとしても、結局はそのたった一つにたどり着くのだろう。
「っ…………」
声のした方へ振り返る。
夕焼けに照らされた影が、こちらに長く長く伸びていた。俺の視線はゆっくりと上がっていき、栗色髪の女性を捉える。視線が交差する。
瞬間、5年という年月の長さを知る。
「どこ、行ってたの…………?」
何も言えない俺に、彼女が問いかけた。
ふらふらと、一歩、一歩、こちらへ歩み寄る。呼応するように、俺もまた踏み出した。
「……ぁ…………俺、俺、は……っ」
ああ。ダメだダメだダメだ。言葉が何も、出でこない。5年間思い描いてきた言葉がぜんぶ消し飛んでしまっていた。
「あすくん」
「……っ、つき、ひ」
なんとかその名を呼んで応える。
まるでそれが後押ししてくれたみたいに、俺は言葉を吐き出そうとした。
再会の挨拶とか色々すっ飛ばしちゃうけど。でも、5年前に、言うはずだったコト。
「お、俺、おまえのことが————!!」
それを伝えるために、俺は還ってきたんだから……。
「————おい」
は…………?
突如、俺と彼女、月妃の間に壁ができる。いや、長身の男が立ちはだかったのだ。
どこから出てきた? 俺が見えてなかっただけ?
いやいや、そんなことより。
「…………だれ?」
「月妃の彼氏だけど。俺の彼女になんか用?」
ノッポで目隠れの男は平然とそう答えた。
なに?これ?
意味がわからない。わかってしまったら、俺の人生は終わる。少なくともこの5年の全てはゴミになる。知らない知らない知らない。
肉壁の背後をそっと覗き込む。
月妃は、俺の幼馴染はなんとも言えない表情で固まっていた。何か言おうとして口をパクパクさせて、でも、何も言わなかった。否定しなかった。
「……あぁ、は、ハハ。そ、ソデスカ。かれぴ、デスカぁ。アハハハハハハハ———————ゴフッッ」
俺はその場に血反吐を撒いて倒れ込む。脳が焼き切れるみたいに熱かった。
これが、脳破壊ってやつかぁ……そっかぁ……。
「え。ちょ、アスタ? 大丈夫ですか……!?」
傍観していたステラがいち早く反応して俺を支えてくれる。
「あーヤバい。ヤバいですよこれ。マジで死にます。ショック死? クソザコすぎませんか。ザコオスすぎませんか。やばいですね⭐︎」
薄れゆく意識の中、イラッ⭐︎とする。
「月妃、行くぞ」
「で、でもアスくんが」
「月妃は俺の彼女だろ」
「そ、そうだけど、でも……」
「あいつにだってちゃんと、いるみたいじゃないか」
ちらりと俺たちに視線を寄越す男。それでも月妃は躊躇うようすを見せたが、やがて少し悲しそうに瞳を伏せると男に肩を抱かれて遠ざかっていった。
「どーしましょどーしましょ。このままだと可愛い可愛いステラちゃんが異世界にボッチで取り残されてしまいます。可哀想なステラちゃん。この世界でもパパ活でひもじさを紛らわしながら何の意味も意義もなく生きるのでしょうか。えーんえーん」
「も……ダメ。ガクッ」
残念!
アスタの冒険はここで終わってしまった!
「あ、回復魔法」
生き返った。
「もっと早くしてくれよ!?」
「てへぺろ」
立ち上がって叫ぶと、ステラはわざとらしく舌を出した。
「ちなみに死んでませんでしたよ。倒れたのはただの現実逃避。甘えですね。ぷぷぷ」
「グサグサ刺してくるのやめろよぉ……」
ステラの回復魔法はメンタルにも効き目があるらしい。お惚けた態度には非常に腹が立ったが、正直かなり感謝だ。これで何とか動ける。
とりあえず、今さっき起こったことは忘れよう。
「それにしても、あれがアスタの意中のお人ですかぁ。実際に見るとさらに可愛かったですねぇ。ステラちゃんの次に可愛かったで賞をあげたいです」
まったく忘れさせてくれる気ないわ。魔女め。
「ご愁傷様です、アスタ」
「ニヤニヤすんな。殺すぞ」
「わーお。ガチの殺意。お口チャック」
俺なんか敵ではないから、ステラの余裕は消えることがない。
「つーかどこまで知ってんだよ」
「さぁ? アスタが見たのと同じくらいじゃないですか? 毎日楽しみですねぇ。もっとも、私の過去には楽しいことなんてないでしょうけれど」
「やっぱりそういうことか……」
俺が見ているんだから、ステラも見ている。
同時に転移した影響か何か知らないが、俺たちは繋がっているらしい。
「はぁ…………〜〜。死にてぇ」
「よかったですねぇ。私と同じになれて」
「さらっと重いんだよ」
あの夢のせいで笑えない。
「いやですねぇステラちゃんは羽のように軽い女の子ですよ」
「そりゃ骨張るくらいガリガリですもんね」
「メンヘラヘラリ〜」
どんなに辛くても、死にたくなっても、人生はそこに続いているし、仕方ないから生きてみるしかない、か。
隣にいる少女のせいで、俺は甘えや弱さを許されないのだ。
「帰るか。今度こそ」
「はい帰りましょう。私たちのお家に」
おまえの家じゃねぇよ。
居候予定の魔女め。
ふと、笑みが漏れる。ステラは俺を見てキモッと笑った。
いつも以上にふざけているステラの様子がやっぱり少しだけ、有り難かった。
初恋は実らない。
帰還してから最初の学びがそれとは、さすがに厳しすぎやしませんかね、神さま。
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