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第2章

 ギルバートはこの日、自宅マンションへ戻ると、家政婦が留守中に作っていった食事を口にしつつ、医学書を読み耽った。大学の講義で習った部分の復習ということではなく――週に五度、講義後にある四時間ばかりの実習中、自分が見聞きしたことについて、彼はいつでも手帳にメモを取っていた。二回生の時の手帳だけでも、それはすでに軽く十冊を越えており、きのう風呂に入ったにも関わらず、手のひらに書いた文字や数字がまだうっすら残っているのを見て……ギルバートはカルパッチョを摘みつつ、思わず笑った。


 正直、そのバイタルや尿の量、薬の名前を書いたと思しき文字を見ても、それが一体誰の血圧その他だったか、ギルバートは思いだすことが出来ない。というのも、きのうギルバートはERで実習を受けたのだが、次から次へと患者がやって来るので、医師たちのみならず、看護師たちからの「あれやって」、「これやって」と命令される業務をこなすだけで忙しく――たとえば、ひとりの患者の所見についてiPadに入力中も、誰かしらに物を頼まれるという状態で(このあたり、インターンは自分より下っ端の人間を顎で使うのが実にうまい)、やもすると、自分が最初に何をしようとしてたのか忘れてしまうほどである。


 もっとも、ギルバートはそうしたことのためにいちいちメモを取っていたわけではない。そうではなく、その時々で医師たちや看護師たちが話したことでわからないことがあると、帰ってきたあと徹底的に調べるのを忘れなかった。もちろん、講義で習ったことも出てくることには出てくるが、そうした知識というのは頭に蓄積しているだけでは駄目で、現場での体験を通して本当の意味でわかる場合のほうが多かった。その他、薬剤の名前や点滴名など、手帳のメモを見て思いだしては、その患者の複合的な症状と重ね合わせ、疑問をひとつひとつ解いていき……何故その時その処方が必要だったか、処置の手順についてもギルバートは出来る限りメモに残しておいて、帰ってきてからわからなかったことを必ず調べているのである。


 この時、ギルバートはECMOの管理方法を復習しつつ、きのう交通事故で運ばれてきた、意識不明の黒人男性のことを思いだしていた。おそらく来週の月曜、自分がERへ実習にいった時にも彼は覚醒していまいと、ギルバートにはそうとしか思えない。腕や足の一部を失い、頭部も著しく損傷していることから……現代の最新医療技術によって回復することが、果たして彼にとって本当にいいことなのかどうかすら、誰にもわからなかったに違いない。


(いや、むしろ俺としては、月曜にICUへ行ったら、彼がすでに亡くなっていることすら願っている。こんなことを思うのは間違いなのかもしれないが、早晩亡くなるのであれば、なるべく早く亡くなっていただいたほうが、本人も苦しまなくてすみ、さらには医療者たちの負担も減った上、新しい重症患者を受け入れられるってことなんだから……)


 およそ、ER、あるいは特に小児科や脳神経外科といった病棟では、(神なぞいない)としか、ギルバートには感じられない。酔っ払い運転による交通事故、拳銃の発砲による殺人未遂、夫のDVによって複雑骨折した女性、世を儚んで自殺し、運ばれてきたまだ十代の若者など……世界は苦悩や苦難、災難によって満ち満ちている。さらには、小児科病棟のような場所では、幼い、なんの罪もない子供たちの魂が苦しんでいるのだ。そして、そんな罪なき存在が苦しむ姿を見て、親もまた苦しみ、さらには医師も看護師も、それ以上難病に対する効果的な治療法はないとして、現代医学の限界を悲しむより他はない。


 実際のところ、ギルバートにしても、自分は小児科医にだけはなれないと今の段階で思っていた。医学書の間に挟めた天使のしおりは、つい先週までいた小児科病棟で亡くなった少女の母親がくれたものだった。緩和病棟ホスピスへも何度か実習で行ったことのあるギルバートだが、そこですら「死の意味」についてなど、彼ははっきり聞かれたことはない。けれど、彼女――まだたったの十二歳だったクリスティン・ランドリューというその少女は、白血病の症状が末期となり、医師も両親に死期が近づいていると伝えた頃……何を思ったのか、「死ぬってどんな感じのこと?」とギルバートに聞いてきたのである。


 もちろん、大人でもおいそれと答えられる質問ではない。また、緩和ケアの講義で、もし患者が死の意味や神はいるかといった宗教的な問いを訊ねてきたらどうすればいいかについて、一応教えられてはいた。死が目前に迫っている人間が神や人の生き死について訊ねる時、それはそもそもそのこと自体に意味があるという。つまり、そんな真面目な問いを、仮に冗談めかしてであれ聞くとしたら……それは、「この人なら自分に何か言ってくれるのではないか」という信頼感があってのことだというのである。


 ギルバートは、その前までもERでの実習その他を通し、<死>についてやそれに関連した宗教的な事柄について、自分なりに考えてきたとはいえ――少女の純粋な眼差しに耐え切れず、「自分なりの答え」なるものを、覚悟を決め、クリスティンに話すことにした。


『先生はね(まだ実習生だと説明しても、子供たちはギルバートのことを必ず「先生」と呼んだ)、実は人は死ぬ瞬間というのは知覚できないんじゃないかと思うよ』


(こんな話、まだこんな小さな子にしていいものか)そう迷いつつも、ギルバートはクリスティンの隣に腰かけて言った。彼女は前まで四人部屋にいたが、その時は個室のほうへ移動になっていたのである。


『たとえばね、交通事故に遭って重態で、意識不明の人が救急車で運ばれてきたとするね?でも、そうした人がそのまま亡くなってしまった場合……「あ、自分は今もう死ぬんだ」と意識することはなく、自分が死んだ瞬間がいつなのかも理解するでもなく、わけもわからず死ぬんじゃないかと先生は思う』


『じゃあ、もしこれから先……わたしが死ぬとしたら、「そろそろ死にそうだ」と思っても、自分じゃいつ死んだかわからないってこと?』


『いや、先生もね、死んだことがないから、本当のところはわからない』


 クリスティンはこの時、桜貝のような唇にうっすらと微笑みを浮かべていた。何か、とても面白い冗談でも聞いた時のように。


『それに、人によって死というものに対する考え方も違う。ただ先生はね……正直、怖いのは死ぬことじゃないんだ。死ぬまでの間に、どのくらい苦しいんだろうってことが怖い。だからね、もし自分が「そろそろ死にそうだな」と思ったら、自分が死んだってことがわからないように、あるいはわかんないまま死ねるように、そういう薬でもお医者さんが打っといてくれないもんかなと思ってる』


(こんな子供相手に、ドラッグの話なんてしていいのか)と、ギルバートは後悔したが、実際のところ、彼が死に対してそうした願望を持っているというのは事実であった。


『ねえ、ギルバート先生』


 クリスティンはこの時、青く澄んだ瞳を真っ直ぐに向けて言った。


『わたしもね、そう思ってるの。死んだあとのことはね、神さまや天使さまが迎えにきてくださるから、怖くないの。でも、その前に、死んだあと幸せになる前に……死っていう苦しみや、不幸を通らなくちゃいけないってことでしょう?そのことがとても怖い』


