05.気づいた気持ち
その後、祖母の葬式は厳かに執り行われた。
親戚や関係者を招き、静かに見送られた祖母は、とても穏やかに眠っていた。
私の婚約者としてギルも参加してくれて、ずっと私の隣にいてくれた。
もう泣くことはなかったけれど、ギルが隣にいてくれて、私はとても心強かった。
祖母を見送る際、私は心の中で〝彼が私の旦那様になるのよ〟と、無意識ながら静かに紹介していた。
「ねぇ」
葬儀を終え、参列者に挨拶をしている両親やアルから離れ、私はギルに声をかけた。
「その……今回はどうもありがとう。あなたの前ではみっともなく泣いてしまったけど、おかげでお祖母様の前では強くいられた」
今思うと本当に恥ずかしい真似をしてしまった。あんなに子供のようにわんわん泣いて、きっと彼はますます女が嫌になったのだろうなと思うけど、そのおかげで私は他の人たちの前では涙を堪えることができた。
この人には迷惑をかけてしまったけれど、被害者は彼一人で済んだ。
「……そんなに素直に礼を言われると逆に怖いな」
「な、なんでよ! こういうときは素直に受け取ってください!」
私だって勇気を出して言ったのに。やっぱり言うんじゃなかったわね。
そう思ったら、ギルはまた小さく笑うと私の頭にぽん、と手を置いて「まぁ、そうしておくか」と呟いた。
彼の手のひらの温もりに、ドキリと胸が跳ねる。
あれ……? なんで?
アル以外の男性に、こんなに胸がきゅんと締め付けられたのは初めて。
長身の婚約者を見上げると、視線を合わせてまた微笑まれる。
「……っ!」
途端、自分の顔に熱が上ったのを感じた。
嘘でしょ、何よこの感情……!
私も子供ではない。このトキメキが、恋に近いものだということはわかる。けど、私たちはお互い好きになることなんてありえない――そう思ったから婚約した。もし向こうが私のこの気持ちに気づいたら、きっとこんなふうに笑ってくれることはなくなる。
きっと、この婚約はなくなるに違いない。
「……」
それは嫌。
アルの親友だからじゃない。
女嫌いだからじゃない。
公爵令息だからじゃない。
私は、〝ギル〟と結婚したい――。
そう思ってしまった。
*
その日、私は約束していた夜会に向かうため、侍女に手伝ってもらって準備をしていた。
婚約者と参加する初めてのパーティーだからと、アルが新しくドレスを用意してくれた。
リボンにはギルの髪と同じ深い青色が使われている。
……なんか、恥ずかしいな。
アルとギルは仕事の後に準備を済ませて参加するようなので、私は屋敷の馬車で王宮へ向かった。
「マリーナ」
お城に到着し、馬車を降りようとするとすぐにアルが声をかけてきた。
「アル……!」
久しぶりに正装したアルを見た。
目を引く美しい金髪に、スラリとした長身。眉目秀麗な顔立ちの中に淡いブルーの宝石。やっぱりアルはとっても素敵。世界一かっこいい。
「マリーナ、とても綺麗だね」
「そんな、アルほどじゃないわ……!」
私に差し出してくれるアルの手を取って馬車を降りると、正面にもう一人周囲からの視線を集めている男がいた。
闇夜の騎士――ギルベルト・ハルフォーフ。
普段の騎士服とは違う装いは初めて見た。
髪の色に合わせた暗めのトーンで揃えた正装は、彼の雰囲気にとてもよく似合っている。
これは、ヤバいかも……!!
目が合った途端に、早鐘のように鳴り始める私の心臓。
こんなの、ずるい……! 反則……!!
