14話 進化
ボクの眼前では二匹の緑の化物が戦っている。
一匹は当然ボクたちを追って来たホブゴブリンで、もう一匹は三本の角があるだけのゴブリンだ。
もう一匹のホブゴブリンは静観していた。
どうやら、手を出すつもりは無いようだ。
しかし、戦力差は圧倒的だった。
アトラス君はホブゴブリンにボコされている。
「てめえが俺に敵うわけねえだろ!」
「ぐっ!」
「この恩知らずのゴミが!
少し才能があるからって自惚れてんじゃねえ!」
アトラス君の顔は殴り続けられたせいでパンパンに腫れて、胴体や手足も真っ青な痣だらけだ。
時々反撃を試みようとしているが、如何せんステータスの差で攻撃速度に違いがあり過ぎている。
まるで小学生とプロボクサーの戦い。
いや、戦いというより憂さ晴らしのリンチだ。
「」
おいおい……どうすればいいんだ。
このまま殴られたらアトラス君は死ぬ。
でも、助けたら必ずボクは捕まってしまう。
どうする……! どうすればいい……!?
そもそも何でアトラス君が…………うううっっ!
クソっ!
馬鹿っ!
まるで鏡を押し付けられているような気分だ。
ボクのやっていることを他人に実践して見せられた。
ボクがもっと言っておくべきだったんだ。
恐らくカンナギはボクの嘘をちゃんと読み取って、遠くへと逃げてくれているだろう。
これは、ボクの責任だ。
責任の尻拭いは張本人がやらなければならない。
「あーーー……もう!」
ボクは茂みから飛び出した。
それと同時に投石機で角を射出。
風の魔法で強化することも忘れない。
「なっ!?」
狙うは静観していたホブゴブリン。
首を狙っても大したダメージは与えられなかったので、片目を潰しに行くことにする。
目はどれだけ鍛えても柔な部位だ。
片目を奪えればかなりのアドバンテージになる。
だが、
「危なかった……」
嘘だろ避けられた!?
「おい敵襲だ!そんな雑魚は後回しでいい!」
「なんだと!? どこのどいつだ!」
呼び掛けに反応して2人の視線がボクに向く。
本来なら片方を潰して混乱しているうちに、アトラス君を救出しようという算段だったのだが。
甘かった。
静観では無く周囲を警戒していたらしい。
「くっそ……!」
アトラス君ですらボロ負けする敵だ。
そんなのが2人いて、ボクが勝てるはずがなかった。
投石機を使う暇も無く、体術すらも関係ない。
ボクは彼らの手により簡単に地面に組み伏せられた。
「あん? なんだよこいつ。
よく見りゃゴブリンじゃねぇか」
「油断するなよ。恐らく対象のゴブリンだ」
「ぐ……うっ」
頭を押さえつけられてボクは視線しか動かせない。
その中で、呆然とするアトラス君を見た。
地面にへたりこんで虚空を見つめている。
色々な感情が綯い交ぜになって、脳が正常な判断を下してくれないのだろう。
だから、
「逃げろ!」
「ッ!」
ボクは今までに無い声音で叫んだ。
するとアトラス君はびくりと身体を震わせて、泣きそうな表情でボクの方に両目を向けた。
「逃げられすらしないのか腰抜け!」
「ぁ………………」
ダッ!
アトラス君は飛び跳ねるように駆けて行く。
負傷した身体に鞭を打ち、彼は逃げて行った。
それを見て、
「あ、おい! あいつ逃げやがったぞ!」
「フン、あの腰抜けには何もできやしないさ」
「……まあ、それもそうか。
あいつなら何時でも捕まえられるだろうしな」
2匹のホブゴブリンはボクに向き直る。
「さて、どうやってこいつから情報を引き出す」
「……拷問でもするか? 俺やったことないぜ?」
……頼むから助けには来るなよ。
ボクはそう願うしかないのだった。
◇◇◇
「はぁ……はぁ……はぁ」
僕は一心不乱に森の中を駆け抜ける。
一体何処へ向かおうとしているのか。
自分でも分からなかった。
ただ、走るのだ。
手足が折れようと心臓が張り裂けようと。
とにかく、あの場を離れなければながらなかった。
---逃げられすらしないのか腰抜け!