 子供たちとの身体的接触については気をつけるよう、ギルバートは実習前にレクチャーされていたが、この時ばかりは目の前の小さな少女を抱きしめずにおれなかった。


『大丈夫だよ。先生たちも看護師さんたちも……クリスティンが苦しくないように、必ず助けてくれる。そうだね。クリスティンはいい子だから、とっても優しいいい子だから……そもそも苦しくなんかないように、神さまや天使さまが助けてくれるよ。先生もそのことを祈ってる。先生だけじゃなく、クリスティンのパパもママも、みんな……』


 こんな話をしたその二週間後に、天使のようなブロンドの髪に青い瞳のクリスティンは天国へ召されていった。ギルバートは、自分が彼女に話した言葉が正しかったかどうか、今も確信が持てない。ただ、クリスティンの母親から、彼女の死後にこう聞いていた。娘がギルバート先生が来てくれるのを毎日楽しみにしていたこと、「前にクラスのリアムを『ちょっといいな』と思ったことはあったけど、ギル先生こそ自分の本当の初恋だと思う」と言っていたこと、あるいは「ギル先生と天国について秘密の話をしたと、クリスティンが嬉しそうに話していた」ということなど……ギルバートは医療の現実を目の当たりにするたび、日々「神などいない」という思いを新たにしていたが、この小児科病棟での経験から――「神などいない」と思いながらも、こうした罪なき命が失われようとする瞬間には「神さま、どうかお願いですから、この子の命を助けてください」と縋らずにはいられない、自己矛盾に気づいていた。


 そもそも、ギルバートの宗教観というのは、次のようなものである。一応、中学・高校とプロテスタント系の伝統あるパブリックスクールへ通ったことから……そもそも、日曜礼拝を毎週守らねばならぬという義務があり、その他神学の授業まであったから、ある程度聖書について学んでいないと進級試験に合格しないという事情があった。ゆえに、クリスティンや彼女の両親がキリスト教徒であったこともあり、同じ神に祈ること自体は容易いことだったと言えよう。だが、酔っ払い運転の車に小さな子が轢かれて半身不随になる姿を見たり、難病によって大好きだったバスケットボールが出来なくなったり、あるいは児童虐待によって大怪我をし、ERへ運ばれてくるといった子供を見るうち――「そんなことが起きるのを許す神を愛せるのか」と問われると、「断じて否」と抗議したくもなろうというものだ。けれど、クリスティンの死後、母親から渡された、彼女が作ったという手作りの天使のしおりを見るにつけ……神を信じる余地というものを、心のどこかに少しくらいは残しておくべきでないかとの思いが、ギルバートの身内にはこみあげる。何故なら、ギルバートはクリスティンが今間違いなく天国にいると確信しているにも関わらず、その神を信じないということは、彼女の住まう天国を否定することになってしまうのではないかと……心にそのような矛盾が生じてしまうからだ。


 そして、天使のしおりに胸を痛めつつも、ギルバートが『救急医療マニュアル』と書かれた本のページを繰っていた時、自宅の電話が鳴った。普段、電話が来るのはもっぱら携帯のほうで、家電の鳴る回数というのは極めて少ない。ゆえに、ギルバートはこの時、実家から電話が来たのだろうと予測し、(やれやれ。面倒だな)と溜息を着きつつ受話器を取った。


「ああ、母さん?どうかした?」


 ギルバートはフォード家のひとり息子であったが、彼と母親の関係というのは、微妙な距離感のあるものだった。それに、お互い電話で話すことなど毎度同じなのだ。「ちゃんとごはん食べてる?」とか、「大学のほうはどう?」とか、「次はいつ帰ってくるの?」など、最低、月に一度は何かの義務のようにギルバートはこれらの問いに答えねばならない。


『驚かないでね、ギル。ダイアナが……亡くなったのよ。昨晩……脳血栓ですって。ただ、左岸の……貧乏な人たちが毎日ぎゅう詰めになってるような病院へ運ばれたってことでね。そのせいできっと処置が遅れたんじゃないかって、お父さん、さっきまで居間で怒り狂ってたわ。もしうちにいる時に倒れたんだったら、お父さんが適切な処置をして、そのあと救急車で運ばれて事なきを得たかも知れないのにって……』


『ああ、そっか。それじゃお葬式……』


 ギルバートは愕然とした。ダイアナ・ハーシュというのは、彼が小さい頃からフォード家で働いている家政婦である。実をいうと、自分は彼女がいたからこそ、健全にここまで成長することが出来たのではないかと彼が思うほどの女性であり……自分の母親はいつか死ぬかもしれないが、ダイアナだけはいつまでも死なないだろうと、ギルバートは今この瞬間までそう信じていたような気がする。


『それがねえ。ダイアナの旦那さんや家族と連絡が取れなくって……ええとね、一応何度か電話はしたのよ。そしたらそのたびに出る人が違って、「あんたに返す金はない」とか、「女房が死んだ時まで金の催促に来るな」とか……一方的におかしなことまくしたてられて、ガッチャリ切られちゃうの。お父さんともさっき話してたんだけど、うちで働いてくれるお給金として、普通の家政婦さん以上のお給料をお母さんたちは払ってたと思うのね。きっと、そういうお金も何もかも、旦那さんの作った借金か何かで全部消えちゃってたのねえ、なんて……』


「…………………」


 ダイアナに夫がいて、ふたり息子がいるということは、ギルバートも一応「情報として」知ってはいた。だが、自分の家にいる間、彼女こそが実の母にかわる精神的な母親であったため――ダイアナの実人生や彼女の家族についてなど、ギルバートは今の今まで深く考えてこなかった気がする。


 ギルバートの母シャーロットは、涙声になって続けた。


『お金に困ってるだなんて、ダイアナはそんなこと、一度も言ったことないのよ。亭主はろくでなしだ、みたいなことはちらっと聞いたことあった気もするけど、何かそんな程度でね……ダイアナのことだから、ふたりいるっていう息子さんのことも可愛がって育ててるんだろうなあ……くらいにしか、お母さんも思ってなくて。あんまり私生活の詳しいこととか、聞いたことなかったの』


(そりゃあな。母さんの頭にあるのは、息子の俺より夫である父さんのことより、自分のことが何より一番だものな。通いの家政婦の話すことなぞ、本当の意味でいちいち覚えてたりはしないだろうよ。そもそもやたら忘れっぽい鳥頭なんだし)


 そう言いたいところをぐっと堪え、ギルバートは溜息を着いた。「ダイアナが死んだ」という事実だけを聞かされても、彼女が死んだなどとは、到底信じられない。だが、彼女が信仰深い女性で、毎週必ず日曜礼拝を守っていたのは覚えていたから……そちらの教会の牧師に電話でもすればいいのではないかと、ギルバートは母にアドバイスしておいた。


「とにかく、俺も今すぐそっち行くから。ダイアナは俺が赤ん坊だった頃から面倒を見てくれた、とても大切な女性だ。そのお葬式にも出席できず、お別れも出来ないなんて……父さんや母さんもそうかもしれないけど、俺だってそんなこと、とても耐えられないよ」


