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浮気調査です

ハミングバード相談事務所にバイトとして入って半月。

初日の衝撃が嘘のように事務仕事を淡々とこなしている。


「さやかちゃんは物覚えがいいのう! わしなんて忘れていく一方だからうらやましい」


今年で93になるらしい田中さんは震える指で事務のやり方を教えてくれる。

93でパソコンとかどれだけ扱えるのだろうかと疑問に思った自分が恥ずかしいほど田中さんは仕事ができるおじいちゃんだった。


「ほれここでVLOOKUP関数を使うと簡単に値段が表示されるじゃろう?」


「はあ、エクセルとか使ったことありませんでした。勉強になります」


主に請求書作成や報告書などを作る手伝いが私の仕事だ。

あと最近徘徊や幻覚がたびたび起こる田中さんのサポートも兼ねている。


また社長に頼まれてお使いに行ったり、夏樹さんがコピー機でお金をコピーしようとしてるのを止めたりもしている。

そんな穏やかで人間関係にも恵まれた職場だが不満がひとつだけある。


蜂鳥さんとなかなか会えないのだ。


蜂鳥さんは私と同じバイトなのだが、いわゆる外仕事を担当しているらしく大抵どこかに外出している。

しかも毎回なんだかやばそうな感じで帰ってくる。


ある時は全身びしょぬれでところどころに海草がくっついてたし、ある時はペンキだらけだった。

本人や社長達はとくに動揺していないところを見るとこれが通常営業らしい。

そんなぼろぼろの格好でも気さくに話しかけてくれるが、声色はつねに幼女だ。あと無表情だ。

社長曰く、「秋君は別の声を出す時それに集中しているから無表情になっちゃうのよ」ということらしい。


それで常に無表情なのか。

というか地声で話してくれればいいのに。




そんな風にボイスレコーダーを構えつつ悶々としていたある日。

社長と夏樹さんと蜂鳥さんがなにやら話しこんでいるなあと思っていたら、急に社長がツカツカと寄ってきて仰った。


「さやかちゃん、遊園地行きたくない?」


あ、たぶんこれ断れないやつだ。

社長のくっきりした微笑みを見て私は確信した。



『さっちゃん、保険とか入ってる?』


「なんでですか…すごく嫌な予感がします」


社長から仕事の説明を受けた後、蜂鳥さんは少し心配そうに聞いてきた。

ちなみに今回の仕事は浮気調査らしい。

調査とは言ってももう完璧にクロだとはわかっていて、その証拠の写真を撮ればよいとのこと。


「明日ターゲットの福丸氏は愛人と遊園地に行くの。遊園地でいちゃいちゃしている写真とその後ホテルに入っていく写真を撮れればオッケーよ」


『さっちゃんが居てくれると遊園地で写真を撮りやすいのよ☆男が一人で遊園地に来て風景撮ってるふりして盗撮するより彼女の写真撮ってるふりして盗撮する方が自然でしょ?』


「盗撮…」


「問題は千秋がデートなんてしたことないから自然にふるまえるかどうかだね」


夏樹さんがにこにこしながらサラリとひどいことを言っている。


『…お兄ちゃんなんて大嫌い』


蜂鳥さん本体の目がうつろだ。


「遊園地だったら人目があるから地声で喋るしかないですね」


うつろな蜂鳥さんの表情がひきつる。


『さっちゃんこわい…』


依頼日までに言ってもらいたいセリフをさりげなく言わせる会話を考えておかないといけない。「ものどもであえ!」はどういうシチュエーションなら言ってくれるだろう。






そんなことをつらつらと考えているうちに仕事当日。


『さっちゃんおはよう!デート日和ね♪』


さわやかな空の下、今日も幼女声でユキちゃんを操る存在感の希薄な蜂鳥さん。


「おはようございます蜂鳥さん、彼女を撮るためのカメラとは思えない望遠レンズですね。小振りなバズーカかと思いました」


『やあね!バズーカはさすがに持ってきてないわバズーカは★』


蜂鳥さんは野生動物とか撮りそうな馬鹿でかい望遠レンズのカメラを首からさげている。

『バズーカは』と言ったのが妙に気にかかる。まるで他の火器なら持って来ていそう言い回しだ。

そしてなによりも


「どうでもいいですがデートのフリなのに無表情とかやめてください。そして地声で喋ってください」


というかなぜ今回もユキちゃん人形を左手に装着しているのかと。


『いやん』


蜂鳥さんの表情が微妙にひきつる。


「怖がらなくても大丈夫です。いくら私でも仕事中に我を忘れて興奮したりしません」


冷静に伝えると蜂鳥さんは少しだけ逡巡しながら口をひらいた。


「…ほんとうに?」


鼓膜っ!脳髄いいいいぴゃあああああああ!!


『さっちゃん!!よだれ!よだれたれてっそして近い!!こわい!』


残念なことに理性を保てなかった為『無口な恋人とデート』という設定になった。



「残念すぎる…」


『残念なのはこっちよ!!せっかく女子高生と遊園地デートなのに普通に喋ると発狂されるとかどんなプレイよおおお!』


器用に幼女の小声でぶつぶつ文句を言う蜂鳥さん。

女子高生といっても残念ながら私だ。平坦な身体に可愛らしさとは無縁の性格、よく「怒ってる?」と言われる愛想のない顔。誇れるところは成績の良さだけだ。


「ずっと地声で喋っていてくださればそのうち慣れてくるとは思います」



土曜日の遊園地はそれなりに混んでいるが、さして流行っている場所ではないのでどちらかというと家族連れが多い。

私達は今回のターゲット「会社経営・福丸氏(52)」を探すべくふらふらと園内を散策中だ。


「レトロなかんじの遊園地ですね」


「そうだね、園内もそんなに広くないから探しやすそうでよかった」


ゴガっ



地面に顔面からダイブしてしまったため『喉を痛めて声が出ない恋人とデート』という設定になった。


擦りむいてしまったおでこに絆創膏を貼ってもらい、地声でしゃべる時は壁ドン状態で私の動きを制御してからにするという約束をかわした数分後。

福丸氏(52)を発見した。









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