8話 脱走2
ボクは三本角君を連れて寝床を出た。
あと1つやり残したことをやりに行くとする。
「ちょっと寄りたい所があるんだけど」
「僕は平気だよ」
「着いてきて」
ボクは昨日覚えたてのある場所に向かった。
「それで、何をしに行くの?」
道中、三本角君がそう訊ねてきた。
ボクは反対されるだろうなー……と思いつつ、
「エルフの女の子を助けるんだ」
ずっと胸の奥に引っ掛かっていた。
牢屋に閉じ込められた無表情の可憐な少女。
前世で暗殺者なんてやっていたボクだけど、助けられるなら助けたい。
ボクはそう思うのだ。
「そ、それはダメだよ。王様への献上品に手を付けたらどうなることか」
案の定、反対されてしまった。
「別に大丈夫だって。バレやしないさ」
「流石にバレるよ! ゴブリンもそこまで馬鹿じゃないからね!?」
チッ! 真剣な顔で言っても駄目だったか。
「それに、エルフを助けたらゴブリンの追っ手も来ると思う。外に行くんだったら、少しでも危険は減らしておいた方がいいんじゃ……」
クッ! 痛いところを突くじゃあないか。
「そ、それを差し引いてもだ。森に精通しているエルフが案内人として仲間に居てくれたら、外での生活が楽になると思わないかな!」
「で、でも……自身を攫った敵とでも言うべきゴブリンの話なんて聞いてくれるかどうか」
こ、こいつ……。
理路整然と話すなボケがあ!
「だから助けない方が君の為にも……」
「えーい、だまれだまれ!うるさいぞ三本角君!」
「ええっ!?」
そんな合理的に判断できるかってんだ!
「ボクはワガママなんだよ!
ほら、助けに行くよ。手伝って三本角君」
「あ……え……と」
そう言葉を詰まらせてから三本角君は苦笑した。
「……うん。分かった」
ヨシ!
牢屋の前には見張りゴブリンが一匹いた。
ど、どうするの? と、不安そうな三本角君。
ここは元暗殺者の腕の見せ所だ。
暗殺者は万全の準備を期すものだが、時にはその場にあるもので戦闘するしかない場合もあった。
ボクは行き当たりばったりが多かったケド…………。
ま、まぁ今はそんなのどうでもいいよね!
地面にある手頃な石を拾う。
振り被って、見張りの頭目掛けて投擲した。
ガンッ!
「よっしゃ命中」
「し、死んでないよね……?」
そこまで力加減は間違えないさ。
ボクは、ピクピクと地面に転がる見張りゴブリンの横を通って牢屋の前に辿り着く。
「か、鍵が……」
扉には古めかしい南京錠が掛けられている。
ちなみに見張りゴブリンは鍵を持っていなかった。
「ど、どうするの?」
「任せて」
そう言って、ボクは腰布から数本の針を取り出した。
洋服部門に居た時、現場からパクってきたのだ。
何処かで使えるかなーっなんて思っていたら、まさかこんな所で使い道があるとはね。
「さ、流石だよ。用意周到だ」
三本角君、メッチャ褒めてくれる。
「照れるなぁ。もっと褒めてくれてもいいよ」
よーし、ヤル気出てきた。
古い南京錠なら構造も簡単な筈だ。
ボクは針を構えて、南京錠の施錠を始める。
カチャカチャ。
「…………ありゃ」
ポキッポキッ。
「…………意外と難しいな」
中で錆びている部分があるんだ。
突っかかって針が数本折れてしまった。
「…………だ、大丈夫? ゆっくりでいいからね」
そ、そんな優しい顔で見ないでよ!