『ああ、ギルバート。とても嬉しいわ……あっ、もちろんダイアナが亡くなったことが、じゃないわよ。わたしもギルもお父さんも、今みんな同じ気持ちだってことがね。とにかく、ダイアナの通ってた教会のほうへ電話してみる。あんたも早くうちへ帰ってらっしゃいよ』


 ――といった経緯により、ギルバートは車で二十分ほどの、首都郊外にある閑静な高級住宅街のほうへ向かった。やたら広い庭を持つ豪邸ばかりが目立つ地区で、所有者は医者や弁護士、あるいは国会議員や芸能人など、一般にセレブと呼ばれる人々の住む地区として有名な場所だった。


 この一角でギルバートは生まれ育ち、中学からは首都からかなり離れた田舎にある、パブリックスクールの寄宿舎へ入寮した。つまり、精神的な意味で親離れしたのは早いほうだったろうと彼は自覚しているが、(俺がそんなふうに早い段階で精神的に自立できたのも、結局はダイアナのお陰だ)と、心からそう思っている。



   *   *   *   *   *   *   *



 ギルバートの母シャーロットと、父テレンス・フォードが結婚したのは、彼らが二十九歳の頃のことだった。その翌年、シャーロットは三十歳で息子のギルバートを出産したのだが、無痛分娩を選んだため、安産で息子を産み落としたのち――彼女は自分のウエストにくびれがなくなったのを残念がり、子育てよりもダイエットのほうに励んでいたらしい。どういうことかというと、彼女はある意味、母親として息子ギルバートのことは「産んだ」という以外、その後大したことは何もしなかったのである(いや、もちろんそのこと自体、とても大変なことなのだが)。


 少しくらいはオムツを替えたり、夜泣きする息子をあやしたりといったことはあったにせよ、ダイアナの他にもうひとりいた通いの家政婦にそのあたりのことはまかせ、彼女にとってもっとも大切な社交界――社交ダンスの世界のほうへ、すぐ舞い戻っていったのだ。


 小さな頃から母親が留守がちだったことから、ギルバートは物心ついて間もなく、おやつにクッキーを作ってくれるダイアナに、こんなふうに聞いた記憶がある。「ママはぼくのことなんてきっと、どうでもいいんだね」と……。


 ダイアナはその頃三十代後半であったが、若くして結婚していたから、ふたりいた息子はこの頃すでに上のジェイムズが十四、下のローガンが十二歳だった。そして実際、家の女主人のシャーロット・フォードは、こんなに可愛い息子の子育てに関し「産んだという以外、ほとんど何もしなかった」のを、彼女はよく知っていた。何故といって、ダイアナと、この時他にもうひとりいた通いの家政婦であるメアリー・コメットが、交替で赤ん坊のギルバートの世話をして育てたも同然だったからである。


 だからこの時、幼いギルバートの心をそれとなく傷つける答えを返すのは、ダイアナには至極簡単だったろう。『確かに、シャーロットさんはギルバート坊ちゃまのことをあまり構いつけませんね』と、ただ事実を述べればいいのであったから。けれど、もちろん心優しい彼女はそんな言い方はしなかった。『シャーロットさんは、ギル坊ちゃまがお小さかった頃は、そりゃもう夜も寝ずに可愛がってらしたくらいですよ。今はもう、ギル坊ちゃまも大きくなって、ある程度は自分のこともお出来になるようになったでしょう。それできっと安心して外へお出かけになられるのですわ』


 幼いギルバートは、このダイアナの嘘を心から信じた。また、この教育上の優しい嘘については、その後も続いた。だが、フェザーライル校の受験に合格し、寄宿生活がはじまる頃には――ギルバートはすでにそのようなダイアナの与える幻想を信じなくなっていたといってよい。それは、ギルバートが十歳だった頃の話に遡る。


 ギルバートが小学四年生で十歳だった頃、シャーロットは子宮筋腫のために二週間ほど入院することになった。彼女はもともと生理痛がひどい質であり、フォード家では月に一度、一週間だけ常にシャーロットのヒステリーを誰かしらが耐え忍ばねばならなかったものである。ヒステリーといっても、誰かを理不尽に怒鳴り散らしたりするわけではない。ただ、『自分ももう若くない』、『朝起きたら目尻に小じわがひとつ増えていた』、『体重計に乗ったら1.5キロも太っていた』……そうした事柄について、もう世も終わりだとばかり嘆くシャーロットの相手を、誰かしらがしなければならなかったのである。


 今にして思うと、ギルバートは自分の母親に対する親孝行は十歳の頃に終わりを迎えていたのではないかという気がする。というのも、ギルバートは女性に月に一度ある生理という現象については当時、まったく理解してなかったにも関わらず――月に一度、生理期間中だけ、母がエステにもダンスパーティにも出かけず、家にいてくれることが嬉しかったのである。だから、ベッドで横になっている母親に対し、食事を運んだりなんだり、実に甲斐甲斐しく世話してあげたものだった。また、シャーロットのほうでもこの時ばかりは気分的に気弱になっているせいか、「ママはなんていい息子を持ったんでしょう」、「こんな天使みたいな子、見たことないわ」と言って、抱きしめてくれることさえあったものである。


 そして、この母が病院へ入院すると聞いた時……ギルバートは何かがショックだった。父テレンスの説明では、「大したことのない、ちょっとした手術」ということではあったが、ギルバートはこのことに大層ショックを受け、実は母はずっと大変な病いを隠し持っていて、その手術をようやくすることになったのではないかと、そのように想像して狼狽した。だから、シャーロットが金持ち専用といった手合いの高級病院へ入院すると、ギルバートは学校が終わるなり毎日お見舞いに行った。父のことも誘ったが、母シャーロットの入院期間中、彼は一度も妻の見舞いにやって来なかった。「そもそも、そんな大した手術じゃないんだから」とか、「ギルバートもそんなに心配する必要ないんだよ」と、少し困ったような顔をしながら。


 そして当初、そんな父親に対し、(父さんがそんなに冷たい人間とは知らなかったよ!母さんがあんなに青白い顔してるっていうのにさ)と思い、腹を立てたギルバートだったが、母シャーロットの二週間という入院期間が終わろうかという最後の日には、父の態度が何故ああも冷淡だったのかが、彼にもようやくわかったというわけである。


 なんにせよこの頃、ギルバートは普段留守がちな母親の気を惹こうと、毎日病院へ見舞いに行った。「子宮筋腫で手術だなんて恥かしいわ」と言って、セレブな友達には誰にも知らせなかったことから……入院期間中、シャーロットはいつでも個室にひとりきりでおり、ギルバートはそんな母を独占できることを心から喜んだ。その日学校であったことを一生懸命話して聞かせたり、家で父親やダイアナとどんな話をきのうしたかということなど――この時ばかりはいつもと違い、母が自分の言うことをしっかり聞いてくれるのが嬉しかった。


