少しだけ縮まる距離
あれから数日が経ち、ニールはすっかり傷が治っていたが、悲しいことに後遺症が残ってしまっていた。
◇
◇
◇
「右腕の神経麻痺に右目の視力低下か、治すには大分きついな。」
もちろん怪我の治療中にそういうのがないようにかなり気を遣っていたが、どうやらかなり昔から傷がついていたようで、防ぎようがなかったのだ。
「あるじ、治せれそう?」
不安そうにアルセルが聞いてきた。
「神経麻痺については、今やっている実験が上手くいけば多分治せる。だが視力に関しては正直いうと望みは薄い。」
「どうして?」
「目は繊細なんだよ。薬じゃどうしても限界がある。教会で神聖力が使えるやつになんとかしてもらえれば視えるようになると思うが、獣人のあいつじゃ無理だろうな。」
人間は亜人を忌み嫌っている。神を信仰している教会は特にだ。あそこは神の言葉は絶対だと思っているからな。
「そっかぁ。それじゃどうしようもないね。」
治せないことがわかると、アルセルは項垂れ、がっくりとしていた。
「ま、あとはリハビリすれば歩けるようになるだろ。というわけでアルセル、頼んだ。」
「え?!私がやるの?あるじじゃなくて?」
「やることが増えた。今までよりも忙しくなるからそこまで気を回す暇はない。」
あいつには店の仕事を手伝ってもらう予定だし。そのためにはさっさと実験終わらせて、腕を治してもらわないとな。
「それに人間の私よりもアンタの方があいつも気が楽だろ。」
「そうなの?あるじ優しいのに....。」
自分で言うのもあれだが私のどこを見て優しいと思ったんだ?
◇
◇
◇
ここに来てから僕の傷は大分治ってきたけど、まだ動ける状態ではなく、未だにベッドの上で生活をしていた。ご主人様からは眼は治せないと言われたけれど、僕にとってそんなことはどうでも良かった。だって、生きていても死んでいるのとなんら変わらないから。これからもずっと。
「だったらいっそあのまま死んじゃった方が良かったな。」
そう呟いた時だった。
「犬っこー!リハビリの時間だー!」
バンッッッ!!と、扉を勢いよく開け入ってきたのはアルセルだった。心なしかいつもより元気そうな気がする。
「そ、そんな開け方したらまたご主人様に怒られちゃうよ?」
「平気、平気ー。」
本当に、アルセルとご主人様の関係は不思議だな。普通なら首輪を偽物に替えたりしないし、さっきみたいに言いつけを守らなかったらお仕置きだってされちゃうのに。それに、怪我した僕を、わざわざ助けるなんて......。そんなことをしてくれた人は今までいなかったし、それが当たり前だと思っていた。それが僕たち、亜人の宿命だから。でも、アルセルは僕達の普通とは違う、幸せそうに生きている。......この人達なら、信じても、いいのかな。僕も、幸せになれるのかな。
〈お前は俺の最高の相棒だ!〉
......いや、だめだ。学習しただろ、もう誰も信じないって、頼らないって。けど僕は今、この人達に頼ってしまっている。いや、頼らざるを得なくなっている。まさか、僕を助けたのは、僕を絶望させるため?弄ぶため?だからこうやって信用させようとしているの?じゃあ、アルセルはなんで平気なの?なんで僕だけなの?なんで?なんで?
なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?
分からない。
「...........え。...........ねぇ!!」
「!?」
びっくりした。いつの間にかアルセルは僕の目の前に来て、僕を呼んでいたようだった。
「な、なに?急に。」
「なに?じゃないよ!話聞いてなかったでしょ。何回呼び掛けても返事がなかったもん。」
どうやら僕はかなり考え込んでいたみたい。聞いてなかったのがかなり不満だったようでアルセルは頬を膨らましていた。
「ご、ごめんなさい。考え込んでて。」
「しょうがないなー。もっかい言うからちゃんと聞いてよね。」
「う、うん。」
「まず、君が歩けれるようになるために、私がリハビリを手伝うことになりました!あるじから頼まれたからね!張り切っちゃうよ!」
「それって......。」
やっぱりそうだ。この人達は僕を陥れるために、僕に優しくするんだ........。だから僕の首輪は替えてもらえてないし、こうやって懐に入り込もうとしているんだ。どうしよう。どうしたらこの状況から抜け出せる?........あ、だめだ、色んなモヤモヤが頭の中をぐるぐる回って、考えが..........。
「.........。ねぇ、ニール!」
「!」
勘付かれた!?
「大丈夫だよ!」
「.....え?」
「確かにあるじは無愛想だし、目つき悪いし、言葉に棘があるけど、なんだかんだで気配ってくれたり、戦闘の時に私が怪我しないように立ち回ってくれるんだよ!」
「.........。」
どうして、そんな幸せそうに笑えるの?どうして信じられるの?
「だからね。」
そう言いながらアルセルは僕の右手、正確には指に近づいて、抱き締めるような形で擦り寄ってきた。
「今はあるじを嫌いでいても。いつか、主人の全部を知って好きになって欲しいんだ。」
「.........!」
..........あぁ、こんなの、ずるいよ。そんな笑顔でそんなことを、言われたら.........
信じてみたいって思っちゃうじゃないか..........!
「分かった。そこまで言うなら、もう少しだけ待ってみるよ。」
「!」
「うん!」
ほんとに幸せそうに笑うな。ここにいたらいつか僕も、あんな風に笑える日が来るのかな。
今回のファインプレーはアルセルです。おめでとう。
アルセル「やったーーー!!」