うう……三本角君の中でのボクの評価があ。
結局、持っていた針全てを折ってしまったけれど、南京錠を開けることには成功した。
牢屋の扉を開けると、中にはエルフがいた。
相変わらずの美貌で、ゴブリンを見てからだと、あまりの違いにクラクラしてくる。
「こ、これが……エルフ」
隣で三本角君が生唾を飲み込んだ。
こんなんが集団でやって来たら、あまりの美貌に失明しちゃうんじゃないのかな。
ボクはなるだけ猫撫で声を出しながら、
「こんばんは。助けに来ました」
「……………………」
……あれ、何の反応も無い。
やはりゴブリンに恐れて何も話せないのか。
「信じられないかもですが、ボクは悪いゴブリンじゃありません。立って、ここを脱出しましょう」
「……………………」
くーくーくー。
「……………………」
「……………………」
「…………三本角君。この子助ける意味ある?」
「じ、自分で言い出したんだから責任持ってよ」
「いやだって……」
この状況で寝られるか普通。
しかもめちゃくちゃ気持ちよさそうにさ。
と、
「おい! 牢屋の方に誰かいるぞ!」
離れた所からゴブリンの声が聞こえてきた。
ヤバい。
こんなにも早くバレるなんて。
「ま、まずいよ。早く逃げないと」
「仕方ない……!」
ボクはエルフの少女を無理やり立たせる。
それでもなお、唸るだけで目覚めはしなかった。
こんだけマイペースなら、そりゃ捕まるよ……。
「行くよ」
ぼんやりとしながらも立ってくれたエルフの腕を引いて、ボクは走り出した。
三本角君がこくりと頷き後に続く。
「なっ!? エルフが居ないぞ!」
後方からゴブリンの焦燥の声が耳に届いた。
慌てて離れたから足跡を消せていない。こちらに数匹の足音が迫ってきている。
タッタッタッタッ。
タッタッタッタッ。
タッタッタッタッ。
もっと急がなければ……しかし、
「もー……最悪だ……よ!」
ゴブリンの体力の無さが恨めしい。
少し重荷を引いて走っただけで息が上がる。
足を緩めたら必ずゴブリンに追い付かれるので、全速力をキープする他ない。
だが、このままでは体力が尽きてしまう。
と、
「ぼ、僕がエルフの子を連れて行くよ」
「へ?」
願っても無い話だけど、大丈夫なのかな。
ボクの彼のイメージは弱虫な男の子って感じだ。
「実は少しだけ狩猟部門に行ってたんだ。
どうやら僕は他人よりも身体能力が高いらしくて」
え!?
狩猟部門ってことは、強靭なホブゴブリンに認められたってことだよね……。
「知らなかったよ……それなら、お願いするね!」
「うん!」
嬉しさを抑えきれないような顔で三本角君は頷く。
ボクは彼にエルフを任せた。
三本角君はエルフを抱えながらも、走る速度は普通のボクよりも速かった。
「スゴ……これなら……!」
先導する三本角君を見てボクは喜色を浮かべる。
やがて洞窟の外に続く出口が見えた。
ズンッ。
ズンッ。
ズンッ。
直後、今までとは気色の違う足音が耳朶を打った。
「…………は?」
おいおい、マジかよ!?
くっそ! ホブゴブリンが出張ってきやがった!
逃亡犯に全力出し過ぎじゃないですかやだー‼‼
三本角君が焦った声音で「ど、どうしよう!」
この場でホブゴブリンの実力を最も理解しているのは三本角君だ。
その彼がここまで慌てている相手に、ボクなんかじゃ絶対に敵いっこ無い。
「とにかく走るんだ!」
あと少しだっていうのに……!
ホブゴブリンの足音がどんどん近付いてくる。
ゴブリン程度の速度じゃ撒けるわけが無かった。
「うー!考えろ考えろ!」
ボクは必死に頭を働かせる。
酸素が行き届いていない脳を無理やり動かすから、視界がチカチカする。
そのときだった。
「…………んにゅ」
エルフの少女が完全に目を覚ました。
手を引かれて走りながら周囲を見渡すエルフ。
そして、
「…………どういう状況なの?」
だー!余計な面倒を増やすんじゃないよ!
「君をボクたちが助けた。
それで今ボクたちは追っ手に追われてる!」
「……なるほど」
するとエルフは後方に手を翳して、
「逃げれれば、いいんだよね」
けだるげに、そう言った。
ビュオオオオッ!
突如、何処からともなく風が吹き荒れる。
突風なんてレベルじゃあない。まるで嵐だ。
風は、ボクたちの身体を攫った。
「うわあっ!?」
「ちょおっ!? ナニコレ!?」
い、意味が分からない……。
ボク、今、風に乗っちゃってるよ……。
「身の安全は保証できないから……」
と、同じく風に乗ったエルフがぼそりと呟いて、
「頑張れ」
う、嘘でしょ!?
いや助かりそうなのは有難いケド!
「「うわああああっ!?」」
ボクは風に乗って一気に加速した。
まるで新幹線にしがみついているみたいだ。
一直線に出口目掛けて飛んで行く。
後方のホブゴブリンなんてとっくに置き去りだ。
「これは足止め」
エルフが何やら風を操作した。
お土産とばかりにそこらを破壊する。
ガラガラと崩れていく洞窟の出入り口の天井。
「いでっ!」
そんな所を通り抜けるものだから、顔や手足にガンガン落ちてきた岩が当たる。
死んで、たまるか!
ボクは生き汚く生きてやるんだよ!