 そして、母が入院して三日か四日した頃だったろうか。ギルバートの人生において、その後を決める、ある意味決定的な出来事が起きたのである。ギルバートはその日も、道々摘んできた小さな花束を片手にシャーロットの病室を訪ねた。彼は友達のテディやロイとどんなことを話したか夢中になってしゃべったが、母があくびをして、「ママ、ちょっと眠るわ」と言ったので――彼女が昼寝する間、暫く席を外そうと思ったのである。


 その病院は十五階建ての総合病院で、ギルバートの母が入院しているのは、六階にある産婦人科病棟であった。この時、彼は「一階にある売店でジュースでも買ってらっしゃい」と言って渡された十ドル札を持って出かけたのだが、ナースステーションを通りかかると、看護師たちに呼びとめられた。


「ほら、あの子よ。毎日お母さんのためにお見舞いにやってくる子」


「あら、感心ねえ。お姉さんたちがチョコレートあげましょ」


「あ、わたしクッキー持ってるわ!」


「じゃ、わたしキャンディ!!」


 何故なのかわからないが、看護師たちはいつでもギルバートに競ってお菓子を渡したがった。ギルバートは特に断る理由もないので、それらをすべてもらい受け……「ああいう子は将来、女を泣かせるわね」という彼女たちの言葉を背中で聞きながら、エレベーターが到着するのを待った。


 エレベーターの中でチョコレートをひとつ食べ、包み紙をポケットにしまうと、ギルバートはなんとなく、壁にある表示板を眺めた。三階、手術室・医局・事務局、四階、内科病棟、五階、外科病棟、六階、産婦人科病棟……といったようにある掲示板である。広い、ベッドも乗せることが出来るくらいスペースのあるエレベーターには、ギルバートと同じように患者を見舞いにきた客が四名ほど乗っていた。他に、白衣を着た中年の医師一名と、看護師が二名。


 途中、三階でエレベーターが開き、点滴に繋がれた患者のベッドを看護士が乗り込ませようとしてきたが、医師がそれを止めた。「このエレベーターは一階行きだよ。君たちは上へ行くんだろ?」と、そう言って。


 こののち、一階へ到着すると、ギルバートは真っ直ぐ売店へは向かわなかった。例の中年医師の後ろをつけて、彼がどこへ行くのかをつきとめようと思ったのだ。何故そんなことをしようと思ったのかは、ギルバートにもわからない。だが、彼が外科の外来へ入っていくのを見て――(ふうん。外科のお医者さんなんだ)と漠然と思ったという、ただそれだけである。


 このことにも深い意味はまるでなかったが、ギルバートは近くにあった自販機からアップルジュースを買うと、外科外来の長椅子に座り、ストローでジュースを飲んだ。すると、彼の背後にいたふたりの女性が――ひとりは中年女性で、もうひとりは白髪頭のおばあさんだった――こんな話をはじめたのである。


「まったくねえ、わたしときたら小さな頃から病気がちで、まずは物心ついた時には喘息に悩まされたでしょ。それで入退院を何度となく繰り返すことになって……その上、小学六年生の時に心臓の手術まですることになったんですのよ!ねえあなた、今わたし、いくつに見えまして?」


「ええと、そうですわねえ。六十台後半とか?」


 中年の地味な白人女性は、戸惑ったようにそう答えていた。ギルバートとしては後ろを振り返ってみる限り、社交上のリップサービスとしか思えなかったが。


「あらまあ!こんなおばあさんがまだ六十台?いえいえ、わたしもう今年で八十一になりますのよ。小さい頃はお医者さんがこう言ってたそうです。『きっとこの子はあまり長く生きられないかもしれませんな』って。そもそも、超未熟児で生まれてきましてね、その時もお医者先生は両親に『覚悟してください』と言ってたそうですわ。その他、脳がちゃんと育たないかもしれないとか、将来的に身体になんらかの障害が出てくるかもしれないとか、色々。まあ、それがねえ。今年で八十一!びっくりじゃございませんこと?でも、今もこうして病院の待合室にいるみたいに、生まれた時から病院という場所にはご厄介になってばかりでねえ。体が弱かったものですから、スポーツのほうはあまり出来ませんでしたけど、唯一水泳だけ得意でしたの。中学と高校は水泳部で、そのお陰で心肺機能が鍛えられたんでございましょうねえ。以降、心臓や肺のことではそんなに心配しなくなったんですけど、結婚して子供を生んだあと、今度は大腸ガンだということがわかったんですよ。神さまったら、なんて意地悪なんでしょ!でもまあ、物は考えようでしてよ、奥さま」


「はあ、そうですか……」


 老婆の隣の女性は、やはり困りきったような顔をして返事をしている。


「こうしょっちゅう病院なんて場所に定期検査だなんだで出入りしてますとね、その過程で割と早くに病気がめっかるもんなんですよ。ですから、大腸ガンのほうも初期の段階で見つかりましてね、まあ今ならきっと内視鏡手術してるところだったでしょうが、当時はまだ開腹手術が必要でしてねえ。なんにしても、子供がまだ小さかったもんですから、どうにかして頑張って、何がなんでもガンに打ち勝ってやるんだと思ってました。ですから、やっぱり物は考えようなのですわ。以来わたし、もう二度とガンなんかになってたまるもんかと思い、健康には食事や運動含め、非常に気をつけるようになりまして。ところがね、今度は子供が成人して家を出ていったあと、子宮ガンであることがわかったんですねえ!」


 その時自分がどんなにガーン!ときたか、という再現でもするように、老女は劇的な顔の表情をし、さらにはそこに手振りまで加えた。


「なんということでしょう!あんなに色々健康に気をつけていたのに、今度は子宮ガン……でも、もう子供も大きくなってましたしね、子宮全摘であれなんであれ、医者がそれが一番いい選択だとかいうのに任せましたの。あ、奥さま。奥さまも産婦人科の外来に座ってらっしゃるということは、どこかお悪いので?それともご懐妊?」


「いえ、その……わたしはちょっと、検査で……」


 ギルバートはここでもう一度後ろを振り返った。何故といって、この中年のおばさんは半ばボケつつあるおばあさんの付添い人なのだろうと思っていたのだが、まったくの赤の他人らしきことが判明したからである。


「まあ検査!検査といえばね、奥さま。わたしも子宮ガンがわかって以降の検査で、こんなことがございましたわ。その日もこんなふうにたくさんの患者さんが待合室にいたものでした。それで、ようやくのことで名前を呼ばれて『やれやれ』と思って診察室のほうへ入っていきましたの。そしたら看護師さんがね、『服を脱いでお待ちください』なんておっしゃるじゃありませんか。それでわたし、下のほうだけ脱いで、診察台に横になりましたの。でも、いつもはそこらへんにあるバスタオルがないんですのね。『あら、どうしましょ』って思いました、わたし。でももう、その頃には結婚して子供もいて、いい年したおばさんになってましたからねえ。先生だって毎日毎日女性の下半身なんて見慣れておりますでしょ。だからまあいいかと思って、きょうつけしたまま、横になってましたの。そしたら先生、軽く挨拶したのち、診察しようとして――やっぱりなんか具合悪いと思ったんでしょうねえ。『おおい、誰かバスタオル持ってきてくれ!』なんて、看護師さんに頼んだんですの。わたし、その時ばかりは流石に恥かしかったですわ。看護師さんのほうでも、『あら、バスタオルどこいったのかしら』なんて言っててねえ。奥さま、わたしそんなことあったの、一度や二度じゃございませんのよ。だからもし、検査の時にバスタオルがなかったら……」


