02.女嫌いの令息
私の目の前には、無愛想な顔の男。そして隣にはとてもご機嫌なアルがいた。
そう、この日ついにアルが〝ギル〟こと、ギルベルト・ハルフォーフを家に連れてきてしまったのだ。
確かに眉目秀麗の美男子だわ。
まぁ、輝くような美しい金髪に宝石のような淡いブルーの瞳を持つ、アルには敵わないけどね。
アルは私の婚約者候補として彼を連れてきたわけだから、両親はとても喜び、盛大に歓迎した。
しかし当の本人である私は、そんなことよりもこの男がアルを狙っているのではないかと、探るほうが大切なのである。
「――本日はわざわざお越しくださり、ありがとうございます」
「アルに何度もしつこく言われていたからな」
「へぇ……〝アル〟に。随分仲がよろしいのですね。お二人共お仕事の後でお疲れでしょうに、わざわざこんな時間に来るなんて」
あくまで笑顔を保ちながら、よき妹を演じてギルベルト様に嫌味混じりに問いかける。
「まぁ、こいつとは気が合うから、団でも一番親しくしている」
「そうでしょうね、お兄様はとても交友関係が広く、誰とでも仲良くできますからね」
「…………」
うふふふふ、と普段とは違う笑い声を出し、彼の反応を窺った。
やはり私の攻撃には気づいているのか、無表情ながらに鋭い視線を向けてきた。
「どうだ、マリーナ。ギルはいい男だろう?」
「ええ、お噂通りの方ですね。本当に私のような女性の前では笑顔一つ見せないのですね」
「ああ……、まぁそれはな。俺の前でも滅多に笑わないからな。だがギルも、うちに来てくれたということは少しは考えてくれるか? マリーナとの結婚」
冗談じゃないです。
夕食を終え、あとは若い三人で、と両親が寝室へ引っ込んでから私たちはこうしてテーブルを囲い軽くお酒を嗜んでいた。
酔いが回ってきたのか、アルはほんのりと頰を赤く染めて核心に迫り始めた。
「……まぁ、いい加減父も周りもうるさいからな。そろそろ相手を決めなければ、とんでもない女を見繕われそうだ」
「ははは! おまえ、その言い方はないだろう! だが、それならマリーナは持ってこいだぞ。何度も言ったが、うちの妹はおまえが嫌うような金だの力だのに媚びるような女姓じゃないからね。それにこんなに美人だろう? なんか似てるんだよなぁ、二人は」
カラカラと笑いながら、ぐいーっとウィスキーを喉に流すアルに、私は溜め息を吐いてグラスに注いだお水を渡す。
「そんなに一気に飲んではダメよ」
「いや、ギルがやっとマリーナに会いに来てくれたことが嬉しくてな」
「……もう」
自分だって婚約者がいないのに、妹のために尽力し、こうして楽しそうにしているアル。……好き。
ギルとかいうこの男は残念ながらアルとは似ても似つかない感じよね。仲がいいらしいけど、月と太陽というような両極端なイメージだわ。もちろんアルが太陽ね。
「決めちゃえよ、ギル。おまえになら可愛い妹をやってもいいぞ! 光栄に思え!」
「……」
「お兄様、もうそれくらいにしておきましょう」
再びグラスにウィスキーを注ぐアルに、私はその手を止めようとボトルに触れた。
これ以上この話はしたくない。
「……わかった。結婚しよう」
「そうよ、ご迷惑なんだから…………え?」
「本当か!?」
けれど、無表情のまま静かに告げられた言葉に、私たち兄妹は同時に〝ギル〟の顔を見つめた。
「アルフレートの妹、マリーナ。あなたと結婚する」
「…………は?」
「そうか!! 決めてくれるか!!」
いや、待って。何それ。すんごく偉そうなんですけど。偉いのかもしれないけど。
「え、でも、女性はお嫌いなのですよね? いいですよ、お兄様に頼まれたからと無理にされなくても」
「どうせ父に相手を決められるんだ。だったら自分で決める」
「……それにしても私じゃなくて、もっといい人が」
「あなたがいい」
「…………はあ」
腕を組んだままそんなことを言われても、一ミリもときめかない。
さては、私がアルの妹だから、私と結婚すればアルともお近付きになれると思っているのね……!!