「う……ぅああ……」
やがて、目頭から熱い何かが溢れ出した。
自身の意思に関係なく溢れ出すそれは、乾いた地面にポタポタと等間隔の染みを付けていく。
「ぐっ……あぁ!」
僕は歯をギリギリと噛み締め、目元を殴った。
泣く資格も許しもない自分が泣いているということに、酷く怒りを覚えたからだ。
なぜ、僕が泣いているんだ。
自分のせいでソリスが捕まってしまったのに。
と、
「ッ……!」
走っていた僕は無様にも木の根に足を引っ掛けて、ゴロゴロと地面を転がった。
ホブゴブリンに殴られた傷が悲鳴をあげる。
僕は四つん這いなりながらヨロヨロと起き上がる。
情けない。
地面に這い蹲るのがお似合いだと、神様から言われているような気分に陥った。
「ソリス…………ごめん……なさい」
僕が弱いせいでこんなことになってしまった。
「アトラス?」
そのときだった。
僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。
ホブゴブリンは僕の名前を知らない筈だ。
今この場でこの名前を呼べるのは1人しか居ない。
「か、カンナギ……」
「酷い傷だ…………何があったの」
カンナギは痛々しい顔を浮かべてそう訊ねた。
「僕は…………」
僕は話そうと思ったが口を噤んだ。
懺悔をする資格すら今の僕には無いと自覚した。
「……いや、無理に話さなくてもいい。
ソリスが嘘をついた時点で想像はできた」
「ソリスが……? いったいどういうこと……?」
「彼女は立案のときに嘘をついていた
ソリスは初めから、逃げる気なんてなかったんだ」
「………………はは」
それを聞いて僕は思わず失笑が口端から漏れた。
あまりの自分の滑稽さに、だ。
きっとソリス1人ならば上手くやれたはずだ。
そこに自分という異分子が紛れ込んでしまったことで、ソリスは失敗してしまった。
死んでも償うことはできないだろう。
「アトラス」
「……なに?」
「まだ、壊れるには早いよ」
「え……?」
力強いカンナギの言葉に僕は呆然と顔を上げる。
「アトラスもだけど、私も同罪だ。
結局は逃亡を選んだことに変わりは無い」
「カンナギは迷惑を掛けていない分マシだよ」
「それは違う。
彼女に負担を強いているのは私も同じなんだ」
……彼女がそう言うならそうなのかもな。
カンナギは僕よりも圧倒的に賢いんだもの。
けど、彼女が何を言いたいのかが分からなかった。
「今の私は無力だ。
魔法もほぼ使えないし、武器も扱えない。
だからといって、こんなこと言うのは最低だと思う」
カンナギは一度に喋ったせいか息継ぎをして、
「ソリスを助けよう」
そう言った。
「……その力が無いって今自分が言ったじゃないか」
「ううん、そうじゃない。
ソリスを助けるのは私じゃなくてアトラスだから」
「そんなの……この傷を見たら無謀なことくらい……」
ホブゴブリンに手も足も出なかった。
レベルアップによる自惚れも油断も無かったが、今のままでは何度挑んでも勝てないと感じた。
「分かってる。現状は私たちに勝ち目はない」
「だったら……」
「アトラスの進化に賭けたいんだ」
「…………!」
進化。
魔物が自身の望む姿に変体する現象。
その言葉を聞いて、カッと胸が熱くなるのを感じた。
進化は純粋な強化だ。
僕は実際に進化の恩恵を目にしている。
ゴブリンがホブゴブリンに進化するだけで、あれだけの実力をつけることができているのだ。
しかし、
「魔物を倒す時間は無い。
そうこうしてるうちにソリスは……」
「だから、それも賭けだよ。
私の少しだけ回復した魔法力を使って、できる限り実力の高い魔物を一体だけ倒すんだ。
それでレベルアップできるかどうか。
更に進化しても彼等に敵わない可能性も当然ある」
分の悪いというか奇跡みたいな賭けだった。
失敗したら、必死に助けれくれたソリスの思いも踏み躙って、死にに行くだけかもしれない。
けど、それでも僕は奇跡に縋ってでも助けたい。
僕が死んだとしても、今度は僕がソリスを救出する。
「…………」
暗闇の底に射した一筋の光。
ぐちゃぐちゃになった頭が少しだけ元に戻る。
今の僕は、その光に向かって進んで行く他無かった。
「どう? 乗ってくれる?」
「……うん。乗るよその賭け」
そう言って僕は頷いた。
ソリスの屍の上に居座ってまで、僕はこれからのうのうと生きていたくないんだ。
「ありがとう」
「やろう。ソリスを助けるんだ」
【進化条件を達成しました。
種族名:凶剋邪妖精に進化可能です】