 ここで、中年女性の名前が呼ばれたらしく、彼女は老婆に向かって一礼すると、診察室のあるほうへ向かった。ギルバートがアップルジュースを飲み終わり、紙パックを畳み、ゴミ箱へ捨てにいこうとすると――例の白髪頭のおばあさんは、別の長椅子へ移動すると、別の中年女性の隣に座り、先ほどしたのとまったく同じ話をしていた。「奥さま、わたしいくつくらいに見えます?」、「ええと、七十歳くらいかしら?」、「あらやだ!もうわたし、こう見えて八十一にもなりますのよ……でも、生まれた時には超未熟児で、医者には長く生きられないと言われていたんですの。小さい頃には喘息で入退院を繰り返し、小学六年生の時には心臓の手術を……」。


 ギルバートとしては、一度聞いた話をもう一度聞いても仕方ないので、場所を移動することにした。売店へいってお菓子や雑誌を買っても良かったが、喉のほうもすっかり潤ったし、お菓子についてはポケットにクッキーやらキャンディやらがすでにいっぱい詰まっている。


 その後、行くあてもなくギルバートは、廊下にあった表示板を見て、用もないのに放射線科の隅のほうに座ってクッキーを食べたりした。その時一度、そこから――おそらく一人は放射線技師で、もう一人は技師でない、誰か職員だったのだろうとギルバートは思う――こんな会話が聞こえてきたのを今も覚えている。


「この画像診断装置、いくらするか知ってるかい?」


「ええと、五十万ドルくらいとか?」


「うんにゃ。三百万ドル(約三億)だよ。三百万ドル!ところがだね、十分減価償却しきらんうちに、また業者の奴が最新式のなんたらいうのを売りつけにやってくるわけだ。どこの病院も黒字化するのが大変なのが何故かわかるかね?薬屋の奴らもみなそうだが、そういった医療業者の奴らが自分の会社を儲けさせるシステムが完成しているがゆえに、病院のほうでは馬鹿高い最新式の機械やらなんやら買わないわけにもいかず、財政のほうがなかなか健全化しないんだね。まったく困ったもんだ。というより、オレはあいつらがやって来るたびにこう思うね。『またタカリ屋の奴がやって来た』って、何かそんなふうに」


(ふうん。そんなものなのかな……)


 クッキーを食べ終わると、ギルバートは廊下を歩いていきながら、父親が経営している病院のことを考えた。家に出入りする父の友人らの会話から察するに――父テレンス・フォードの病院は金回りがいいらしいとギルバートは知っていた。だが、同時に彼ら医師仲間が、かつての同窓生の誰それは病院経営が失敗して破産寸前……であるとか、あるいは医療ミスを疑われて裁判となり、弱りきっているらしい……などなど、時折耳にしていたため、この時突然にして父のことが心配になってきたのである。


 こののち、ギルバートは二階、三階、四階、五階……と、意味もなくこの総合病院を順に回って歩くことにした。もしナースステーションあたりで「ちょっと坊や、どこいくの?」とでも見咎められたとすれば、「お母さんのお見舞いにきたんです」と言えば済むと思っていた。そしたら向こうでは、「あら坊や。産婦人科病棟は六階よ」とでも言って、話のほうは終わりになるだろう。こうして、ギルバートが病院内をあちこち探検して、子供らしい冒険心を満足させてのち、最上階まで見て歩いた時のことだった。


(そろそろ、お母さんも目を覚ましたかな。一度、六階のほうへ戻ろう)


 そうギルバートが思い、少し疲れたので、病棟の休憩室らしい場所で、チョコレート菓子をポケットから出した時のことだった。その休憩場所の隅には喫煙室があり――頭に何か、特殊な装具をつけた中年男性が、そこでスパスパ煙草を吸っていたのである。


 だが、ギルバートはこの背の高いおじさんに対して、最初特にどうとも思わなかった。というのも、その喫煙室はドアと透明な壁によって仕切られ、個室のようになっていたし、彼のことを自分のような子供が気にする必要はまるでないと思っていたのである。


 けれど、ギルバートはやはりなんとなく、そのおじさんのもじゃもじゃした前髪と(それ以外の後ろの髪は綺麗に剃毛されている)、そこに……頭の四隅をしっかりボルトで留めたような、金属の装具のあるのがなんとなく気になった。もちろん、SF映画よろしく、頭部の四隅を直接ボルトで締め上げられているわけではない。おそらく、頭の位置がずれないよう固定する必要性のあることから――この顔が浅黒い男性はそのような特殊な装具をつけているものと思われた。


(あのおじさんは一体、なんの病気なんだろう……)


 ちなみに、この十二階は脳外科病棟であった。ギルバートは利発な少年であったが、それでも脳神経外科という場所が、具体的にどういった患者のことを診る科なのか、具体的なことはあまり思い浮かばない。


(脳外科なんだから、脳の病気ってことなのかな。でも、アルツハイマー病か何かで、あんな装具が必要になるとは思えないし。あとは交通事故にでも遭って、脳の中身が外に出ちゃったとか……)


 実をいうと、ギルバートがこんなふうに考えたことには理由がある。その背が高い、肌の浅黒い男性は――あまり高学歴でない労働者階級といった雰囲気であり、どこかくたびれたような病衣を身にまとっていた。そこから連想してギルバートは、(ちょっと頭のおかしくなった変わったおじさん)というように、彼に対し感じていたわけである。


(あっ、やべっ。じろじろ見てたら目が合っちゃった。そろそろお母さんのいる病室に戻ろうかな……)


 ギルバートがそう思い、長椅子から立ち上がりかけた時のことだった。奇妙な装具をつけた親父が、歩行器に寄りかかって喫煙室から出て来たのは。


 ギルバートはきっと彼が、彼自身の病室へ戻るのに、そのまま自分の前を通りすぎ、廊下を歩いていくものと考えた。ところが彼は、ギルバートの隣にどっかと腰を下ろすと、その横に歩行器を置いたのである。


「坊主、こんな病院になんか用でもあったのかい?」


 喫煙室の匂いが病衣に移っているのだろうか、男の体は妙に煙草くさかった。それと、ギルバートの気のせいでなければ、軽くアルコールの匂いも、そこに混ざっている気がする。


「ええと、お母さんが入院してるので、そのお見舞いに……」


「そりゃてえへんだな。おっかさんは、どこが悪いんだい?」


「なんだっけな……シキュウキンシュだかなんだか。お母さん、まわりの人にその病名言うの嫌みたいで、こっそりここに入院したの。だから、友達もいなくて寂しいかなと思って、毎日お見舞いに来てるんだ」