「いやぁ本当にめでたいな! 今夜は飲もう!」
「もうダメよ! アルはお水を飲んで、もうベッドに入って!」
「えー? ……ギルはどうするんだ?」
「今夜はお泊まりいただくので、心配いりませんよ」
「そうか、じゃあまた明日、飲もう」
「もう、アルったら」
何を安心したのか、そのまま目を閉じてしまうアル。こんなにお酒に酔うことは珍しいから、この男がうちに来てくれたことが余程嬉しかったらしい。……なんか悔しい。
「疲れているのだろう。部屋まで運ぼう。案内してくれ」
「……はい」
そう言ってアルに声をかけ、なんとか立ち上がらせると肩を貸して私のあとについてくる。
ちゃっかりアルとくっついているわね……!
男同士だからって、ずるい。
足早に部屋へと案内し、ベッドにその身を倒すとすぐに寝息を立て始めたアル。
我が兄ながら、とても可愛い寝顔だわ。
ずっと見ていても飽きない。
「……いつまでここにいる気だ?」
「え? あ、はい、あなたはこちらへ」
おやすみなさい。と心の中で呟いてアルの部屋を出て、この男を客室へと案内する。
「どうぞ、こちらをお使いください」
「ああ」
「それでは、失礼します」
最低限の会話のみですぐに立ち去ろうと思ったのに、背中越しで「待て」の声。
「……何か?」
「あなたから返事を聞かせてもらっていないのだが?」
「なんの返事でしょう?」
「とぼけるなよ」
お酒の勢いと、あの場のノリで言っただけで、なかったことにならないだろうかと思ったけれど、どうやら彼はあまり酔っていないようだ。
「……本当に私でよろしいのでしょうか?」
「あなたがいいと、先ほども言ったのだが」
それは私がアルの妹だからね。
「ですがあなたのような方なら私ではなくても、もっとちゃんと愛してくれるご令嬢がいらっしゃいますよね? いくら女性が苦手でも、結婚する相手をある程度選べるお立場なら、もう少し慎重になさってはいかがですか?」
壁を感じさせるような作り笑いで微笑むと、この男も少しだけ口の端を持ち上げた。
……笑った?
「そんなふうに俺を拒む女は初めてだ」
「……はは、そうですか」
それはモテ自慢でしょうか。
「あなたなら面倒がなさそうだ。俺のことは好きではないだろうが、アルの言うとおり、あなたには似たものを感じる」
「自分のことを好きではないから結婚するのですか? 普通は逆だと思うのですけど」
「いいだろう? 俺は変わってるんだよ。あなたもかなり変わっているようだが。その丁寧な話し方も、本当は面倒なのだろう? 俺と結婚し、最低限妻としての役割を果たしてくれるなら後は好きにしてくれていい」
「……つまり、形だけの仮面夫婦になってくれるってこと?」
言われたとおり、試しに砕けた口調で言ってみた。
けれどこの男は嫌な顔を見せずに頷いた。
「そうだ。俺は親がうるさいから身を固める。あなたも兄以上の男が現れないから誰とも結婚する気はないのだろうが、そろそろ相手を決めなければ親がうるさいだろう? 俺のように、強引に相手を連れてこられるぞ」
「う……」
私がアルが好きだって、ばれてる……。
「俺はアルの友人だ。あいつを家に招くのも好きにしたらいい」
「……本当?」
「ああ」
その言葉に、ぱぁっと希望が見えた。そうか。確かに、この男の言うとおりかもしれない。
私もそろそろ父に強引に結婚相手を決められてしまいそうだし、この男なら夫婦関係を築かなくていいと言っている。
お互い異性が苦手で、アルのことが好き……!!
それも公爵令息だし、両親も喜んでいた。これはかなりの優良物件なのでは……!
「……わかりました。しましょう、結婚」
「アルも喜んでくれるだろう」
「はい!」
それにしても最後の言葉。やっぱりこの人、アルのことが好き……!?
そういうわけで、私は最強のライバル? と婚約することになりました。




