7話 脱走
その翌日。
妙に先輩ゴブリン2人が優しかった。
悪口は言わないし、仕事も放り投げてこない。
何も知らないボクであれば混乱の極みだったろう。
「後輩、お茶どうぞ」
と、先輩が緑色の液体が入ったカップをくれる。
「あ、ありがとうございまス」
の、飲みたくねぇ〜。
あからさま過ぎない?
絶対こんなの毒入りに決まってるじゃん……。
どうにか捨てられないか考えていると、
「飲まないの?」
催促されてしまった。
ボクを殺す計画が本人に筒抜けであると知ったら、彼女らは何をしでかすか分からない。
「い、いえ。美味しそうだなーって」
「でしょ? 丹精込めて作ってあげたからね」
うそつき!
丹精じゃなくて毒草を込めてるだろ!
「ほら、飲みなよ」
「あ……スゥーッ……いただきます」
飲むしかない……のか。
ボクは口元に毒入りのお茶を近づける。
先輩ゴブリンの視線がボクの口元に集まった。
「「じーっ」」
み、見過ぎだよ先輩……。
これじゃ何か企んでるのがバレバレだ。
小細工しなくていいならしない方がいいので、
「ん、何を見てるんですか先輩たち」
ボクはあっけらかんとした態度でそう言った。
「え!?」
「み、見てないから。
誰がアンタの口元なんか見るわけ?」
お、このまま押せそうだ。
「あーっ、もしかして何か仕込みましたあ?」
ギクギクッ!
「やっぱり! もー、止めて下さいよお」
そう言ってボクはお茶をテーブルに置いた。
流石にこれ以上の誤魔化しは難しいと感じたのか、
「くそー、バレたか。
サプライズだったのに気付くなよ」
「そうそう。つまんないことするなよな」
毒殺をサプライズとは言わん。
何とかその場をやり過ごしたボクは、帳簿を届けてくると言って部屋を出た。
「うえ、やっぱり毒だよね」
さっきのお茶を舌先に付けたらピリピリした。
前世で何度か経験したことのある感覚だ。
何らかの害がある毒に間違いはない。
「…………はあ」
ボクは大きく嘆息した。
先輩が簡単に引いてくれたのは一回目だからだ。
次があるから、まだ余裕を持って行動できる。
これから何度も狙われることを考えたら気が滅入る。
「…………逃げよっかな」
正直、ここにいる必要はもう無いんだよね。
ボクが留まっていた理由は、あまりにくそ雑魚すぎるステータスが原因だったけれど、それももう経験の儀式で解決してしまった。
常に命を狙われる職場、奴隷同然の扱いをしてくる上、給料も少なければプライベートも無い。
…………考えれば考えるほど最悪じゃんね。
「うん、逃げよう」
ボクはもう一度口に出して決意を決めた。
外の世界は少し怖い。
でも、こんな場所よりかは万倍マシだろう。
その夜。
ボクは三本角君の元に向かった。
ゴブリンの寝床は雑魚寝で皆一緒に寝ている。
最近話してなかったケド、元気にやってるかな。
「三本角君」
「えっ、あっ……!」
三本角君は嬉しそうな泣きそうな顔をした。
「ちょっと違う形だけど迎えに来たよ」
「ど、どういうこと? 違う形って……?」
当然の疑問だよね。
別に声を掛けずに逃げ出してもよかった。
所詮は虐められた子を助けて懐かれただけの関係だ。
ゴブリンの社会の話ならまだしも、外の世界に行ってまで一緒に居る義理は互いに無い。
だが、
「こっから逃げ出さない?」
「逃げ出すって外に世界に行くってこと……?」
「その通り。ゴブリンの社会からの脱却さ。どう?」
我ながら性格が悪いなーと常々思う。
ぶっちゃけると三本角君に声をかけた理由は、外に行くための頭数が欲しかったからだ。
1人じゃ出来ることは限られるだろうしね。
すると三本角君はどこまでも真剣な眼差しで、
「……君が僕を必要としてくれるなら、行きたい」
「無理はしなくていいんだよ?」
「無理なんか……! してない……ですから」
「そっか」
それが三本角君の選択ならよかった。
1人は心細いって気持ちもあったから。
……絶対口には出さないケドな!
「ありがとね。心強いよ」
「う、うん……! 精一杯頑張るから!」
「ちょっ、声が大きいよ三本角君。静まれ静まれ」
「ご、ごめん……なさい」
そうして三本角君がボクの仲間になった。
「さて。そいじゃ行きますか」
ボクの言葉に三本角君はこくりと頷いた。