 男のほうでは、『産婦人科病棟は六階なのに、なんでこんなところにいるんだ?』などとは聞かなかった。ただ、「へえ、そうなのかい。そりゃ大変だな」と言っただけである。


「おじさんは、どこが悪いの?」


 ギルバートは、おかしな金属装具の秘密を知りたくて、そんなふうに聞いた。


「おじさんかい?おじさんはなあ、ありゃもう三週間くらい前のことになるかね。脳梗塞だかで、突然ぶっ倒れちまったのさ。何分、あんまり急なことだったもんで、倒れる時に防御姿勢すら取れず、前のほうからバッタリ倒れちまった。お陰でな、前歯のほうが二本、もうバッキリよ」


 そう言って、頭もじゃもじゃ親父は歯を見せるようにして不気味に笑った。先日見舞いにやって来た、彼の孫ふたりはその瞬間大爆笑していたが――ギルバートは少しも笑わなかった。突然倒れた上に前歯まで失うことになって、そんな親父のことが心底気の毒だとしか思えなかったのである。


「まあな。どうせ、煙草のヤニで真っ黄色の前歯よ。お互いオサラバできて、ある意味ちょうど良かったわな。入院中にここの歯医者に足しげく通って、新品の真っ白いのを仕立ててもらえばいいわな」


「ふうん……おじさん、ノウコウソクって、どんな病気なの?」


 腕を寄りかからせるところに包帯をぐるぐる巻いた歩行器を見ながら、ギルバートはそう聞いた。


「なんだったっけかな。なんかこう、血液の中に血栓が……まあ、コブみたいなもんだわな。それが出来て、ある日ポロッとはがれてそいつが血流にのり、頭の中の血管が詰まっちまったわけだ。おじさんが倒れたのが、まさにその瞬間ってことらしい。おじさんはな、ここの病院の通りの向こう、数ブロック先にある建設現場で働いておったんだが、昼休みに中華料理食って現場へ戻ろうとしたら急にバッタリよ。いやはや、その倒れた場所ってのがな、この高級病院の真ん前ってわけで、本来ならおじさんは、こんな病院に入院する金なんかねえ。が、まあ、こんな小汚ねえ親父が病院の救急科の真ん前でバッタリ倒れておるのを、助けないってわけにもいかなかったんだろう。そんなこんなで、おじさんはここで手術受けて一命を取り留めたってわけだわな」


「そうなんだ……運が良かったんだね」


「そうだな。医者も看護師も見舞いにきた家族もみんな、同じことを異口同音に繰り返してばかりいるわな。まあ、おじさん的にはあのままオダブツってことでも、良かったような気もせんことはないんだがな」


(またもう一本、煙草が吸いたくなってきた)というような目をして、親父は喫煙室のほうをじっと見つめている。


「どうしてですか?自分は運が良かった、そんな形で助かったのも日頃の行いが良かったからだ、神さまありがとう……みたいにはならないってこと?」


「う~ん。そうさな……おじさんは今、六十三か。ま、今後人生でなんか楽しいことがあるかっていや、それなりに色々あるっちゃあるだろう。けどまあ、大体のことは過ぎ去っていったわな。せっかく助かった命だ、これから頑張ってもっとなんか成し遂げようとまでは――ま、おじさんには何かこう、あまり思えんのだて」


 ギルバートには理解できなかった。いや、この時も子供なりにこう考えてはみた。自分も、あと五十三年ばかりも生きて、この世という場所があまり居心地よくなかったとすれば……もしかして、そんなふうに思うのだろうか、といったようには。


「坊や、坊やは今いくつだい?」


「十歳です」


「そうかあ。ま、おじさんの孫たちと大体、似たような年ごろかな……おじさんにはな、九つになる女の子の孫と、八つの男の子の孫がいる。孫ってのはまったく可愛いもんだわな。なんでかっていうと、これが親ってことになると責任重大なわけだが、孫ってのはワンクッション置いて、その責任のほうが随分軽くなる。そいでな、女の子っていうのはやっぱり、なんといっても男次第、結婚次第さ。いくら男女平等だなんだ言ったところで、結婚してなけりゃそのことをいずれ引け目に感じるし、子供がいなけりゃいないで、遠まわしに傷つくようなことをチクッと言われたりするわけよな。なんにせよ、それが世間というもんだ。で、ほいじゃ男に生まれりゃいいかと言えば、これがそうでもない。坊やは、それがなんでだかわかるかい?」


「ええと……どうかな。でも、ぼくは女の子に生まれるより、自分が男でよかったなと思ってるけど」


(子供相手に、難しいことを聞いちまったかな)という顔をして、親父は続けた。


「男ってのはな、坊や。いつでもなんかしてなきゃならんものなのさ。まあそりゃ、世の中にはろくに仕事もせず、アル中やらヤク中やらになって女房をぶん殴るってな手合いの、一般にクズと呼ばれる男どももいるんだろう。が、まあ、おじさんだってなんかちょっとした悪いことが重なりゃあ、そんなクズ路線一直線だったかもしれん。どうにかギリギリ運のいいところで、そこまで墜ちなくて済んだという、ただそれだけでな……」


(だからやっぱり、おじさんは運がいいんじゃないですか?)と、ギルバートが言おうかどうか迷っていた時のことだった。「オコナーさん、こんなところでまた煙草吸って!」と、少し太めだが、それゆえにグラマーな感じの看護師がやって来て、そう大声で怒鳴った。まるでソプラノ歌手にでもなれそうな声量だった。


 この瞬間、ギルバートの見間違いでなかったとすれば――オコナー氏は腰から三センチくらい浮き上がって見えたものである。


「いやあ、おりゃあ煙草なんか吸っちゃいねえよ。な、こうして可愛らしい坊主とお話を……」


「嘘おっしゃい!いつ会ってもぷんぷんタバコくさいんだから」


 そう言って、妙に貫禄のある看護師は、くんくんあたりの匂いを嗅いでいる。


「あっ、タバコだけじゃないな~!オコナーさん、またこっそり隠れて病室でビールか何か飲んだでしょ。そういう飲酒や喫煙の習慣が脳梗塞という事態を招いたってわかってます?っていうかわたしも、他の看護師も先生も、もうこのこと、五百万回くらい言ってる気がしますけど?」


「まあ、そう怒るなって、看護師さんよお。血圧上がるぜ、それじゃなくてもストレスの多い職場なんだろ?」


「まったくもう!人のことより自分の健康の心配なさいな、オコナーさんたら!!」


 ――こうして、看護師に対して妙にヘコへコしながら、オコナー氏は歩行器に寄りかかって去っていった。結局のところ、謎の金属装置についてはわからずじまいだったわけだが、のちに医学生になってから、ギルバートはふとこう思わぬでもなかった。何分、その頃より十年もの時が流れ、脳外科の手術等についても変化があったことだろう。それでもおそらく、一度手術のために頭蓋骨の一部を抜いたのではないだろうかと思った。そしてその間あの奇妙な金属装置によって頭部を暫く固定しておく必要があったのではないかと(とりあえず、今のところギルバートは脳外科病棟においてまったく同じ頭部固定装置というのを見たことがない)。


