お月さまのすべりだい
眠れない夜には、お月さまと遊ぼう。
眠れないぽぽちゃんは、ぬいぐるみのしろくまのフラウを抱っこして、窓の外をのぞきました。
空には、まんまるのお月さまが、 ぺかぺかひかっています。
「お月さま、明るいねえ、ねえフラウ」
「おいしそうねえ、ぽぽちゃん」
フラウは、ぽわぽわの手を縫い目がほどけて無くなってしまった口元に当てて、じゅるり、と舌なめずりをしました。
「ええ?食べちゃダメだよう」
「でも、ほら、おうどんみたいだよ」
「へ?」
フラウが指した先を見上げると、お月さまがくるりとひっくり返ってもじゃもじゃのうねうねの、おうどんをまるめた毛糸玉みたいな姿を見せていたところでした。
「ねっ、おいしそうでしょお」
「うん、そうかも」
おうどんは、ぽぽちゃんだって大好きです。思わずお口にこぶしを当てて……じゅるり。
と、そのとたん、お月さまはするするとほどけ始めたではありませんか。
「フラウ、たいへん!おいしそうなんて言ったから、お月さまが逃げ出したのかも!」
「えええ、どうしよう、ぽぽちゃん。食べないよって言いに行こうか」
「どうしよう」
すると、するするする、とほどけたお月さまの糸が、ふたりのところまで、降りてきたのです。
ふたりは、あわてて窓を開けました。
「ごめんね、お月さま。おうどんみたいなんて言ってごめんね。食べないよ、かみついたりしないよ」
「ごめんねごめんね、こわかった?だいじょうぶよ、いたいことしないよ」
さすさすと、細くなってしまったお月さまをなでると、その、お月さまがすうっとふたりの顔の前へ来て、ひょこひょこ、と動くのです。
ふたりは顔を見合わせて首をかしげました。
「お月さま、おいでおいでしてる?」
「うん、してるしてる」
「行っちゃおうか」
「うん、行っちゃお、行っちゃお!」
よし、とうなずきあうと、ふたりは空を見上げて言いました。
「お月さま、あーそーぼ」
すると、細くなったお月さまは、しゅるしゅると結ばって、ふたりの座っているおふとんを持ち上げると、ゆっくりと空へ昇りはじめました。
「わぁー、すごいすごい」
おふとんは、ブランコみたいにゆらゆら揺れながら、空を登っていきます。
毛糸玉のお月さまのところまで着くと、お月さまは、しゅるしゅるしゅるしゅるーと勢いよく今度こそぜんぶほどけてしまいました。
空じゅうに、お月さまの銀色の糸が、5本ならんだままでかけめぐっています。
「ねえねえ、すべりだいみたいだよ、フラウ」
「ほんとだ!このままおふとんですべっちゃおうよ!」
「いいねいいね、やろうやろう」
ふたりはおふとんのはしをぎゅっとにぎって、お月さまのすべりだいを一気にすべりおりました。
すると。
ちりん、りりん、ちりり、りりりん
音が鳴るのです。
よくよく見ると、おふとんが、5本のお月さまの間にならんだお星さまの上をすべると、ちり、と音がします。
「がくふだ!」
ぽぽちゃんがさけびました。
「先生がピアノひいてくれるときに見てるやつ、5本、線が引いてあって、黒いマルがぽんぽん、ってついてるの、アレとにてる」
「ええー、すごい!」
ほどけたお月さまとお星さまがえがいた五線譜を、ぽぽちゃんとフラウはびゅんびゅんすべりおりながら、ちりりん、りりりん、とすずやかな音を夜空に響かせました。
五線譜のすべり台は、ぽぽちゃんの家のベランダまで続いていて、ふたりがとん、とベランダに降りると、お月さまが手をふるように横に揺れたので、ぽぽちゃんとフラウも「またね」と手を振って、おうちに帰ったのでした。
それまでも、寝かしつけに「お話」はしていたけれど、近所の実在する公園に両親と家じゅうのぬいぐるみを引き連れて行く、というような内容しか認めてくれなかった子が、初めて出かけた「ぼうけん」のお話です。以後、お月さまのところへはお出かけ出来るようになったので、このシリーズはしばらく続きます。