見ていられなくてぱっと目を逸らし、もう一度癒しのアルに視線を向ける。
「ん?」
にこりと微笑んでくれるアルの顔はやっぱり世界一かっこよくて可愛い。
そうよ……この世にアル以上の男が存在するわけないわ。
ちょっと見慣れない格好をされたから、驚いただけ。
自分にそう言い聞かせてもう一度ギルへ視線を向けてみる。
「……なんだ」
「別に……、なんでもありません!」
けれど、冷たく一言言葉を発せられただけで私の顔はかぁっと熱を帯びた。
「どうだいギル。うちのマリーナはとても美しいだろう?」
にこにことしながら発せられたアルの言葉に、私はギルの反応が知りたくてちらりと視線を向けた。
「……まぁな」
「なんだよ、おまえでも照れることがあるんだな!」
「そうではない!」
ほんの一瞬、ギルの頰が赤く染った気がしたのは気のせい……?
まだドキドキしているけれど、アルがギルに何か合図を送ると、ギルは私に腕を差し出した。
「…………」
その腕に自らの手を回し、エスコートをお受けする。
中へ入り人が増えるに連れてどんどん注目を集めていく。
それはそうか……。世界一かっこいい(はずの)アルと、闇夜の騎士が揃っているのだから。
令嬢たちの熱い視線を受けても二人は顔色を変えなかった。
こんなことは昔から慣れているのかもしれない。
会場入りすると、既に音楽が流れており、煌びやかに着飾った令息令嬢たちがダンスを踊っていた。
「アルフレート様! いらっしゃるのなら一言おっしゃってくださればよかったのに」
「最初のダンスはぜひ私と」
「いいえ、このわたくしと」
お邪魔な妹が今日は別の男姓にエスコートされているとわかると、アルのファンたちがぶわっと群がってくる。
く……、私のアルに気安く触れるな……!
つい癖でそんなことを考えてしまうと、隣からわざとらしい咳払いが降ってきた。
「あいつは大丈夫だろう」
「……そうですね」
私よりもアルのことをわかっているとでも言いたいのだろうか。なんか悔しい……。
そう思いながらも冷静になるためにふぅ、と息を吐き、アルから視線を外すと、
「では踊ろうか」
と、ギルに言われた。
少し、意外だ。
ギルは夜会などのパーティーは好きではなく、あまり参加していなかったはずなのに。今回はすぐに参加を承諾していた。
公爵家の子息としてたまには仕方なく、かと思っていたのに、ちゃんと踊るのね。
手を取られ、背中にもギルの手が回る。
アル以外の男性と踊ったことがないわけではないのに、ドキリとして手に汗をかいてしまう。
うう……恥ずかしい。
それっぽく見つめられ、何を考えているのかわからない相変わらずの無表情にこちらは目を逸らしてしまう。
それに、夜会には慣れていないはずなのにダンスが上手い。運動神経がいいせい?
彼からはイメージがつかない優しいリードに胸がざわめく。
それに、やはりとても視線を感じる。
あの闇夜の騎士のギルベルトが夜会に婚約者と共に現れた。それも、めずらしく踊っている。
確かに以前の私でも興味本位で見ていたかもしれない。
彼は目立つ。アルとは違い、こんなにクールな表情なのに、とても美しい――。
「そのドレス、似合っているな」
「……え!」
「特に、そのブルーのリボンが」
ふと顔が近づいたと思ったら、耳元でそっと囁かれた。
ぞくりと全身を何かが駆け巡っていく。
「こ、これは、アルが……! アルが勝手に選んだ色です。私の意思ではないので、勘違いしないでくださいね!」
私が彼を好きだと思われてしまう……。
咄嗟にそう口にしてしまったら、ギルは少し悲しげに瞳を細めて「そうか」と呟いた。
え……、何よ、今の表情。
胸がぎゅっと締め付けられるような痛みを覚えたとき、音楽が止まった。
「何か飲み物をいただきましょうか」
なんとなく気まずい雰囲気を感じた私は逃げるようにギルから離れ、ドリンクコーナーへと足を向けた。
まずい、まずいわ……。
このままでは私、ギルのことを好きになってしまう。
それでは他の令嬢と一緒。面倒な女だと思われてしまう。……いや、この間の件で既に思われているかもしれないけど。
でも、これ以上嫌われるのは嫌。
……ああ。私、ギルのことが好きなんだ。