 シャーロットが入院中、ギルバートが何度もこうした院内探検を繰り返し、母が無事手術を終え、退院するという日のことだった。その日もギルバートは、野草などを摘んで花束にし、母親に渡そうと思い楽しみにしていた。ところが……。


 個室のドアを開けた途端、聞こえてきたのは、とても愉快そうな母の笑い声で――床頭台には真っ赤な薔薇の花束が花瓶に活けてあった。ギルバートはその瞬間、咄嗟に自分の貧弱な花束のことは、背中のベストの後ろへ隠し、ベルトのあたりにぎゅっと押し込んでいたものである。


「やだわ、大した手術でもないのに、お見舞いだなんて良かったのに……」


 ギルバートが病室に入ってきても、シャーロットは息子の存在に気づかぬままだった。というのも、体格のいい見舞い客の男の背中に隠れ、ギルバートの姿が彼女の視界からはちょうど死角に入っていたからである。そしてシャーロットは、いつも息子がやって来た時以上に嬉しげで、どこか恋でもしているように上気した、薔薇色の頬をしていたのだった。


「水くさいじゃないか。パートナーの僕にまで、二週間くらい旅行へ行くだなんて嘘をついて……ついおとついね、テレンスとばったり会って、『家族で保養地へ行ったんじゃないのかい?』って思わず聞いちゃったんだ。なんでそんな、すぐバレるような嘘をついたんだい?テレンスのほうでは変わらず病院で診療してるんだから、他のダンス仲間にもすぐわかったかもしれないのに……」


 ここでようやく、彼――エドウィン・カーターはギルバートの存在に気づき、「やあ、ギル」と挨拶した。一方、ギルのほうでは軽く会釈しただけで、「母さん、退院の準備できてる?」と、少し冷淡な口調で聞いた。シャーロットのほうではすでに化粧までばっちりしてあり、服装も整っていたものである。だが、荷物のほうをバッグに詰めている途中でエドウィンがやってきたのだろう。ギルバートは母親のダンスパートナーを長く務めている男には見向きもせず、母の身の回り品をヴィトンのバッグに詰めはじめた。


 本当はこの日、ギルバートは母とタクシーで自宅へ戻る予定であったのが、エドウィンのBMWに乗って帰ることになり……ギルバートは後部席でひとり、ムッツリした顔をしたままでいた。エドのほうではおそらく、(十歳くらいのぼくちゃんであれば、そんなものだよな)くらいにしか思ってなかったに違いない。だがこの時、ギルバートは猛烈に腹を立てていた。いや、違う。母親がお礼にとエドのことを家に招き、彼らがその後も楽しげにお茶する間……その話を聞いているうち、その腹立ちはやがて悲しみへと変わっていったのだ。


 この二週間の間、ギルバートは毎日母のいる病室まで見舞いに行った。だが、エドウィンがやって来た時ほどの笑顔を、その二週間の間にシャーロットが息子に向けたことは一度もない。手術するまでの間、ギルバートは毎日神さまに祈ってすらいた。(みんな、大した手術じゃないなんて言うけど、それでも手術は手術です。どうか、お母さんがどこもなんともなく、無事この手術が済みますように。そのためだったらぼくは、これからなんでもします)といったように……ああ、それなのに!!


 エドが帰ると、ギルバートは打ちのめされた思いで、二階の部屋でひとり泣いた。そして思った。何故ならこの時初めて、自分の父親が何度誘っても『父さんはママのお見舞いには行かない。行くならおまえひとりで行きなさい』と言ったのか、その理由について――初めてその意味がわかったからである。


(そうなんだね、父さん。だから、父さんは母さんが何度誘っても、母さんのダンスパーティ関係の集いやら大会へは絶対参加しないんだ……そりゃそうだ。エドなんてあんなやつが母さんと手を握ったりなんだりして社交ダンスするところなんか、見たくもなかったろうからな)


 ちなみに、エドウィン・カーターも結婚しており、彼とシャーロットの関係というのは、純粋なダンスパートナーということではあるらしい。(だが、本当にそうなのだろうか?それだけなのだろうか……)という猜疑心に、テレンスが結婚後も長く悩まされてきたろうことは想像に難くない。


 かつて昔、ギルバートが六つか七つくらいだった頃、一度だけ両親が激しく口論する姿を見たことがある。それは、シャーロットがエステだなんだと出かけすぎる、少しくらいは家にいて息子の面倒を見ろ、俺はもっと家庭的な女性と結婚することだって出来たんだ――という父の言葉からはじまり、その後、妻側の言い分のほうに移っていった。あなたはようするに、わたしが社交ダンスの集まりに参加してるのが気に入らないのよ、エステがどうとかは関係ない、もっと家庭的な女性と結婚したかったのであれば、今すぐにでもわたしのほうで離婚したっていいのよ――と、ここまで口論が進んだ時、テレンスはハッとした。夜中に人声を聞きつけ、階段を下りてきた幼い息子の姿に、初めて気づいたのである。


 この翌日、テレンスは「自分がいかにおまえの母さんのことを愛してるか」とか、「離婚だなんてとんでもない」、「何故なら父さんも母さんも、こんなにおまえのことを大切に思っているのだからね」……といったように、一生懸命弁解していたものである。だが、母の短い入院生活が終わったその瞬間から――父が時折、少しばかり軽蔑すら含んだ冷淡な目で妻を見るのが何故なのか、その理由をギルバートははっきり理解したのである。


(きっと、父さんは今ぼくがしているような苦々しい思いをしたことがこれまでもあったに違いない。だから、見舞いにも来なかったんだ。たぶん、何かの拍子にエドウィンとか、母さんの社交ダンス仲間に会ったりするのが嫌だったんだろう。それで、エドウィンなんかに直接会ったが最後、今日ぼくがそうだったみたいに、表面上はなんでもないような振りをしながら、腹の中では苦虫を噛み潰したような思いを味わうことになるって、きっとわかってたんだ……)


 この瞬間から、ギルバートは100%とまではいかないにせよ、90%くらいは今後、自分は必ず父の味方をしようという気持ちに傾いた。それと、母の入院中の二週間ほどの間に、病院内をあちこち探検して回ったことで――(将来はお父さんの後を継いで医者になるのも悪くないな)と、初めて思えてもいた。というより、ギルバートにとって病院はこの上もなく面白く、楽しい場所だった。自分が病気で、患者として嫌々ながらもそこへ通うというのでさえなければ……。


 今から思い返してみると、ギルバートが自分の母から完全に自立したのはこの瞬間であったろう。また、彼は一度母が、看護師に対してこう言ったことを覚えていた。バイタルを取りにきた看護師が、ギルバートのことを見て「いい息子さんですわねえ。学校じゃ女の子たちにモテて大変でしょ」と、血圧をチェックしながら言った時のことである。それに対してシャーロットは「ほんとに、悪魔みたいな子。自分がどういうふうに振るまえば大人の気に入るか、もうこの年でわかってるんですからね」――その日、家に帰ってから、ギルバートは母の言葉について考えこんだ。(悪魔みたいな子?ぼくがいつでも大人が気に入るように振るまってるとか、母さんの目にははそんなふうにしか見えてないってこと?)……だが、そんなことも翌日の朝にはほとんど忘れてしまった。というのも、ギルバートの母はそもそも、自分が何気なく発言した言葉について、すぐ忘れてしまうのだ。だから、その発言についてもそんなに重く受けとめる必要はなく、看護師が病室へやって来るたび息子を褒めそやすので、ある種の謙遜からそんな言い方をしたのだろうと思うことにしたのである。


