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第2話 目覚め。パンツの故郷、日本。

 かつて、人類を裏切り魔物を率いて町々へ進軍したとされる白髪赤目の魔女。

 たとえどれだけの時が経とうとも、彼女が生んだ悲劇を、苦しみを、憎しみを、人間が忘れることはないだろう。

 それは延々と語り継がれる、災厄の歴史——。


 

◇◆◇



「ここは……?」


 気がつくと、真っ暗な空間にいた。

 音もなく、無風だ。

 どうやら屋内であるらしい。


 どうしたものかと思っていると、隣でホワッと明かりが灯った。


 ステラの赤い瞳と視線が交差する。長い白髪が魔力を纏って揺れていた。


「これで見えますね」

「お、おお……」


 そういえば俺は1人ではないのだった。

 というか、ここは日本のはずだが普通に魔法を使っていやがる。

 俺も試してみるが火の粉ひとつ出せない。当然だ。俺には元から魔力がないのだから……。


 ステラの光魔法を頼りに周囲を見渡す。


「こりゃあ……縫製工場ってやつだな」


 パンツを媒介としたからだろうか。所縁ある場所に転移したらしい。

 

 学校の家庭科室をもっと専門的にしたような感じ。至る所にミシンがある。

 あまり見慣れた光景ではないが、異世界ではあり得ないことも確かだ。

 転移は成功したと考えていいだろう。


「ほーせい? こーじょー?」

「俺のパンツ作ってくれたとこってこと」

「……なんかちょっと気持ち悪い。燃やしますね」

「やめいっ」


 判断が早い! ひどい!

 俺のパンツの故郷を奪わないでおくれ。5年の異世界旅行を共にした親友なんだ。

 俺は床に落ちていたパンツを丁重に回収して歩き出す。


「とりあえず出口を探す。あと認識阻害を頼む」

「ここは危険なのですか?」

「人に見つかると何かと面倒なんだよ」

「あいあいさ〜」


 ステラが全身に魔力を振りまく。俺からすると何の変化もないように見えるが、これで他人からは俺たちを視認できないはずだ。

 暗くて人気がないってことは休業日か、終業後の夜中なんだろうが、バレたら完全に不法侵入だからその対策である。


「お。あった、けど……」


 しばらく進むと出入り口らしき扉を見つけた。


「まぁ、ロックがかかってるわな」


 脇にあるリーダーを見るに、カードキーで開閉する仕組みのようだった。


「ステラ、鍵開け」

「む……私は盗賊ではないのですが」

「そう言わずに。天才のステラちゃんにしかできないんだ」

「ふむ。まぁ、仕方ないですね。天才ゆえ、盗賊用の下賤な魔法さえ扱えてしまう私が罪な女なのです。がちゃり」


 間の抜けたボイスと共に扉が開いた。


 機械的な仕組みに対しても魔法って通用するんだなぁ。現代無双確定しちゃってるよ。


「ふふーん」


「さんきゅーステラちゃん」


「むふふふふ」


 とりあえずお礼を言っておだてつつ先へ進むと、すぐに外へ出ることができた。


「ふぅ」


 予想通り、無数の星が煌めく深夜だ。

 周りにはボロいアパートとか別の工場とか、いくつかの建物、田園などが見える。


 完全に工業地帯だ。しかし、俺の知っている日本の風景。

 思わず胸を撫で下ろしてしまった。


「ここがアスタの世界ですか」


 ステラは興味深そうにキョロキョロして白髪を揺らす。


「なんだか寂れてますね」

「ま、田舎だな。街を目指そう」


 こんなところにいてもどうしようもない。


「はいはい。了解ですよっと」

「あ、おい?」

「なんですか?」


 ステラは素知らぬ顔で、ふわふわと宙に浮かぶ。


「あ、ごめんなさーい。凡才のアスタは飛べないんでしたね。てへ、ステラちゃんたら、うっかりさ〜ん」


「わざとすぎてもはや怒りも湧かんわ。てか飛ぶのやめろ。フライングヒューマノイドとして明日の新聞の一面を飾ってしまう」


 しかも憎たらしいほどの美少女というオマケつき。


「まだ認識阻害してますから大丈夫ですよ?」

「……そうでしたね」


 なんだよ。俺を置いて行く気かよ。

 まぁ転移ができた以上、もう一緒にいる理由もないと言われたらそうなのだが……。

 

 さようなら災厄の魔女改め、天才魔法少女。せいぜい日本人の優しさに震えるがいい。


「ん、しょっこらせっと」

「は? ちょ、え……っ!?」


 浮遊したステラは俺の背後を取って腕を回し、俺を抱きかかえた。


 誠に遺憾すぎることにお姫様抱っこだ。


「な、なんだよこれ……!?」

「はいはい大人しくしてくださいね〜、アスタ姫〜」

「姫じゃないが!? 歴とした男なんだが!?」

「ふっ。弱いオスなんてメス堕ちした方が幸せというものでしょう。いいんですよ、私に甘えて。アスタちゃん?」

「くっ。うぉぉ、放せ……っ!? 放せコラぁ……!」


 俺はステラの腕の中で暴れる。しかし筋力上昇の魔法でもかけているのだろう。ビクともしなかった。やがて疲れ果てた俺は諦めるしかない。というか空高く浮かんだこの状況で逃げるすべなどない。手を放されたら死ぬ。


「さて、ようやく可愛くなってくれたところで。どちらまで行かれますか、姫?」


「……とりあえず、東だな。あっちの明るい方へ行ってみよう」


「はーい。出発おしんこ〜」


「……テンション高いなぁ」


「こう見えてぶち上げてますよん。うぜぇ勇者共がいない世界ってサイコ〜」


 勇者か……俺にとっては異世界で最初にできた友人なのだけれど。ステラにとっては、悪夢のような生活の象徴でもある。


「……それにしても、星が美しいですね」


 ステラは、ほわぁっと感嘆を漏らす。


 上空から見る星々はいつもよりちょっと近く感じて、形容し難いほどの煌めきに満ちていた。


 星もきっと、俺たちの——いや、ステラの門出を祝福してくれていることだろう。

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