(でも、母さんがそんなんなら……ぼくは、本当は悪魔みたいな子にだってなれる。将来は医者なんかになるんじゃなく、無駄に人生を浪費するような生き方をして、父さんや母さんを困らせるってことだって出来るだろう。けど、そんなことしたって全然無意味なだけだ。とにかく、ぼくは母さんのことはもう気にしない。色々心配したり、母さんの気に入るよう行動しようとするだけ、無駄ってものなんだから……)


 そう悟ってからは、ギルバートはある意味随分気楽になった。そしてその後、さらに時が流れ――パブリックスクールの休暇で家へ戻ってくるようになった頃には、大体のところ自分の母に対し、父と同じく、一種冷めたような、軽蔑を含んだ眼差しによってシャーロットのことを眺めるようになったのである。こうして父と息子は、自分たちの妻・母に対して一致した見解を持つに至ったというわけだった。


 とはいえ、人間というのは誰しも完全ではない、ということくらいはギルバートにしてもよく理解している。父と母が世間からは<理想の美男美女のカップル>といったように見られており、彼らが世間向けにそのような演技をしていることも、ギルバートには幼い頃からわかっていた。ただ、父テレンスのそうした演技が誰しもがする程度の正常な範囲のものであったのに対し、母シャーロットには多少病的なところがあったのは事実だったろう。それが「美しい容姿に生まれた人間の運命」というものなのかどうか、ギルバートにもわからない。だが、母ほど毎日鏡で自分の全身という全身を眺めまわし、「うまく髪のセットが決まらない」だの、「今日はメイクのノリがいまいちね」だの、しょっちゅうチェックする人間というのに、ギルバートは外の世界で一度も会ったことがなかった。子供の頃、どうにか母親に構ってもらいたかった時分には、ギルバートはこう考えた。(お母さんは社交ダンスをしてるから、大会へ出た時なんかに審査員から自分がどう見えるかを気にするのと同じ感覚で、いつも鏡を気にしてるんじゃないかな)と。


 だが、その後十年もの時が流れた今ではこう思う。というより、寄宿学校へ入った頃からそう思うようになった、といったほうが正しいだろうか。(母さんはたぶん、息子の俺や夫の父さんより、自分のことのほうがよほど大切なんだろう。これは『親の心、子わからず』なんてことじゃなく、本当にそうなんだ。母さんのあの、自分に恋しているような、鏡をうっとり眺める時の目つき……母さんにとって男はみんな、自分を飾るのに相応しいかどうかのアクセサリーといったところなんだろうし、息子の俺にしたって、もし出来が悪くて彼女の気に入らなかったとすれば……『自分には息子なんか存在しない』とばかり、本気でそう思いこむってことが、おそらくこの女には十分可能だったのではないか)


 だが、ギルバートは自分の母のことを自己愛が異常なほど突出しているという点以外においては、概して善良な人間だと思ってはいる。その証拠にと言うべきか、彼女にはセレブの社交界や社交ダンスの世界に友人がたくさんいたし、息子のギルバートの目にそれは、(あの人は鳥頭だから、みんな母さんとつきあいやすいと思ってるんだろうな)と、そんなふうに映っていたものである。


 どういうことかというと、ギルバートの母シャーロットは、あまり物事を長く覚えてられない質の女性なのである。ゆえに、何かのことで腹を立てても、それは長続きすることはなく、その後自分が悪かったと思えば素直にあやまりもするし、他人の不幸や恥となるスキャンダルについても忘れやすいため、彼女の友人たちはみな、彼女のそうした善良な性質を愛していたものと思われる。


 一方、ギルバートの目から見て、父テレンス・フォードは母親以上に善良な人間だった。これもまた、容姿の美しい人間の運命というべきなのか、金髪碧眼で整った容貌をした彼は、中年と呼ばれる年頃になった今も、どことなくナルシスティックな空気を身に纏っているように見えるところがあった。だが、ギルバートは息子だからよくわかる。おそらく、自分の父ほど身のまわりのことを構いつけない人間も他にいなかったろうことが。いつでも、「ちゃんとした格好してくれなくちゃ、わたしが恥かしいわ」と言うシャーロットの言い分を聞き入れ、妻の着せ替え人形よろしく、彼女の指定した服を着て彼は出勤していく(もしそうでなかったとすれば、テレンスは毎日同じ格好でもまるで気にしなかったに違いない)。そのくらい、いつも病院のこと、そこに入院している患者のことしか頭にない様子で――ギルバートは父のそうした「本人にはどうしても直すことが出来ないらしい性向」を見るにつけ、(自分が結婚したあと、もし同じような感じだったら、奥さんになった人はある日突然出ていってしまうだろう)と、教訓としてそのように感じるばかりだったといえる。


 とはいえ、ギルバートにはこの父が忙しい合間を縫って幼い自分と遊んでくれた記憶があるし、母シャーロットに対しては(あまり愛されている感じがしない)にも関わらず、父親に関しては(お父さんはぼくのことをちゃんと考えてくれてる)といったように、小さい頃から感じて育ってきた。ゆえにだからこそ……(はっきりそう言われたわけじゃないけど、ぼくがお医者さんになるのがパパの望みなら、応えてあげたい)と、ギルバートはそんなふうに考えるようになっていったのだ。


 だから、十歳の時にシャーロットが子宮筋腫によって入院し、院内を探検してまわり、(うん。医者っていうのも面白そうだし、悪くないぞ)と決意できたこの時の出来事というのは、ギルバートにとって非常に重要な意味を持っていたといえる。また、家政婦のダイアナというのは、このようなフォード家にとってなくてはならない存在だった。何故といって、彼女は『奥さまももっと、お坊ちゃまのことを可愛がってさしあげたらいいのに』などと、一切批判する目で見るでもなく、『鳥頭なのだからしょうがない』(ダイアナがそう思っていたかどうかまでは、ギルバートにもわからない)とばかり、シャーロットが一切しない家事仕事のすべてを引き受けてくれていた。ギルバートにとってダイアナとは、留守がちな母に代わってありとあらゆる精神的愛と滋養を注いでくれた存在だったし、彼女がそのような役割を引き受けてくれればこそ、テレンスも安心して仕事に集中できたと言って過言でないだろう。


 つまり、ダイアナ・ハーシュという女性はフォード家にとって、一応お給金という形できちんと賃金を支払っていたにせよ、テレンスにとってもシャーロットにとってもギルバートにとっても――金なぞいくら支払っても贖えないほど、かけがえのない愛や忠誠心を捧げてくれた女性だったということなのである。




 >>続く。






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